就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

自分の主張や議論をするときに「法律」を根拠にする曖昧さ

【スポンサードリンク】

法律って、絶対的な物事判断するときの尺度になるのでしょうか?私はとてもそうは思えないのですが。そんな私もブラック企業を批判するときには「労働基準法等を守れ!」といった、法律を前面に出して、批判をしてしまっているので、自分自身矛盾を感じていますが、冷静に考えると、自分の行動も含めて、世の中の人たちの法律を持ってきての批判に違和感を感じるのです。要は多くの人にとっては法律は絶対的な善悪の判断基準になっていると思うのです。だから、何かの問題点を議論するときに、それが法律によって明示されている場合には「ほら!法律でこうなっているだろ!」と、法律は絶対的な盾になる。つまり、法律がダメといっている行為は絶対にダメだ!という形になると多くの人は考えていると思う。「「なぜ人を殺してはいけない?」←誰もが納得する理由はない - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」という記事では、何故人を殺してはいけないのか?という問題を考えるときに「法律でそう決まっているから」という根拠を持ってくる人はかなり多いと思う。

 

ただ、「法律だから守らないといけない」とか、「法律は絶対的なものだから、いつでも正しい」といった理由で、法律を何かの根拠に使うのであれば、世の中に存在する全ての法律に対して、同様の考えを持っていないといけないのではないでしょうか?つまり、世の中に存在する全ての法律に合点がいかないとおかしい。しかし、全ての国民がそのようなわけがないのです。法律番組って以前流行りましたが、そこでは出演しているタレント陣、または弁護士陣などでも意見が分かれている。弁護士の人たちの場合は法律の解釈の問題かもしれないけど。そこで行われている解説に、番組出演者が「えー!そんなのおかいしよ!納得イカナイ!」といったリアクションを示すのは別に珍しいことではない。そして、テレビを見ている視聴者も同様ではないでしょうか?つまり、世の中に存在する法律なんてかぞれるのが難しいくらいあると思うのですが、それらの法律が示す内容全て賛同できる人なんていないんですよ。

 

例えば、信号無視をする人って、日常的に山ほどいると思います。私も今まで嫌って程見てきました。車が見てようが、人が見てようが、余裕で信号無視する人がいます。信号無視は道路交通法という法律に違反するらしいです。信号無視が法律に違反するような問題行為ということは誰もが知っているはずですが、それでも日常的に信号無視は余裕で行われてしまっている。これだって、明らかに車も人も交通事故が起きないような状況が存在しており、そんなときにまで赤信号が青信号に変わるまで待つというのは馬鹿馬鹿しすぎる。だから、オレは赤信号を無視して渡るんだ。という思いが歩行者の中にあるのではないでしょうか?融通の利かない法律が悪い。という主張なんでしょう。これも、法律の方が悪いという主張の一例というか、法律をおかしいと考えているかなり身近な例だと思います。つまり、この人は道路交通法がおかしいと思っているわけでしょう。ということは、世の中に存在する法律が全て正しいと思っているわけではない。

 

信号無視をした経験がある人なんて五万といると思います。また、信号無視以外でも法律を知らず知らずに破っている人も多くいると思う。そうなると、そういう人は例えば、人を何故殺してはいけないのか?を問われたときに「法律でそのように決まっているから」という理由を出せなくなります。出せないというか、そこで法律を根拠として出しても、説得力がないのです。法律は誰もが守らないといけない絶対的な尺度だ。という意味合いで、法律を根拠に出しているのかと思われますけど、その当人が分かっていながら法律を破っているとしたら、説得力はありません。法律を破っている人間だけではないでしょう。法律を破ってはいないが、この法律おかしくね?と思えるような法律が1つでもあるのなら、その人にとっては「法律は絶対に守らないといけないような絶対的な尺度」としては言いづらい。揺らいでしまっていると思うのです。要はその人にとって、法律とはどんなものでも、守るべきものとしては考えづらいとき、法律がそう言っているんだから、人は殺してはいけないのだ。という主張はあまりすべきじゃないように思うのです。この場合、その人の気持ちの中で矛盾している気がするのです。

 

私自身もブラック企業を批判するときに、労働基準法等の法律を例に出して、法律なんだから、それくらい守れ!と今までは平気で言っていましたが、それを言いづらくなりました。私はどんな場面でも信号無視はしていません。ただ、いろいろな法律で個人的に合点がいかないものがあるので、にもかかわらず、法律は絶対に正しいのだから、企業はそれを守れ!と主張するのは、自分の考え方の中に矛盾があるだろうと。都合のいいときは法律を絶対視し、そうじゃないときには法律に不信を抱く。というのは、やっぱりおかしいだろうと思うのです。皆さんの中にも、これは絶対に守らないといけないという法律もあれば、これはおかしくないか?という法律もあるんじゃないか?と思います。そういう人は、「法律は誰にとっても絶対的な善悪の判断基準であり尺度になる」という意味を込めて、法律でそう決まっているんだから。と法律を根拠に何か主張したり、議論をするのはいかがなものでしょうか?

 

法律を破っている人間や一部の法律に不信を抱いている人でも、ある場面で法律を守れ!と言うことは必ずしもおかしいことではないんだけど、私はそれをする気がなくなってきた。という話です。これから私が法律を根拠に出して何かを主張したりするときには、その法律が自分としてどうしてまず是認できるのか?そのための自分なりの根拠と考えを示してから、その法律を何かを主張するときの根拠に使いたいと思います。法律って何かって言ったら、国会議員たちが勝手に作ったモノですから、その立ち位置はともかくとして、その中身自体は私たちの意見を成文化して、「法律」というもっともらしいルールに見せているだけですからね。そりゃ、国会議員の意見(この場合の法律)に全て違和感なく賛同できる方がおかしいのでしょう。

 

 

弁護士が教える絶対負けない反論術

弁護士が教える絶対負けない反論術

 

 

あわせて読みたい記事