就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

公務員試験の志望動機の例で、「安定」が非難されるおかしさ

【スポンサードリンク】

よく公務員は安定していると言われます。そして、それが理由で公務員を目指す人も少なくないでしょう。特にサラリーマンの地位が不安定になりつつある現代では、そういう動機で公務員を目指す人がいても不思議ではありません。面接では、それを口にしないのでしょうけど、本音では「公務員の安定さ」というのは、計り知れない魅力として、志望動機になっていると思います。でも、面接でこれを言うのはタブー視されていますよね。実際、これを言ったことのある人がそうはいないと思うので、本当に言ったとしたらその時点でアウトなのか?もしくは評価を一気に下げられるのか?はちょっと分かりません。

 

でも、世の中的にはこういうことを面接で言ってしまうのは推奨されていません。それは公務員試験の面接も所詮は茶番に他ならないという根拠になってしまいます。では、どうして安定を志望動機にするのがダメなのでしょうか?理由としては、面接官の印象が悪い。あるとしたらこれだけでしょうね。面接官の心象を害してしまえば、そりゃ合格可能性はかなり下がります。ただ、よくありがちな「〇〇という政策をやりたくて、公務員を目指しました!」なんて志望動機よりは、よっぽど「安定」を志望動機にする人の方が公務員に向いていると思いますけどね。前者の志望動機は、いろいろなところで例文として上がっているもので、こういう感じの志望動機を語る人は少なくないですし、世間からも割と推奨されているものです。

 

でも、これってある欠点があるんですよ。それは何か?というと、やりたいことを志望動機として述べたところで、それができる保証がないからです。つまり、「待機児童を0にしたくて、公務員を志望しました!」なんて言っても、それができる保証はない。また、仮にできたとしても公務員は部署の移動が激しいので、一時期だけですよね。公務員としてずーっと勤務していくにあたって、やりたい仕事に携われるのは、ほんの一部のときだけだと思います。そうなると、残りの時間は当然やりたくない仕事、興味のほとんどない仕事になってしまいます。さて、そういう働き方が公務員なわけですが、やりたい仕事を志望動機に入れて話す人が、公務員の仕事を全うに続けていけるでしょうか?「あなた、興味のない仕事のときはどうするの?」、「やりたくない仕事を任されたとき、それで長続きするの?すぐ辞めるんじゃないの?」と私なら思います。

 

しかし、「公務員は安定しているので、それが理由で志望しました!」と、ためらいもなく話せる人はどうでしょうか?「安定」というのは、はっきり言って時期や場面に左右されない。公務員を続けていれば、永遠に保証されるものでしょう。公務員から安定性が失われることはないとは言えませんが、ないに等しいことじゃないかと思います。だから、安定性が続く限りは真面目に仕事をしてくれる。だから長続きするし、辞めることも考えづらいのです。やりたい仕事というのは一過性のもので、モチベーションの維持も一過性のものですから、その一過性が終わってしまえば、仕事をだらけるかもしれないし、辞めちゃうかもしれないい。一方、安定というのは未来永劫続くに等しいものですから、モチベーションもずっと高いままでいられる。よって、公務員の仕事をずと真面目にやり続け、辞める理由が見当たらないのです。

 

しかし、「安定」を志望動機として話すのはよくないといわれているのです。それは印象がよくないから。それはなんとなく分かる。安定よりは積極的にこれがしたい!と言ってくる受験生の方が採用する側としても、印象は良いのはなんとなく理解できます。ただ、これが実際にあるならやっぱり面接って・・・。って感じなんですよ。前述したように、要は茶番ということになってしまい、優秀な受験生とか、住民のために働いてくれそうな受験生を選抜するのではなく、単に面接官のご機嫌取りをしてくれる人が採用される場になっているのです。公正な採用が求められる公務員の面接で、茶番のような面接官の印象次第で決まるやり方が許されるのか?という問題もありますが、面接官にとって印象の良い人を採るということはそれだけ、仕事へのモチベーションを失いやすく、すぐ辞めるリスクがある人を採るということを意味しています。これが結果的に住民のためになる採用の仕方なのか?というと疑問です。住民に奉仕する公務員を採るやり方として適切なのでしょうか?

 

結局、「安定」がダメとされている理由は、単に印象が良くないから。そして、印象が良いのが「やりたい仕事」など。面接官の印象でほぼ全てが決まってしまうため、合格したいなら後者を選ぶべきというのは、その通りでしょう。ただ、じゃあ採用の方法として、より合理性があるのはどちらか?といったら、私は前者だと思いますが。実質的合理性が伴っていないのに、印象だけ決めてしまうというのなら、それは客観的に見たら、相当いい加減な採用の仕方という見方もできると思います。面接という採用方法がそういうものだ。といってしまえばそれまでですが、今まさに採用されている公務員が、そういういい加減な採用のされ方で良いのか?民間企業とは違う。民間企業は採用した人がおかしくても、困るのはその企業自身でしょう。だから、おかしな採用の仕方をしていても自由かもしれない。

 

ただ、公務員の場合は困るのは住民です。そこを公務員自身が本当に理解して採用しているのか?疑問が当分拭えそうにありません。住民に奉仕するのが公務員なら、すぐに辞めるかもしれない人、仕事を真面目にやらないかもしれない人、そういうリスクのある人をあえて積極的に採用する意味は分からない。ネットで検索してみると、「安定」を志望理由として面接で話したら合格した人もいるみたいですから、必ずダメということではないようです。ただ、世の中の雰囲気として、「安定」はダメだという空気はやっぱり違和感があります。私は逆に「安定志向」を主な志望動機にする人こそ、長きにわたって公務員を務め上げ、住民に奉仕してくれる可能性を大いに期待できる人材ということになると思うのです。

 

 

公務員試験のカラクリ (光文社新書)

公務員試験のカラクリ (光文社新書)

 

 

あわせて読みたい記事