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「無職の若者は仕事を選びすぎでは?」←選んで何が悪い?

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一昨日のイケダハヤト氏のブログのエントリーで『「無職の若者って、仕事を選り好みしているだけじゃないの?」:若者は働かないのか、働けないのか : まだ東京で消耗してるの?』というものがありました。実際、働く、働かないということに世間の人間は敏感なようで、自分がせっせと働いているのに、その傍らで働かない人がいると気に食わないと思う人がいるのは間違いなく事実だと思います。そういう働かない人たちはそれぞれ個別の事情を抱えているので、一概に仕事を選んでいるから働いていない(働けない)わけではないと思います。また、そもそも仕事を選ぶことがおかしいみたいな書き方をされるのは、それこそおかしいのでは?と私は常々思っています。以下はイケダ氏のブログの引用です。

 

「無職の若者って、仕事を選り好みしているだけじゃないの?」

ニート」「ひきこもり」などを筆頭に、「無職の若者」というのは、しばしばメディアで問題視されることがあります。

そういった若者に対して、特に年長者からよく投げかけられるありがちな指摘が「無職の若者って、仕事を選り好みしているだけじゃないの?」というもの。みなさんもどっかで聞いたことありませんか?「仕事なんて選ばなければいくらでもあるんだよ」とか。

 

実際、こういうことを言ってくる人がリアルないるか?どうかは分かりませんが、ネットでは盛んに使われる言葉です。私としてみれば、これって結局何が言いたいのか?よく分かりません。選ばなければ仕事はあるというのが、仮に事実だとしても、それは仕事を選んではいけない理由にはならないのですから。真面目に仕事を探している人もいれば、あえて無職を選んでいる人もいる。特に後者の人間に関しては、好きで働いていないのだから、今回の話とは関係ない。以前、このブログでも説明しましたが、憲法の「勤労の義務」は国に課された義務であって、国民に課されるものではないからです。要するに、働かない自由があるのならば、とりあえず働かないことはおかしいことではないとなります。働かない人を好ましく思わない人がいるのは事実で、それは働かない人を楽をしていると、辛い労働をしている自分と対比して思っているのか?そういった理由になるのでしょうか?

 

これはあえて働かないことを選んだ若者に対するものですが、実際は働こうとしているのに、なかなか職が得られない人たちの問題については、そもそもえり好みは正義だと思います。少なくとも、違法なサービス残業や長時間労働を受け入れて、ブラック企業の言いなりになり、違法な労働を課す企業を、労働者たちが自ら生き延びさせてしまっているような状況は間違いなく存在している。つまり、ブラック企業で働きたくないという言い分は正当で、その働きたくないブラック企業が存続してしまっている原因を作っている人間は、実際に働いている人たちなのです。つまり、働きたくない理由を作っているのは、実際に働いている人たちになってしまいます。仕事を選ぶということは、少しでも自分にとってマシな職場を選ぼうとしていることがあると思います。それは違法な労働を受け入れないということもあれば、自分にとって働きやすい職場であること、つまり労働時間が長くないとか、仕事内容に興味があるとか、給料が良いとか、ここなら自分は嫌になって辞めることなく続けていけそうだ。と思える職場がベストなのです。

 

それは適当に職場を選んで、そこがいろいろな意味でひどい職場だった場合、すぐ辞めてしまう可能性があるからです。辞めるということは、せっかく雇った会社側にも研修コストなどはかかっており、すぐ辞めて短期職歴や空白期間が生まれてしまう労働者側にとってもマイナス、労使双方にとってマイナスなので、全体的に良いことはありません。だからこそ、労使双方にとってプラスに働くには、仕事は選ぶべきなのです。自分がここならずっと働けそうだなと思える職場を時間をかけてでも選ぶべきなのです。それが長期的に見たら、労使双方、そして社会全体にとってプラスになるでしょう。だからこそ、仕事をえり好みするのは、むしろ正義だということです。

 

そういう姿勢を気に食わない人がいるのは事実で、そういう人は仕事を選らばなった、または選べなかった。のどちらかでしょうか?選べなかった理由はよく分かりませんが、選ばなかった理由は、今挙げたような長期的な目線で仕事を選ばなかったからかもしれない。要するに、仕事に就くことが目的になってしまったから。仕事を何のためにするのか?というと、お金を稼いでそれで生きていくためでしょう。じゃあ、仕事が続かなければお金も続かないから生きていけなくなる。そうなると、じゃあずっと続けていけそうなまともな仕事を選ぶべきだったのに、それが当時はできなかったのかもしれません。というか、そういうところまで考えが及んでいなかったのかもしれません。それに後から気付いたのか?もう引き返せないと考えた労働者は、ブラック企業だったとしても、本当は辞めたいけど、辞めて職が見つかるとも思えず、仕方なくそこで我慢して働き続ける。これがよくある流れです。しかし、その事実に働き始める前に気付いた今の求職者は、長期的な目線から、少しでも働きやすい職場を選ぼうとしている。それ自体は非常に堅実な行動と言えるでしょう。すでに説明したようにおかしいことではないと思います。

 

世の中には、相対的に採用されやすい仕事というのは多分ある。だから「選ばなければ仕事はある」というのは別に間違いだとは思わない。しかし、多くの人があえて選んでいない仕事というのは、それ相応の理由があるはず。選ばれない理由があるのです。それは多くの場合でそこがブラックな労働環境だから。というのが有力な理由だと思います。そうなると、そういう仕事は先ほどから言っているように、誰が勤めてもすぐ辞める可能性もあるし、仕事をするモチベーションを失って、仕事上でミスを連発し、その帰結は消費者に及ぶかもしれない。それは本当に最悪の事態です。だからこそ、仕事は選ぶべきなんです。仕事を選ぶなと言うべきではないと思います。企業、労働者、社会全体のためを思うならば、みんなとにかく仕事を選んでいくと。そして、多くから選ばれないような求人、会社はとっとと淘汰されていく。これが健全な社会と労働のあり方ではないでしょうか?

 

 

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