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教師と生徒の恋愛はどうして禁止される?タブー視される?

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教師と生徒の恋愛は多くの場合、禁止されている。それは校則とかで明確に示されている場合もあれば、暗黙の了解になっている場合もあるのかもしれない。ただ、私自身、なぜ禁止なのか?理解が出来ない。なんとなくイメージのみで決められている気がするので、明確な理由というのがあるのか?調べてみると、結構同様の質問がYahoo知恵袋教えてGooなどのサイトに投稿されているのです。同じような疑問を持つ人が多いのでしょうかね?今回はそれに対する教えてGooに寄せられた回答(教師と生徒の恋愛はそんなに悪い事なのでしょうか? - その他(恋愛・人生相談) - 教えて!goo)について見ていきたいと思います。

 

教師と生徒が全て、普通の男女と同じ感覚で接するようになったらどうなるんだろう・・・?そして、教師が自分の子供を女性という恋愛対象として常に見ている・・・そんな空間である学校に、まだ人生経験のない無垢な状態であるわが子を自分が親だったら通わせたいと思うだろうか・・・?想像力を働かせてみて下さい。自分の視点からだけではなく、本当に相手に愛情を持って、愛する人の幸福を考えた時に、それって本当に良いことなんだろうか・・・?そんな風に想像してみた時に、おのずと答えは出てくるかもしれません・・・。私は、こういう質問を普通にする感覚を持った大人がたくさん存在する現状の世の中を、本当に悲しく、憂いています・・・。質問者さんの心は自由です。でも、若さ故の若気の至りであり、心の中の思いだけでとどめて欲しいです・・・。

 

この人は結局、「想像力を働かせたら、ダメだってことが分かるでしょ?」ってことを言いたいのかみしれないけど、それが何故ダメなのか?を聞いているのに、理由が結局述べられていない気がする。ここに述べられているのは「イメージでよくない」という、ただ、それだけじゃないですか?憂えるのは自由だけど、もう少し納得のいく回答をしてから憂えてほしいです。例えば、娘が結婚相手として連れてきた男性に良い印象を持っていないから、結婚させたくない場合と一緒な気がする。生徒と教師の恋愛を認めてしまうことで、明らかな何らかの不利益が発生する場合ならともかく、親として心配する気持ちは理解できるが、結局当事者の気持ちは全く考慮されず、親のイメージのみが優先されてしまっているのではないか?こういう親は結局、自分が納得しない相手以外は結婚を認めないようなケースを生むことになり、それが本当に子供にとって幸せななのか?考えてみてほしいです。

 

>教師が女生徒Aと付き合ったとして、お互いに真剣だと
言ってます。しばらくして、別れました。
同じ教師が女生徒Bと付き合いだしました。やはり
真剣だと言ってます。また、別れました。
その繰り返し。

と言うように、一般的には「食い物にしている」と思われる
行為でも、結局恋愛は「自己申告制」です。
その為、一人目の交際から厳しく取り締まらないと
後々取り返しのつかない事になりかねないからす。
学生は恋愛感覚が未熟ですしね。
恋愛経験が豊富な教師から良い様に扱われていても
本人は「真剣な交際」と勘違いするパターンも多くなって
しまうでしょう。

また、仮にお互いが本当に真剣な交際だったとしても
教師がその生徒を特別扱いしたり、学校側の裏事情を
ばらしてしまったりと、考えられるリスクが多いからでもあります

 

これも結局、さっきと同じでイメージの問題では?結婚しているわけではないから、次からとっかえひっかえするのが一概にダメというのはちょっと難しいかもしれない。それが仮にダメだとしても、それは「教師と生徒が恋愛するのを禁止する理由」にはならないのです。その理由で、教師と生徒の恋愛の禁止を謳うのであれば、要はそういうレアケースのみ批判される(次から次へと相手を変えていくような、そういう恋愛の仕方を禁止される)べきものであって、ある教師と生徒の恋愛にそういう側面が見られた場合にのみ禁止すべきものでしょう。一概に教師と生徒との恋愛を禁止する理由にはならないし、そもそも教師と生徒の恋愛以外でも、そういうふしだらな付き合い方をしている男性、女性はいると思いますが、じゃあ、同時にそういう人たちも禁止にしないといけない。つまり、この人の言い分によると、教師と生徒という関係性はさほど重要ではなく、ふしだらな付き合い方をしている恋愛を禁止にすべき。と聞こえてきます。先ほどと同じで「教師と生徒の恋愛を禁止しないといけない理由」にはなっていないのです。ただ、最後の3行だけはちょっと理解できます。

 

 >年齢差意外に、上下の関係がある男女関係はすべて、偽善です。

 抑えきれない気持を抑える人だけが、社会人です。

 こういう質問を出来る破廉恥な人が、社会人であろうことが悲しい。

 

