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凶悪事件の加害者氏名、写真等を拡散することの是非

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少年法という法律は必要だろうか?一部では、この法律は過保護なんじゃないか?とすら言われています。長崎県佐世保市で起きた高校生らによるのあの事件で、いつものように加害者の氏名、写真などがネットを通じて拡散されているようです。少年法の規定では、将来の更生等の余地の問題から、そういった行為を許していないわけですが、こういう国民の行動は、インターネットが、そしてSNSが急速に普及して以降、以前からずっと行われてきている模様です。最近の話題でいうと、大津市で生徒が自殺した際の加害生徒の氏名、写真等もネットで拡散されてしまったようです。こういった行為は法律はNGとしているわけですが、我々一般市民の目線からすると、どうなのでしょうか?皆さんはどうお考えでしょうか?やった方が良いのか?やらない方が良いのか?

 

やった方が良いというか、やったときのメリットとしては懲罰的な意味合いもあるだろうし、何よりも、そういう恐ろしいことをする人の氏名、写真などが分かれば、明らかに危ない人を避けることができます。つまり、そういう危ない人がどこの誰だかも分からない状況は非常に恐ろしいです。それが判明していれば、幾分か不安を解消する材料にはなるでしょう。その危ない人が再び社会に溶け込んだ場合に、私たちが全く不安を感じずに生活することは不可能でしょうけど、そういう危ない人の情報を共有できることは、多少の安心感を得られるはずなのです。そういう意味では、公共の福祉の沿ったメリットも大いにあり、加害者の情報を拡散することは、多数の者に多大なメリットをもたらすといえるかと思います。

 

デメリットがあるとすれば、未来永劫、加害者の情報が国民の間で共有される限り、その加害者はまともな生活は送ることはできないでしょう。そこから生じる、社会への逆恨みのようなものから、再び同様の犯罪に手を染める危険性があると思うのです。これははっきり言って相当な理不尽なことでしょうけど、事実としてリスクは間違いなくなくならない。このデメリットを抱えたまま私たちは生活していかないとすると、それもまた恐怖ですよね。ただ、実際問題として少年法に守られない加害者の氏名、写真等は普通に公開されているので、それと一緒かな?という気はします。これが大問題を起こすなら、少年法で守られる加害者だけでなく、全ての加害者に同様の配慮をすべきでしょう。それをしていないということは、結局出所後に社会に一応溶け込めている、表面上だけかもしれませんけど。

 

少年法は将来の更生のための配慮として、結果的に加害者のプライバシーを守る方向に努めていると見ることができると思いますが、一部の国民はそんな必要はないと思っているのは多分間違いないでしょう。実際に加害者の情報を拡散しているのはほんの一握りの人間でしょうけど、そういう行動に対して実は心の中では支持している人間、特に問題に思っていない人間は五万といそうです。つまり、少年法という法律は間違っている。と認識している人間はおそらく相当な数いると思います。私自身も正直言って、少年法は必要なのか?これが世の中のためになっているのか?というと、そうはなかなか思えない。上に挙げたメリット、デメリットを見ても、この法律が確実に正しいものとは思いづらい。私は別に加害者に関する情報を拡散しようとは別に思っていませんし、そういう行動を推奨もしていませんけど、やっている人がいてもあまり特に何とも思わないですね。

 

そういうことをしようとすると、一定の確率で間違った情報なども流れる可能性もあるため、そこは懸念すべき点には間違いないでしょうけど、実際問題として、社会的に見て、今回の事件に関していえば、被害者は1人だけど、事件を受けて恐怖感を味わったのは、日本全国の国民でしょう。つまり、今回は被害者は1人だけど、それが後々また増えない保証はないし、その保証のない中で生活していかないといけない恐怖を与えたという意味では、理屈から考えると、こういう懲罰的な行動もやむを得ない気がしてきてしまいます。実際、加害者氏名や写真が公開されれば、私たちは犯人の情報を一部認識することができるので、今後の生活を送るうえで不安感を少しばかりは払拭できる可能性がある。そういう危ない人を避けて生活することができる可能性があるという意味では、法律に違反しているものの、こういう行動は公共の利益合致している面も十分見出せてしまうのです。そういう考えが多数を占めたならば、法律という絶対的な尺度になりえる存在が、世論によって否定される結果が生まれるかもしれません。労働基準法なんてのは、すでにそうなっているのかもしれませんけど(笑)

 

公共の利益を考えた場合に、果たして加害者の情報を一切伏せておくのが良いのか?ある程度世に出した方が良いのか?少年法はあくまでも公共の利益よりは、加害者保護を優先した法律のようにも思えますから、そこはしょうがないのかもしれませんが、少年法があることにより、世の中全体に波及するメリットはどれだけあるのだろうか?メリットを享受できるのは、ほとんど事件を起こした加害者のみで、それによるデメリットを国民全員が受ける構図になってしまっている気がします。昔の村八分みたいな状態が実際に今日本全国で起きているのかもしれませんけど、あくまでも理屈でいうと、こういうことをされてもしょうがないことをしてしまったと思うんです。世の中全体に危害を加える可能性のある人は、強制的に排除されていく。それは何も今回のことだけじゃないでしょう。例えば、公共の場でマナー違反と思われる行為をした人には、いろいろと文句を言ってくる人も同じような光景だと思います。これは危害を加える行為ではないにしろ、迷惑行為を行う人を排除しようとする動きですね。前者は違法行為で、後者はそうじゃないという違いはあるものの、やっていることのレベルでいえば、それぞれきちんとやられた行為に対応したものになって気がしていて、何度も「理屈」という言葉を持ち出してきていますが、あくまでも理屈で考えてみると、自業自得なんじゃないか?それ以外の感想は私の頭の中からは出てこないのです。