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勉強しない学生でも、大学に行く意味は十分あるんじゃないか?

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大学に行く意味って何ですかね?って、ふと思ってみた。っていうか、ずっと前から思ってはいたのだけど、真剣に考えたことはなかった。ちきりんの日記の「大学で得た「今、もっとも役立ってること」って何? - Chikirinの日記」というエントリーを先日見て、私自身大学に行った意味を考えているが、あまりもっともらしい答えは出ない。それは高校生当時、目的意識を持って大学進学を決めていないからだと思います。何のために大学に行くのか?を特に考えもしないで、行くものだと勝手に決めこんで最終的に進学した感じです。親もその当時、「何のために大学に行くの?」なんて聞いてくることはなかった。そして、受験料、入学金、そして授業料までちゃんと出してくれたのです。そこは非常に感謝しているのだけど、大学卒業してから3年くらいが経った今、大学を出た意味ってナンだろう?とふと頭によぎる。

 

考えてみれば、大学に入って得たモノがないわけじゃない。というのも、私の価値観を大幅に転換する授業もあって、それが今の私の信念につながっているところもあるから、それは意味があったと言えるでしょう。私は経済学部出身なのだけど、非正規雇用や日雇いの仕事をしている人たちの勉強をしたときに、それまで自分にとって関係なかったというか、ほとんど日常的に考えもしなかったことに触れて、世の中にはこういう人たちがいるんだ!という発見により、それ以降そういう人たちを救うために何ができるか?というのを考え始めました。それは今思ってもプラスのことだと思うし、大学に行っていなければできなかったことではないにしろ、多分大学に行っていなければ、そういう考えが私の中に根付くことはなかっただろから、凄い小さい部分かもしれないけど、意味は一応見出せる。

 

ただ、それは結果論の話であって、それを目的に私は大学に通ったわけではない。当時は何も考えていなかった。親には悪いとは思うけど、親もその辺は分かっていて大学進学を後押ししてくれたんじゃないか?と、今では思っています。これは私の想像だけど、文系は特に大学に入っても勉強しないと言われています。大学は勉強するために行く場所というのが、一応の建前だと思うけど、にもかかわらず勉強しない学生が増えているのは、勉強したくて大学に通っていないという1つの証拠になると思う。そして、大学進学率もどんどん上がってきている。ということは親もそれを認めて大学進学を許しているという面もあるだろうし、本人もとりあえず大学行っとくわ!くらいの軽い感覚で大学進学を決めている。大学進学率は5割を越えていて、多数派ということでもないけど、社会の中のマジョリティになりつつある。じゃあ、勉強する気もないのにどうして大学進学をするのか?という疑問が残る。

 

他の人の動機はそれぞれ違うモノがあるかもしれないけど、高校生当時の私の素直な気持ちを今言い表せば、とにかく良い大学に行きたかった。というのが1番大きいと思う。見栄を張りたかった、自慢したかった、スゴイを思われたかった、というのが率直な感想だと思う。自分が良い大学に行けば、親も喜ぶかな?と思ったのもあるし、高学歴とか、有名大学に通うというその魅力に凄いとりつかれていたのです。今思えば、大学に通う動機としては不純と言えるのかもしれないけど、でも、私は今思っても当時の考えが間違っていたとはあまり思えない。というのも、結果的には第1志望ではないけど、それなりに世間で有名な大学に通うことになり、それが今でも1つの成功体験としてあるし、自信にもつながっている。そして、ある程度の有名大学に通うことにより、関心されたり、すげー!と言われたりもしたこともあり、大学受験をする動機はともかくとして、当時は自分なりに受験勉強頑張ったし、ちゃんと頑張れば結果が出るという体験はそれはそれで今にも生きていると思う。もっと頑張ればもっと良い大学行けたと思うこともあるけど、だから一見不純にも見える大学進学の理由は私の中では意味があったと思っています。

 

ちきりん氏は先ほど紹介したエントリーにて、以下のような「大学で得たもの」を一蹴しています。それは別に大学に行かないと達成できないものではないから。というのが理由らしい。

 

大学時代にスポーツクラブやサークル、NPO などの課外活動で学んだとか、

大学時代にアルバイトで学んだとか、

大学時代に起業して学んだとか、

大学時代に海外を放浪して学んだとか、

大学時代にたくさん本を読んで学んだとか、

 

それはもっともだと思うのだけど、実は何かのきっかけがないとできないことってあるように思います。例えば、恵まれない子供たちを救うために、電話一本で募金できたりもするけど、日常生活の中で、あ!電話してみよう!って思える場面はあまりないと思います。でも、例えば街中で募金活動をやっている人をたまたま見つけたら、じゃあ募金してみようかな?と思える面はあるように思います。実は簡単にできることでも、きっかけがないと実はできない、始められないことってあると思っていて、それが仮に小さいことであっても、結果的に大学に通っていなければまず実現できなかったことで、それが後の人生にそれなりの影響を与えたとなれば、十分な意味じゃないか?と思います。だから、私は結果論で良いのではないか?と思います。就職もしたくないし、大学行けば、何か面白いことあるかな?と考えて、とりあえず大学行ってみるわ!って人がいて、結果的に何かしらを得たのであれば、それが大学に通っていなくてもできたと思われることでも、別に良いんじゃないの?意味はあったって言って良いんじゃないの?と、ちきりん氏には反対の意見になるけど、そんな感じで考えています。勉強しない学生が増えているというけど、勉強しない学生も大学を通じて、その後の人生で非常に意味のあるものを得ているケースはあると思うし、それはそれで良いんじゃない?と思います。

 

 

 

なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?