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「PSYCHO―PASS新編集版」の放送自粛の圧力は事件の被害者を増やすだけ

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フジテレビで放送予定だった「PSYCHO―PASS新編集版」の第4話が放送中止になったというニュースが全国を駆け巡りました。アニメファンや同作品のファンからは賛否両論といった形かもしれません。私はこの作品は見たことはないのですが、この第4話の内容が、先日起きた長崎県佐世保市での事件と類似しているということで、この時期にふさわしくないという理由から放送を中止し、今後も第4話の放送予定はないそうです。よくある話ですよね。空気を読んで放送しない。それはアニメにかかわらず、ドラマとかもそうかもしれない。空気を読むというのは建前で、クレームがくるのを未然に防ぐためという理由が大きいと思いますけどね。中には今回の事件の犯人に今作品が影響を与えているのでは?と指摘する声もあります。影響を与えているかもしれないのは否定できないが、それはこの作品だけじゃないと思う。アニメだけに限らず、漫画、映画、ドラマ、小説など、凶悪事件発生への影響を懸念すべきものは山ほどあると思う。さらに事件への影響があって、なぜ作品が悪いことになるのだろうか?

 

 

「不快に思う、思わない」を基準にしたら、放送自粛しないといけない番組はどれだけあるんだろうか?そもそも「たくさんいる」って何故言えるのか?それを言うならば、見たい人もたくさんいると思うが?不快な人がいたら放送禁止なんて言い出すと、もはやテレビ番組は大部分が放送不可になってしまう。私だって、見ていて不快に思う番組はいくらでもあるが、そういうときはチャンネルを変えるか、テレビを消す。いちいちクレームなんて送らない。面倒くさいから。だいたい、1億数千万人いるうちのたった1人が事件を起こしただけで、影響があったとして、それを問題視するのは違和感がある。これがほぼ同時期に100人とか、1000人とか同じような事件を起こしていたならまだしも、1人出ただけでいきなりこの作品が悪者になるのはおかしいと思う。1億数千万人のうちの1人が起こした犯罪にそもそも影響があったと言えるのか?ここが疑問です。結果的に事件は起こしていないだけで、影響を与えている作品なんて山ほどあると思うのだけど。それは本作も同じだが。殺人は犯していないが、殺人願望を想起させているとしたら、それはこれだけじゃないだろう。1人出るか?出ないか?でこんなに反応が違うというのは、おかしいのでは?と思います。死亡事故につながる飲酒運転はダメだが、結果的に事故につながらなかった飲酒運転はOKみたいな印象を受けます。「類似の犯罪を発生させないため」とする声もあるけど、だったら、事件が起きた後だけじゃなくて日常的に放送すべきじゃない。そういう内容を含んだ作品はアニメーション化すべきじゃない。という結論になると思うのだけど。事件が起きた直後だけ、こういう反応をしてももあまり説得力がないのです。

 

今回の放送中止に関しては、私はあえてする必要がないと思う。放送中止の理由は「この時期にふさわしくない」という非常に曖昧な理由だが、その本音としては「苦情がくることの予防策」と「遺族への配慮」が大きいように思います。もっともらしい中止の理由っちゃあ、そう見えなくはないけど、これが意図的に起こされた事件というのが1つカギになるような気がします。これが自然災害だったら、世の中の雰囲気的にも分かるんだけど、これは人が意図的に起こした事件であり、どうしてその人ために、その人のせいで放送を楽しみにしていたファンがこういう目に遭わないといけないのか?そして、放送をする側がとばっちりを受けないといけないのか?凄い理不尽な気がします。要は犯人1人が行動を起こさなければ防げたことです。そこが自然災害とは違うと思うのです。自然災害は基本的に悪い断じれる人は誰もいないが、今回は明らかにいる。そこが決定的に異なる部分です。中には、放送中止もやむなしとする人もいるだろうけど、テレビ局や制作側としては、本来の放送スケジュール通りの放送しようと思ったら、バッドタイミングで今回の事件が迷い込んできた感じです。制作側や放送局側は何も悪くない。普通の業務をこなしていただけなのですから、でも今回の事件が発生したことにより、その普通の業務を遂行することが、世間で非難の的になる可能性があったのです。

