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「ゆるい就職」批判論者が語るリスクや問題点は的外れな気がする

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トピック「ゆるい就職」について

 

1週間くらい前から、「ゆるい就職」について、いろいろな議論がなされている。私はこのゆるい就職については、発足当時からニュースで見ていて、多少のことは知っているつもりだけど、実は分からないことも多い。一応「就職」となっているけど、正規社員のような安定した身分を望んでいる方は応募しないでほしい。と書かれていることから、就職と呼んで良いのか?どうかも甚だ疑問ではあります。また、年齢が25歳くらいまでの人しか募集されていないのではどうしてなんだろう?と思ったのもまた疑問です。実際、このゆるい就職はどのような仕事を行うのか?も今のところあまりよく分かっていない。公式サイトによると、仕事はゆるくないらしい。週3日勤務で、つき15万円らしいので、仕事が多少きついのはやむを得ないかもしれないけど。

 

社畜ブログでは、この「ゆるい就職」は全然ゆるくないと断罪している。私は集3日勤務で15万円というのは、非常に条件としては良い方だと思うけど、どの就職自体がどの程度身分が安定しているのか?(いつまで続けられるのか?)、仕事がどれだけきついのか?について不明なので、確かにゆるくない可能性もあると思う。ただ、後者の仕事のきつさについては、おそらく一般の企業で働くケースとさほど変わらないのでは?と思います。つまり、1日あたりの仕事が仮にきつくても、週5日勤務と比べれば、週3日勤務は大分ゆるいのは間違いない。週の半分以上は休みなのだから、1日あたりの仕事がきつくても頑張れてしまうのではないだろうか?これが月曜日から最低5日連続で仕事が続くケースと比べると、心の持ちようは大分違う。絶対的か?相対的?によって異なるけど、相対的にいえば、これがゆるい就職といって良いのではないか?と推論します。

 

この「ゆるい就職」は批判者も多い。それは将来のキャリアプランが見えないとか、人間らしい充実した生活が送れないとか、いろいろな角度からなされている。将来のキャリアプランに関しては、現時点では何ともいえないと思います。キャリアプランに生かしづらい仕事、アルバイトや派遣などは今でも往々にしてあるので、それとの比較で言うならば、批判の対象にはならないだろうし。充実した生活なんてのは完全な主観の問題であって、そういう生活が良いという人に口出しは無用です。個人的には、ワークシェアリングみたいな感じなのかな?と思っています。私はもっとワークシェアリングが普及すればいいのに。と思っているくらいなのですが、週3日勤務だとそれに近いのかな?と思います。

 

要は週5日勤務で25万のまあまあな生活よりは、週3日勤務で月15万のややきつい生活の方が良いって人が増えてきたのでしょう。私も後者選びたいですもん。現代の働き方は、フリーランスなどを除いて、働く時間と給料を決めることが自由にできない。週に最低40時間は働き、それに見合った(見合ってない場合もあるけど)給料を貰う。しかし、給料を減らしてもらっていいから、もっと労働時間を減らしてくれよ!と頼んでもまず聞き入れてくれない。それは労働時間が減れば、別に人を雇わないといけなくなり、そのための採用活動のコストや教育のためのコストが余計にかかるから。だから、従業員は極力少なく、今いる人たちの仕事量を増やす方向にどうしても動いてしまうのです。

 

私なんか給料少なくて良いから、とにかく働く時間を減らしてほしいと思っている人間です。正社員よりもフリーターの生き方に魅力を感じているくらいです。私はかなり怠惰なので、1日8時間も労働するのは無理です。それを週5もやるなんてもっと無理です。別にたくさん給料欲しいなんて思っていない。贅沢なんてできなくて良い。というか、どれだけ金が貯まってもする気もない。だから、給料は本当に生活保護支給額くらいで良い。その代わり働く時間を削減してよ!と願っても、聞き入れてくれる企業はなかったのですが、それが実際に生まれたのがこのゆるい就職なのかもしれない。この働き方に興味を持っている人間は、私のように考えている人間かもしれない。どちらかというと、今よければそれで良い。将来のことはそのときに考える。という刹那主義、楽観主義とも言うべき存在なのかもしれない。そういう生き方に個人的に納得いかない人は、多分このゆるい就職を否定するのだと思いますけど、今だって、現実的にその日暮らしに近い生活をしている人(中には好き好んでやっている人もいる)は多くいるわけでしょう。

