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同性婚は少子化に拍車がかかる!←国のために子供を産むわけじゃない

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今週の「ビートたけしのTVタックル」にて同性婚についての話題が議論されており、自民党の柴山議員がスタジオに来て、日本の同性婚を法的に認めるか?どうかについて持論を展開していました。自民党としては同性婚については慎重というか、明らかに反対の姿勢のように見えましたが、この柴山議員が口にしていたのは「同性婚を認めてしまうと、少子化に拍車がかかる」という言葉です。この言葉については、スタジオに来ていた女性の同性カップルや、大竹まことさん、阿川佐和子さんらから大ブーイングで、かなりフルボッコにされていて、可哀想な気もしましたが、私自身は柴山議員の仰ることにはほとんど同意できないので、しょうがないかな?と思います。少子化に拍車がかかるという真意は、恐らく当然同性同士で結婚すれば自然な形での子供は生まれないのは正しいでしょう。

 

で、少子化に拍車がかかるのですか?番組内では同性同士の結婚によっても子供を育てている家庭が紹介されていました。その家庭は女性同士の家庭で、体外受精により、子供を授かり、育てていくことができています。つまり、子供が欲しいと思っている人は、やりようによっては子供は授かれます。男女同士の夫婦でも子供を産まない、欲しがらない夫婦は増えていますよね。だから、同性婚少子化を促進させるというのは、同性婚を認めると、それだけ子供の数が将来的に減る可能性は否定できないが、促進するというレベルの話じゃないと思うのです。ましてや同性婚を認めなくても、じゃあ同じ性を好きになった人が、それを諦めて別の性の人と結婚して子供を産み育てるか?というと、そうは思えない。そういう人もいるかもしれないけどね。だいたい、同性婚少子化に対する懸念から反対するというのであれば、じゃあそういった可能性を持っているものはもっと禁止にしないと、同性婚を望んでいる人からすれば納得がいかないのでは?

 

例えば、美少女アニメが普及したから、それに満足して結婚をする気のない男性というのは、間違いなく増えていると思うけど、これだって当然少子化に拍車をかけているでしょう。そういうのは放置され、同性婚のみが少子化を理由にダメと言われたら、そりゃ「差別でしょ」と言われてもしょうがないのでは?少子化を懸念しないといけないものなんて山ほどあると思うのだけど、その中で何故同性婚にはこんなに厳しいの?そりゃ同性婚自体が社会的に受け入れらているものではないというのは確かでしょう。柴山議員は「同性婚を認めると社会的混乱」が起きると言っていたけど、それに対して、スタジオに来ていた同性カップルの1人が「どういう混乱が起きると思いますか?」と尋ねます。これは凄い良い質問だなと私も思いました。柴山議員は答えに苦慮していた気がしますが、そこにミッツ・マングローブ氏が「それは生理的な嫌悪感よ」と言い放ち、やっぱりそこだよね。って感じでした。

 

柴山氏自身は「偏見や差別の目はなくしていかないといけない」と言っていました。しかし、実際同性婚を認めることによる悪影響として「社会的混乱(生理的に受け付けない反発)が主だとしたら、それは完全なる偏見や差別の目じゃないですか?すると、柴山議員の言っていることと矛盾するわけです。そういう目はなくしていかないといけないと言っているのに、そういう目があるから同性婚は簡単には認められない。偏見や差別の目をなくしていくべきというのならば、同性婚を法的にも認めても構わないと思いますが、どっちなんですかね?また、柴山議員は「この国では、男女が結婚するという伝統がある」といったことも力強く語っていましたけど、その伝統を今後も守り続けないといけない理由も分からない。というか、同性婚を認めたところで、そんなにマイノリティには違いないのだから、その伝統が崩れるとは到底思えないし。

 

あとね、1番大切だと思うんですけど、そもそも人々が子供を産み育てる理由は、国のためじゃないわけ。基本的に子供を産む理由って、国のためではないと思う。少子化を懸念とかいうけど、人々は国のために子供を産んで、育てているわけではない。結果的に産んだ子供が国への貢献につながっている。という結果論の話だと思う。だから、国からしたら子供の数が減るのは問題なのはそうなのだが、国が困るから人々の幸せを奪って良いの?同性カップルは、国の都合によって自分たちの幸せが奪われているのですよ?子供を産み育てることが、まず自分たちの幸せや望みのために行われているのでないならば、つまり、夫婦が子供を産むのは完全に国のためだと、国の歯車になる人材を世に送り出すために産んでいるんだとするならば、国の都合で少子化対策を夫婦間の婚姻などに介入するのも間違っているとはいえないのかもしれない。でも、そうじゃないのならば、国の都合で介入する部分は最小限にすべきでしょう。

 

そして、いい加減に少子化対策なんてやめた方が良いと思う。というのも、私は今後日本の少子高齢化が改善するとは思えないから。子供が少ない時代があれば、その子供が大人になったときに生まれる子供の数も当然少ないはず。すると、その繰り返しにより、子供の数は自然発生的にどんどん少なくなっていく。出生率にほとんど変化がない今、このサイクルがまさに起きているということです。つまり、子供の数は0に向かってどんどん減っていく。これは止めようがないと思います。出生率が維持されたとしても子なし夫婦が増えてきている昨今では、それでも子供の数は当然減ります。子供を望まない夫婦の方が同性婚による少子化よりもよっぽど深刻じゃないか?と思うけど、そういう価値観の夫婦は今後も増えそうなので、出生率が上がったとしても、子供を産みたい夫婦の数が減っているため、やっぱり子供の数は増えないと思うのです。ベビーブームみたいに1つの家庭で5人も6人も子供を産むのが当たり前の時代が来ないと改善は不可能だと思います。つまり、少子化という流れは止めようと思っても止められないと思うので、同性婚を認めることで、少子化に拍車がかかったとしても、子供がいずれ0になる時代がちょっと早くなるくらいだろうと思います。

 

同性婚を認めても、認めなくても、少子化は止まらないと思うので、国がすべきことは少子化対策じゃなくて、少子化であることを受け入れた上での国作りの対策でしょう。例えば、年金制度は賦課方式から積み立て方式に変えれば、子供の数が少ないことはさほど問題じゃなくなる。専門家も賦課方式はすでに限界がきており、積み立て方式に一刻も早く変えるべきだが、乗りかかった船でどうしようもない。長期的考えたら早く積み立て方式に変えるべきだが、これから年金を貰う人の反発もあり、もはや変えられない国を嘆いていました。これについては実際、賦課方式を積み立て方式に変えれば、短期的に困る人が出てくる。ただ、今の制度を続けていたら、長期的に困る人が増え続ける。どっちが良いんですか?という答えは明白です。すでに保険料を払っている人への補償は別途必要だが、いい加減に自分たちが今乗っている賦課方式という船が泥舟であることに気付いてほしい。というか、気付いているでしょうね。気付いているけど、やめるにやめられない。やめる勇気を持った政治家に登場してもらいたいものですけどね。そういった主に社会保障制度の変革を行えば、簡単ではないけど少子化を前提とした国づくりはできるはず。いい加減にそこに気付くべきだと思う。少子化を止めよう!なんて私はムダだと思うから、早く少子化の時代にあっ、少子化の時代に適合した社会保障等の仕組み、国づくりをすべきでしょう。世論としては、同性婚に反対よりも賛成の人がかなり多いようですから、その流れがいつか実現される日はくると思いますけどね。

 

 

 

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