 

 

自然災害発生時なら、放送したテレビ局がKYと罵られることも多少は分からないでもないが、意図的に起こされた事件では、それ以上に悪質な人間がいるわけです。悪いのは制作側や放送側じゃないでしょう。犯人でしょう?苦情を入れるなら、こんなときにこんな事件を起こした犯人言うべきなんです。ある意味、制作側や放送局側だって、被害者です。突然の出来事で業務内容を変更したりして、利益にも影響が出るでしょうから。実際、この回を通常通り放送したら、どれくらいの数か?は分かりませんけど、おそらく苦情はきます。ただ、その苦情は是非犯人にしてほしいと思います。何度も言いますが、今回の事件に制作側や放送局側は一切かかわっていないので、彼らに帰責性はありません。にもかかわらず、どうして彼らを責めるのでしょうか?放送局側は単にいつも通りの仕事をしていただけじゃないですか?放送局側は客観的に見て何も悪くないわけです。だって、こういう事件が起きていなければ、クレームなんてこないわけじゃないですか?放送局側はいつも通り作品を放送していて、クレームが来る、来ないの違いは、一体どこに生まれているのか?というと、事件発生の有無でしょう?つまり、本作を放送するのをダメなものに、相応しくないものにしたのは誰か?テレビ局ではなく、明らかに犯人です。つまり、本作の放送が世間の雰囲気的に望ましくないというのであれば、クレームを入れるべきなのは放送局側ではなく犯人に対して、これが自然になります。

 

テレビ局側はむしろ、作った作品を放送できなくなった、放送してはいけない圧力に屈した被害者でもあると思うのです。テレビ局は番組を放送しないと利益にならないわけだ。本来はせっかく番組制作会社から買ったものを簡単に放送中止にはできないでしょう。例えば、昔実際にあったみたいだけど、コーラに青酸カリが入れられた事件があったとしたら、コーラを販売するな!というようなものにあるわけですよね。いやいやそんなこと言われたら、コカ・コーラは大打撃ですよ。ここで悪いのはコーラを販売している会社ではなく、青酸カリを入れた犯人じゃないですか?コーラに入っていたから、コーラを街中で見ると、多くの人が不安な思いになるとか、そういう雰囲気になるのは確かにあるかもしれない。ただ、コカ・コーラは全く悪くないでしょう?むしろ、コカ・コーラの名誉を侵害された被害者でしょう?今回の事件でテレビ局側にクレームを入れる人間がいたら、または放送休止は当たり前だと思っている人間がいたら、それはこのケースでコカ・コーラ側を責める人間と一緒ですよね。全く何の罪もないコカ・コーラ側が利益を逸失しないといけない事態をになるわけですけど、それが正しいのでしょうか?PSYCHO-PASSを作った制作会社は名誉の侵害、放送するテレビ局は利益の逸失がそれぞれ起きるわけですよ。遺族が悲しむからとか言うかもしれないけど、テレビ局側が悲しんで良い理由はあるのでしょうか?遺族は悲しむのはダメ(そもそも遺族はこの番組の存在をまず知らないだろう)だが、テレビ局側はOKという理由は説明できるのでしょうか?

 

 

考えの違いという意味では、今作品の放送局と制作会社の判断がこうだった。というだけであるので、外部があれこれ文句を言うのもおかしいかもしれない。ただ、個人的に思うのは、こういう放送自粛があると、アニメが原因でこういう事件が起きるという偏見を生むことにもつながりかねないということです。アニメが影響を与えかねない。だから自粛するんだろ?と思う人間もいそうなんです。アニメに大して詳しくない、ほとんど興味がない人ほど、アニメと無理矢理結び付けようとする気がするのです。自主的に放送休止したように見えなくはないけど、実際放送したらクレームが相当くるだろうという見込みは間違いなくあったと思いますよ。そういう意味では、ある程度は圧力に屈した可能性も否定できないでしょうし、事件による被害者はすでに生まれているけど、そういう圧力によって、事件とは何の関係もないテレビ局側が、新たな事件の被害者として生まれてしまったのです。

 

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