就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

既婚者は独身より社会的信用がある←会社内だけの信用では?

【スポンサードリンク】

結婚している人は社会的信用があって、独身の人は社会信用がないという、分けの分からない理屈がこの世にはあるらしい。結婚していると、社会的信用が得られるらしいのだけど、この社会的信用って何だ?と思って、いろいろ調べてみたら、1番多くある回答が「結婚して、妻や子供がいると、会社を簡単に辞められない。だから信用される」らしい。え?と思いました。これって社会的信用なの?裏を返せば、どれだけ劣悪な労働環境に追いやろうとも、我慢して働き続ける、都合の人材と言う風にもとれそうだけど。つまり、ここで言う信頼というのは、会社からの信頼であって、社会からの信頼とは違うんじゃないか?また、「信頼」という言葉もあまりしっくりこないのです。「都合が良い」っていう言葉が私の中では1番しっくりきます。これが信用と言えてしまう人がちょっと恐ろしいくらいです。

 

すでに述べたように、結婚していて家庭を持っている人は、会社を辞めづらい状況にあるというのはその通りでしょう。転職するならまだしも、単に会社を辞めてしまうと、収入が滞り、家族が路頭に迷ってしまうと。だから、収入を途絶えさせないために、今の会社をそう簡単に辞めることは不可能だということです。しかし、それは裏を返せば、ブラック企業から逃れられない状況を作り出すとともに、会社がブラック化していくのを促進する効果すら持ってしまうと思うのです。辞められない、辞めづらいということは、自分にとって都合のよくないことでも続けないといけないわけですから、仮に社員全員が既婚者だったら、本当にブラック企業化しても、そう簡単に止める人は出てこない。つまり、簡単に辞められない状況というのは、ブラック企業がのさばるのを後押してしまっていると。これが社会的な信用なんでしょうか?ブラック企業を促進する人たちに信用があるの?

 

これはある一部の側面から見た見方であって、勿論別の角度から既婚者の特徴を見ることもできるでしょう。ただ、どの角度から見ても、社会的な信用というステータスを得られるものが存在するとは思えないのです。既婚者が独身と違うのは、ある程度の年齢以上の人限定の話だけど、要は多数派ってことでしょう。ある程度の年齢より上は、結婚している人の方が、していない人よりも圧倒的に割合が高い。多数派は擁護され、少数派は蹴散らされる、お馴染みの出る杭は打たれる日本社会と同様です。多数派は偉いとか、少数派はダメだとか、そういうワケの分からない価値観を持った人がいるのでしょう。ほぼ全てのシーンにおいて、少数派は弾圧されるのが日本ですから、それの名残もこの既婚、独身の2つの軸においても展開されている感じでしょう。結婚をして子供を産めば、一応国に対する貢献はしているように見える。

 

「見える」という表現を使ったのは、そうじゃないケースもあるからです。子供が全て、その後多くの人が想像するような真人間になっていくとは限らないからです。犯罪者になるかもしれないし、ニートになるかもしれない、その時が来てみないと分からないけど、国にとって、多くの国民にとって迷惑な存在になるかもしれない。私はずっと前から思っているけど、子供を産むことは非常にリスキーですよね。堀江貴文氏が以前、イケダハヤト氏との対談で「子供ほど自分の思い通りにならないものはない」と力強く語っていたのですが、これは分かる気がするのです。これはタレントのみのもんた氏が自身の息子の不祥事によって、番組を降板するという事態が起きた話題について発せられた言葉です。親が子供を産もうとするときに、まさか将来、犯罪者になるんじゃ?なんてことを考えながら生む人はほぼ皆無だと思います。将来はこんな風に育ってほしいわ!といった感じで、明るくて豊かな未来、捻くれた言い方をすると、都合の悪いことは考えない、想像しないで子供に自分の願いを全て託すような形で、子供を産み、そして育てていくと思います。

 

しかし、その結果、この世に生まれた子供のうち、いくらかの割合は社会にとって、非常に煙たがられたり、非難されたり、罵倒されたり、そういう行為をする人間に育ってしまう。それは親が悪いとも言い切れないと思う。親の育て方に問題がある場合もあるかもしれないが、どう育てたって、思い通りにはならない場合が普通にあるからです。その思い通りにならない場合というのが、多くは就職しているのに、自分の子供は就職できない、またはしないでフリーターやニートをやっているくらいなら、はっきり言ってそんな大した問題ではないが、人を傷つけたりする犯罪行為に走ってしまうと、これは看過できない問題といって良いでしょう。そういう子供は過去も今も一定の割合で生まれ続けているのだから、子供を産むっていうのは、その両親にとってもそうだけど、社会にとっても相当リスクのある行為だということ。子供がいないと社会が、国が成り立たないというのもあるが、子供が増えるだけで、将来に対するリスクになるのも間違いない。

 

話が大分逸れたので、ここら辺で閑話休題です。結局、何が言いたいか?というと、既婚者は結婚しているからこそ、社会に貢献している面もあるが、結婚しているからこそ、社会に害をもたらしていることだってある。そう考えると、独身の人とプラマイ0じゃないの?と思うわけですよ。これは以前、「働いている人の方が、働いていない人よりも偉いのか?」論争でも書きましたが、それと同じだと思います。ただ、会社の中では、結婚している人の方が昇進などに有利とされているようです。それは実情としては、信用があるから。というよりは、家庭を持っている人の方がお金がかかりそうだから、昇進について有利に扱ってあげる。という人情的な部分もあるらしい。そういうわけで、私は結婚している人が社会的信用をより得ているとは思えない。その信用は会社にとって、都合の良い存在であるという信用なんじゃないか?と思います。

 

 

「婚活」がなくなる日―結婚=幸せという洗脳 (主婦の友新書)

「婚活」がなくなる日―結婚=幸せという洗脳 (主婦の友新書)

 

 

あわせて読みたい記事