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公務員試験が人物重視なのは結構だが、評価の仕方が大問題

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人物重視となっている近年の公務員試験の面接で、志望動機を聞くのはもはや当たり前です。志望動機は、主に「公務員を目指した志望動機」と「個別の試験種や自治体を受けた志望動機」の両方聞かれるケースが多いです。志望動機を聞く理由というのは、受験生の単純な熱意を見るということ、後は空気を読める人か?ということなど、こういった理由があると思います。前者の熱意に関しては、どうせ嘘つくんだから、その回答内容云々で熱意を測れるのか?疑問ですし、後者の空気を読めるか?については、実際、空気を読めない回答「安定しているから」、「民間企業より楽そうだから」等については、面接官の印象がよくないということはいえますけど、それがダメなのか?が上手く説明できません。民間企業の面接にも言えることかもしれませんけど、私はこういう志望動機とかって聞く意味がよく分からないのです。

 

民間企業の面接の仕方については、「就活の面接で志望動機とか聞くなら、雑談してた方がマシ - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事で、志望動機や自己PRなどを聞くなら雑談してた方がその人の人柄、性格を本当に知ることができるはずだ。ということを述べました。公務員試験に関しては、民間企業とはちょっと性質が違うので、違った方法を提唱したいと思います。それは面接試験ではなく、口述試験にすべきだと思うのです。どうして面接試験が行われるのか?というと、直接見ないと分からない部分について具に人間性などを確認するためでしょう。それは理解できます。ただ、実際問題として、例えば、志望動機などから熱意をどれだけ測ることができるのでしょうか?以前、「公務員試験の志望動機の例で、「安定」が非難されるおかしさ - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事でお話したように、別に「安定」を掲げて公務員を目指した人が熱意がないとは到底いえないんです。それは面接官にとって印象がよくないという理由から非難されることはあっても、そういうことを言う人が公務員の仕事やる気ないという理由から非難されるのはおかしいと思うのです。おまけに結局は安定などの理由は口に言わないだけで誰しも心の中にあるモノだと思うので、それを否定するというのも現実的ではない。

 

したがって、志望動機という項目についていえば、単に面接官のご機嫌取りがいかにできるか?で評価の高低が決まってしまうということになってしますのです。優秀そうな人を見分けるとかではなく、単なる茶番に終始してしまっている。要は空気を読めた回答か?世間的に不自然じゃない回答か?それを面接官が独断でチェックし、内容の問題よりも、表面的な問題のみで評価が決まってしまうのです。これは面接官をやっているのが人間だから、致し方ない部分あるのですが、個人的には好ましくないと思います。実際には空気を読めない人は確かにアレあれかもしれませんけど、例えば「安定」という志望動機は誰かをけなしているわけではなく、真実を言っただけであり、このレベルでダメなら仕事中一切本音を口に出してはいけない事態になってしまうほどで、それこそ仕事に支障が出るのでは?と思います。要は志望動機っていうのは、熱意はおろか、その人の仕事に対する能力などの指標すらもなかなか測りづらいと思うのです。だからこそ、先ほど言ったように面接官の好き嫌いで評価が決まってしまう傾向にあるのだと思います。面接官の好き嫌いで決まっているとしたら、受験生も住民も納得しづらいのではないでしょうか?民間企業は使えない人を採っても困るのは企業自身ですけど、公務員試験で困るのは住民です。

 

できるだけ公平に、受験生の公務員への適応能力といったものを把握できるものが良いと思うんですよね。それはさっきちらっと言った口述試験タイプのものです。これはどういうものか?というと、問いを与えて、それについて口答で述べさせる試験なのですが、面接試験の質問と比べるとより専門性が高く、一応の「正解」みたいなものが存在しやすいです。面接試験の場合は客観的な正解はほぼありません。面接官がどう評価するか?の問題が残るだけです。ただ、論文試験のような問いを実際に面接中に出されて、その場で考える。または予め考えてきて答えるタイプの方は、客観的には正解が存在します。正解の幅が広い(例えば、少子化はどうすれば解決できる?という問いに対して、現実的に解決が望めそうな回答は全て正解になる)ということはいえると思いますけど、通常の面接と比べれば、受験生の側に努力のしようがあるし、基準がより明確になるので、客観的に公平なジャッジもしやすいと思うのです。細かい点数の付け方には差が生まれてしまうのは今まで通りだと思いますけど、通常の面接と比べたらまだマシだと思います。

 

ちゃんとした説得力、現実性に溢れた回答ができるという人であれば、それだけ公務員の仕事にも適正を見出せると思いますし、そういう回答を練るまでの努力から熱意も買えるでしょう。そして、実際に口で話すのでコミュニケーション能力も図れると思います。従来のどこでも行われている面接試験のやり方に個人的には特に疑問を感じているわけです。民間企業については、すでに別の記事で示したように雑談をさせていれば良いと思うし、公務員試験の場合はもっと専門的なコトを聞いたら良いのでは?と思います。今の公務員試験は本当に採用試験の段階から民間企業の流れを汲んでいます。民間のノウハウを導入することも、一概におかしいとは言えませんけど、採用試験のやり方に関しては民間のやり方が別に優れているとも思えません。例えばグループディスカッション(集団討論)なんかも近年導入され始めていますけど、あれだって、実際の会議においてどういう役割を担えるか?とか、他者とどのように強調してコミュニケーションがとれるか?については、分かるとは思えません。

 

現実の会議は会議全体として、議題に沿って討論を進めていき、何か1つでも抜本的な結論を導き出すということが目的ですが、採用試験で行われる集団討論は、そもそも各自が合格するためにアピールする場となっており、いわゆる現実的な会議のような目的を達成するための場としては機能しづらい。要は「発言回数が少ないと受からないよ?」ということが面接対策本等に書かれているので、その通りにとにかく発言することに主眼が置かれやすく、他者との協調性を図る行動へ導きづらいのです。したがって、他者と協調性がとれない行動をとった人が本当に協調性がないとはいえないのです。実際の会議では、別にアピールする必要もないので、トータルでの発言回数が少なくても、必要な発言を行ってさえいれば良いのです。だから、協調性に配慮が行き届きやすいです。ただ、採用試験の場では、とにかく効果的か否か?以前に、発言回数を増やして、アピールをしないといけないということが頭を駆け巡りやすいですから、独りよがりの受験生たちが束になっているだけの場になってしまうことがあるのです。司会をやりたがる人が多いのもその例かもしれませんし、たまに見かける「面接クラッシャー」と呼ばれる人はそのタイプですね。1人おかしな人がいると、討論しているメンバー全員が割を食うという理不尽な事態もありえのです。そんなわけで、今現実的に行われている公務員試験の採用方法は個人的にはしっくりきません。

 

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