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社会不適合者って、社畜に染まらない人の褒め言葉でしょ?

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「社会不適合者」なんてことが言われることがあります。社会に適合できない。言い換えれば、多くの人が歩んでいる人生と同じ生き方ができない。それは心からそういう生き方を望んでいない場合もあれば、それを望んでいるけど、達成できない場合もあるでしょう。私も客観的に見れば、社会不適合者です。私の場合は社会に適合したくなんかなかった。だから、あえてアウトローで生きる道を選んだのです。「社会不適合者」って、凄いマイナスなイメージかもしれませんけど、私なんかはかなりプラスのイメージですけどね。例えば、プロブロガーのイケダハヤト氏は、以前自身のブログ「社会不適合者で悩んでいる?こんな社会に適合してどうするの? : まだ東京で消耗してるの?」という記事で、現代の日本社会に適合することの無意味さを説いています。真面目な人ほど悩み、苦しみ、そして社会に適合できない辛さを感じている。そんな傾向が確かにあると思うのですが、そこまで苦労して社会に適合して、その先に一体何が待っているのか?

 

結局、社会に適合していると思われる普通の社会人だって、見方を変えれば「社畜」ですよ。彼らの人生があまり充実しているようには思えないのです。彼ら自身は充実感を味わっているかもしれませんけど。少なくとも、私は一般的なサラリーマンみたいな生き方をするのは、かなり勇気がいります。サラリーマンになれば、法律を無視した企業で良いように利用されて、心も身体も消耗して、いつかそんな生活が嫌になるんじゃないか?結局、社会に適合して生きていくことは、長期的に見たら、決して正解な選択肢とは思えないのです。我慢して、そういうきつい毎日にしがみついていく人はいるかもしれないけど。それが本当に幸せな人生なのか?は凄い疑問です。社会不適合者になることは、多くの人の中にはダメ人間みたいな印象があるかもしれない。だから、それを避けるためにクソな社会にあえて適合しようとする。そういうクソな社会に適合しようとするメリットって何か?って言ったら、要はダメ人間の烙印を押されずに済むということくらい。

 

こうして考えてみると、社会に適合する意味も、適合しようとする意味もあんまりないんじゃないか?それどころか、それによって失うものが多すぎやしないか?イケダハヤト氏は自身のブログで以下のように話しています。

 

>というかですね、「社会に適合しよう」と頑張っている時点で、十分すぎるほど社会性はあります。それでだめなら、もう社会の方が悪いと思いましょう。

ぼくレベルになると、社会に適合しようなんてことはミジンコたりとも思っていません。これは本当の社会不適合者でしょう。けれども毎日楽しく生きてますよ。

 

結局、適合できないのなら、それはもう社会の方が悪いって考えた方が凄い楽ですよね。はっきり言って、誰もが万能に生きていけるように社会は作られていないんだ。今ある社会の中で自分が1番生きやすい選択肢は何か?逆に今ある社会を利用して自分が幸せになってやれ!くらいに思った方が良いですよ。社会はその中での多数派が有利になるようなシステムに常になっています。だから、多数派になれない人たちはもはやアウトローとして生きた方が良いと思いますよ。社会不適合者ってのは、適応している人たちが適応できない人を蔑視する意味でも、浸透した言葉のように思います。逆に人が敷いたレールの上でしか生きられない人たちよりも、そうじゃない独自の生き方をする人の方が人間的には能力が上なんじゃないの?とも思えてきます。社会不適合者って、言葉はそういう数少ない人間に対するホメ言葉だと、私は勝手に解釈しています。

 

就職しない人が増えている、ニートが増えているということは言われていますけど、私はどちらかというと、それを肯定的に捉えていますよ。就職しなくたって、贅沢できなくても良いのなら、毎月生きるためだけの収入を得るのは、割と簡単になりつつあるのです。私も利用していますけど、「クラウドワークス 」では、多くの仕事が転がっており、誰もが自由に参加して、報酬を受け取ることが可能です。オススメしたいのはライティング(文章作成)ですね。依頼主から提示された条件、テーマでとにかく文章を書いていくだけです。誰もがライターになれます。時給1000円くらいの収入にはなると思いますよ。毎日1時間でもやれば、お小遣いくらいの金額は楽に稼げるでしょう。また、それを時間を増やして、もっと本気で取り組めば、月に10万円とか、それ以上の金額を稼ぐことも可能だと思いますよ。そういった生き方、普通の生き方じゃなくて良いから、心にゆとりを持って生きたいと願っている人が増えているのです。車もいらない、酒も飲まない、旅行も行かない、とりあえず毎日気楽に暮らしていければ良い。その日暮らしでも良い。でも、普通に働いて人生の大半を仕事に費やしたくない。そんな人たちがなんとか生活するための最低限の収入を得る方法はネットにいくらでもあります。先ほど紹介したクラウドワークスはその一例ですね。パソコンでタイピングさえできれば、誰もお金が稼げる。ライターになれるのが魅力です。

 

社会に適合しようと悩んでいる人は、多分適合した結果、楽しい人生はあまり待っていない気がするのです。人間ってのは、環境においても合う、合わないがあるはずです。大切なのは今存在する環境に適応するか?しないか?ではなく、自分の身をどういう場に置いたら、1番良いのか?それを考えることじゃないでしょうか?社会ってのは1つしかないのだから、それに上手く適応できる人、適応できない人、そもそも最初から適応する気なんかない人、いろいろいるはずですよね。結局、キラキラネームとかと一緒で、珍しいような名前がいろいろなところで溢れてきたら、珍しい名前をつけることが珍しくなくなる。誰1人同じ人がいないような名前が世の中に溢れる。数十年経ったら、ガチでそういう世の中になりそうな気はします。ですから、ステレオタイプではない、普通のサラリーマンや雇用者ではない、アウトローな生き方をぞれぞれ実践していけば、いずれはそういうそれぞれの多種多様な生き方をすることが社会的に珍しくなくなる時代もくるのではないでしょうか?仲間はずれになる勇気はあなたを幸せにするかもしれませんよ?

 

 

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