これは勝手に自分のあるべき社会人像を想像で述べただけの気がしますけど、この人は自称社会人なのかな?根拠も示さずに、自分だけの勝手な判断で、上下関係の立場にある恋愛(例えば、上司と部下の関係もあてはまる)は全て偽善と断罪してしまっているあたりが、逆に社会人として悲しいというか、恥ずかしいと思いますけど。

 

>元県立高教師です。まず質問者様はまだ二十代と云うことで、女生徒と年齢が近く恋愛感覚が若いのでしょう。また、私も25で教師生活が始まり、校内で一番年下新米教師と云うことで女生徒もよく寄って来ました。近過ぎると位寄ってくるので、質問者様と似た感じになったこともありましたが、恋愛感覚にはなりませんでした。歳の差は7つしか変わらないので、成人基準に当てはめれば、7つの歳の差で恋愛、結婚はざらにいますよね。女生徒と教師の恋愛がある種のタブー視の理由は、未成年だからか?法律に引っ掛かるからなのか?喰いものにするのは何人からなのか?不埒な気持ちがダメなのか?色々考えがあるでしょう。しかしながら私はこう想うのです。例えば、卒業後に結婚を約束したとします。結婚後も女生徒は大学に行くなど出来るでしょう。しかしながら、その女生徒の人生に自分がいなければ、どのような未来が拓かれ、どの様な可能性があるのだろうかと…。また、教師は、やはり全ての生徒をみたいと思いませんか?恋愛感覚を抜きにして、いち人間の生き様の成長期に現段階の評価や可能性を伝えたいと思うのです。恋愛感情が入ることで、何か大切なものが、他の生徒と違う視点が邪魔してしまうのです。
もう一つ、別れてしまったら、嫌でもあなたを見て過ごすのです。
教師に与えられた特権は成績を点けることです。成績は数字だけではありませんが、貴方が純粋に教師という立場に立った時、まずやらねばならないことは何でしょうか?そこに質問者様の求める答えがあると思います。三十代男性。長文失礼しました。

 

元教師の方からの意見ということで、まずまず腑に落ちる部分はあるものの、この意見は今回の問題とややずれている気がするのです。今回の問題は教師と生徒の恋愛は何故ダメなのか?ということであり、恋愛感情を持つのはダメなのか?とは違うと思うのです。今回の場合は、要は交際などを前提とする問題についての話だと思うんだけど、この人が言っているのは一方的な恋愛感情の部分の話じゃないかと。つまり、お互いが合意して交際までいかなくても、どちらかが一方的な恋愛感情を持つことは防ぎようがないのです。感情ですから。それを交際に発展させることは防ぎようがあるけど、誰かを好きになるという気持ちは防げないし、禁止しようが意味がないのです。本能的なものであって、勝手に芽生えてしまうものですから。

 

その一方的な恋愛感情が教師から生徒に対して生まれた場合に、この元教師の方は危惧しているのでしょうけど、今言ったように恋愛感情自体は勝手に芽生えてしまうものであり、禁止のしようがないのです。この方の言うように、成績をつけるときに不公平になったりするリスクがある。というのはその通りでしょうけど、それは公然と交際するまでいかなくて起きてしまうものじゃないですか?つまり、一方的な恋愛感情を持っている時点で、えこひいみたいなのは起きてしまうリスクはあるので、その後の交際を認める、認めないは、成績の付け方の不公平とはそこまで関係ない気がするのです。それに恋愛感情じゃなくても、ある生徒がなんとなく気に食わないという場合には、これだって不公平な成績をつけてしまう原因にもなりかねない。これははっきり言って、恋愛の禁止か?そうじゃないか?以前に感情に行動が左右されてしまう人間が成績をつけていたら当然起こりうるべき弊害といった方が適切な気がします。それを防ぎたいなら、生徒との交際を禁止しても意味がないと思うのです。テストの点数のみで機械的に、誰の目から見ても文句が出ないように成績をつけるとか、そういう制度にするしかないでしょう。

 

 

こうして見てみると、多くの人が言っているのは分からないでもないんだけど、それは「教師と生徒」というかなり限定された立場の人たちの交際を禁止しないといけない理由にはならない気がするのです。ある人が言っていたけど、教師は昔は聖職者とされていたみたいです。今はそんなイメージが全くないけど、以前はそういう風に思っていた人が多かったみたいで、教師という職が特別視されていた。そういう教師には不埒とか、下衆とか、そういうイメージが付きまとってはいけない。だから、常に神聖な存在じゃないといけない、イメージを汚す行為は許されない。そういう風潮があり、その名残が現代でも続いているのかな?という見方もできるかと思います。ですから、今回述べてきたように、そのほとんどは前近代から続いてきている「教師という職業に対するイメージ」のみで、判断されてしまっている気がするのです。

 

 

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