 

価値観や常識の相違としか言いようがありませんけど、ただ、私を含めて、今ある当たり前の働き方を好まない人が、将来に対するリスクはあるけど、とにかく今少しでもゆとりをもって生きたいと思うになったのだと思います。批判論者と賛同者では、そういうモノの考え方そのものが違うんだと思います。だから多分永遠に分かり合えないと思う。私なら、今の当たり前となっている働き方にこそ、ゆるい就職と全く真逆の批判をしますよ?よって、彼らにとっては「ゆとりある毎日>>>>>>>>>>>>>>>>>>>世間体、安定、将来への備え、キャリアプランの構築」なんです。このゆるい就職では、先ほど言ったようにデメリットとして「将来に対する備えがない」とか、一部言われているけど、そういうリスクを背負う生き方をしても良いのではないか?と思います。一般的な企業で正社員として働けば、確かに将来に対する備えやキャリプランの構築はしやすいのは間違いないが、それをメリットと感じない人が実際にいるわけ。そんなもの必要ない!逆にそんなものを得るために、毎日きつい働き方なんか無意味だ!という人がいるのです。単純にゆるい就職と普通の正社員のメリット、デメリットをそれぞれ比較したときに、トータルで前者の方がマシだと感じた人が、このゆるい就職を支持するというだけです。

 

そして、将来に対する備えができないとか、キャリアプランの構築ができないというデメリットが、それのどこがデメリットなの?と逆に聞いてしまうような人がいるのです。批判論者の言うデメリットは、当事者にしてみれば全然デメリットに感じられない可能性がある。そのデメリットがあって何か問題でも?って感じる人が多いのではないか?ってことです。批判論者の言う批判は当事者にとって批判になってない。そこが的外れってことです。だいたいこういうデメリットは普通の正社員であって、程度の差はあれ同じく抱えているものでしょう?使い捨てられている人は派遣、アルバイトから正社員まで普通にいますよ?結局、そういった経緯もあり、ゆるい就職に惹かれる人たちが増えてきたのでしょう。

 

私もそれに惹かれている一人ですし、そういう生き方を好む人がいるならば、ゆるい就職の存在意義は十分あるのではないか?と思います。まだまだ実態が不明な部分が多いですけど、今後を見守っていきたいと思います。このゆるい就職をめぐる問題には、働き方の多様化というよりも、働くことに対する意識の多様化があるように思うのです。提唱者の若新雄純氏も、「そもそも働くことはなんなのか?」といった、根本的な問題を再度、一から議論するために発起人になったようだけど、そこに集まる批判はどれもこれも既存の労働状況をもとにしたものばかり。と嘆いているご様子です。既存の働き方がおかしいという批判を込めて、ゆるい就職は提唱されているのだから、それへの批判は既存の働き方が正しいという批判であるべきでしょう。しかし、多くの批判は、その既存の働き方がまず正しいという前提に立ったうえで、既存の働き方とゆるい就職との比較で論じられているものであるため、その前提が何故成り立つのか?を本来はまず説明しないといけないのです。ですから、そもそも批判の仕方として、彼らの声は的外れなのでは?と思わずにいられません。はてなブログに寄稿された記事も、確かにそういう批判ばかりでしたね。現状や常識といったものにとらわれすぎていると、永遠に働き方のイノベーションは起きないのでしょうね。何事もイノベーションの草創期というのは批判から始まるものですから、そういう意味でいうと、この状況はある意味成功フラグともいえるかもしれませんね(笑)

 

 

社畜もフリーもイヤな僕たちが目指す第三の働き方

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