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「人を殺してみたかった」理由の殺人は食い止めようがない

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「人を殺してみたかった」という殺人理由の事件は、もはや珍しくもなんともなくなってしまった。ニュースで報道されるたびに「何だ、またか」くらいの感覚しかない。常人にしてみれば、人を殺したいという気持ちはあまり理解できないものかもしれない。そういう気持ちを持ったとしても実行に移すまでは行かないのでしょう。こういう事件って、毎年何件か起きている気がします。こういう理由での殺人事件って、あらゆる事件の中でも、特に厄介だと思います。それは、止める術がほぼないと思うからです。例えば、同じ殺人でも、金目当てでの殺人の場合、目的は金ですね。この場合の殺人はあくまでも手段です。だから、お金をあげれば殺人は防げる可能性がある。こううのは強盗に近いですからね。ただ、「人を殺してみたかった」というのは、殺人が手段であり、目的でもあるため、他の何かを与えたからといって、その本人の満足度は上がらないのです。つまり、殺人をしたいという欲求を満たす方法が殺人以外にないので、お手上げなんですよ。

 

人を殺すことに罪悪感を感じているような人は、さらにまだ止めようがあると思うのだけど、多分今回の名古屋大学の女子大生みたいな人については、そりゃ罪悪感ないでしょうね。ほとんど趣味みたいな感覚じゃないか?と思います。だから、殺人はいけないことなんだ!と教育をしたとしても、本人はどうして?って感じではないでしょうか?人を殺す人はたくさんいるけど、その中の大半はやっちゃいけないだろうけど、でも!って感じで、一応、心のストッパーが機能しかけている場合もあると思います。しかし、止められなかった。こういうケースはまだなんとかなりそうなのだけど、そもそも心のストッパーが全く機能しないような状態の心身を持った人間の場合、これは自制は無理なので、周りがなんとかするしかないわけだけど、それも限界がある。

 

数日前のテレビで、子供が老人に自転車でぶつかって、重症を負わせた事例があり、その場合、その子の親が1億円相当の慰謝料と介護費用を支払うように命令された裁判例が紹介されていました。これは勿論、支払うのは親なんですが、親の監督不行き届きが理由だと思います。理由としては確かにそうなんだけど、じゃあこの場合は親はどうすれば良かったの?とテレビ画面に突っ込んでしまいました。親がこの事故を防ぐためにできることって、一体何?自転車に乗せない以外にある?ないと思うんですよね。子が自転車に乗るときには毎回付き添って、安全運転をするおうに配慮する。という方法もあるが、それは無理でしょう。毎回そんなことができるわけがない。子が運転する自転車の事故を親の努力で防ぐといっても確実には無理です。似たような例で、認知症の老人の徘徊が問題になっており、実際に起きた事例では、徘徊していた老人が線路に侵入し、電車と接触し、多くの損害を出した事件がありました。これはいわゆる人身事故で、その後どうなったのか?というと、その認知症のご家族に損害賠償を金額は忘れましたが、請求されてしまった。という判例がありました。これも理由は同様で、ご家族がちゃんと徘徊等をしないように監視が徹底されていなかった。というのが理由だったと思います。

 

これだって、徘徊なんてのはいつどこで始まるか?分からないのだから、監視を徹底しろと言われても、24時間体制で見守っていないといけなくなる。そんなことが可能だろうか?無理だろう。だから、私はこの判決を見たときに、ちょっと酷過ぎるだろ。と思いました。被害に遭った鉄道会社側としては損害は賠償してもらわないと困るけど、認知症の家族としては、自分たちが全額その責任を負わされるのはきつすぎる。というジレンマがありそうな気がします。随分話題がそれましたが、実はそういうちょっとどうしようもない側面が今回の事件にもあるんじゃないか?と思うわけです。それは「人を殺してみたかった」という後の殺人犯を事前にどうすることもできないということです。本人の自覚や周囲の努力によって防げる度合いがあまりにも少ないと思います。今回の女子大生は犯行前に自身のTwitterに犯行をほのめかすというか、自らの殺人願望をつぶやいていたりしていて、周囲の知り合いなどはやや不審に思っていた面もあったみたいです。だから、ある意味危ない人という認識やこうなったかもしれないという予見は確かにできたにできただろう。ただ、予見はできても具体的に対策として何ができただろうか?危ない人だからという理由で、逮捕、拘束したり、監禁することはできない。犯行予告をしたのならまだしも、漠然とした殺人願望や自分の頭の中の妄想をつぶやいたくらいでは、無理だろう。

 

おまけに殺人に対する罪悪感もないのだろうから、そういう危ない人という認識が生まれた時点で、周囲の人が説得などをしても、あまり効果はないんじゃないか?と思うんです。殺人に対する躊躇いや罪の意識がなければ、当然本人にとってどうしていけないことなのか?理解ができないと思う。理解ができない、納得ができなければ、その行為を躊躇するには至らないはず。冒頭で説明した金目当ての殺人、人を殺したい気持ちによる殺人、そして、あるとすれば後は怨恨による殺人、この3類型くらいが代表的な殺人の動機になると思います。怨恨による殺人については、特定の誰かを恨んでの犯行であって、恐らく犯行に及んだのは常人の罪意識を持っている人であるから、まだ止めようはあったと思う。また、恨みを晴らすための犯行であるため、殺人以外の別の手段に代替できなくはない。それは通常であれば、裁判を経て、刑罰を受けるというものになるのだが、この場合も金目当ての犯行と同様、防ぎようがある殺人の類型になると思う。しかし、何度も言うが、殺人願望による殺人だけは、どうしても事前に予防することも含めて、対策を打つのが非常に難しい。この記事を書いていて、非常にもどかしい、やりきれない思いもあるのだけど、こういう通常では考えられないことをする人間も、人間なんだ。と言ってしまえば、答えは出るでしょうか?

 

 

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