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文系の大学生は勉強しない、遊んでばかりな理由は簡単

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日本の文系の大学生は勉強しないという。これはずっと前から言われてきました。多分、事実でしょう。で、これの何が悪いの?という問題があります。私も自慢じゃないが、勉強をした方ではないと思う。した授業もあれば、してない授業もある。当たり前かもしれない。高校までだって好きな授業もあれば、嫌いな授業もあるし、大学では卒業するためには嫌いな授業も無理矢理出席して授業を聞いて試験を受けて単位をとらないといけない。文系の大学生は勉強しないとというが、じゃあ理系が勉強する理由は何だろうか?私は理系の事情にはそんなに詳しくないのだが、1つありそうなのは勉強しないと卒業ができないことじゃないかでしょうか?物凄い難しいイメージがあります。理系の学生も全員が勉強をしているわけではないだろうが、勉強しているイメージはある。それはそれ相応の事情があると思う。文系が勉強しないと批判されることもあるが、その批判は個人的にはよく分からない。

 

じゃあ、勉強した先に何が待っているのか?というと、仕事漬けの人生でしょう。あと、勉強が嫌いな人ほど文系に集まりやすいという事情もあると思う。勉強自体が苦手な人が理系に行くことは考えづらい。だいたい文系に行く。そして、元を辿れば当然、小学生の頃から勉強しない子はたくさんいる。私もそうだった。ただ、小学生は合理的な判断や将来に対する知識などもないから、とりあえず言われたことを仕方なく。だから、勉強もしている振りをする子が多い。大学生が勉強しなくたって問題ないならば、小学生も勉強しなくたって問題ないでしょう。小学生は公立の学校で、受験もしないのならば、勉強しなくたって卒業できないことはないし、進路に影響もない。日本の大学生は何故勉強しないのか?以前に、何故日本の小学生は勉強するのか?という疑問があるのです。文系の大学生が勉強しないのは、端的に言ってしまえば、勉強しないことで起きる損害がないから。留年することも稀だし、卒業は可能でしょう。授業に寝坊したり、サボる学生が増えるのも同様の理由です。

 

だから、むしろ何で勉強しないのか?ではなく、何で勉強をしないといけないのか?という疑問があっても良いと思う。勉強しないならば、何のために大学に行っているのか?という話になるが、それは大卒としての資格を獲得するため。というのが大きい。大卒と高卒ではやはり人生においていろいろな違いが出てくる。名前も聞いたこと無い大学ならばともかく、そこそこの大学であれば、間違いなく大卒の方が人生は有利だと思う。で、大卒が有利っていうのは、その学歴で自体が有利ということであって、そこで何を学んだか?とか、どんな成績を残してきたか?は関係ない。人の見方なんてそんなものだ。だから、大学に通って卒業を目指すことになる。ただ、彼らの目標はあくまでも卒業であって、卒業さえ出来ればどうでも良いから、勉強はしたくない。勉強はしたくないから。楽単の授業をとるし、レポートなどはコピペするし、どっちかっていうと、飲み会やサークルなどに勤しむ。それが見慣れた光景でもあります。

 

大学生がとっているこれらの行動は、今の日本社会を前提にするならば、極めて効率的であり、妥当性が高いと思う。逆に大学で真面目に学ぶことはほとんど自己満足の領域になってしまい、そういう学生を否定するつもりはないが、将来に生きる要素はあまりないケースが多いと思います。だから、勉強しない学生は、ある種の正解とも思える道を歩んでいるのであり、彼らの行動を疑問視するならば、彼らの行動に合理性を与えてしまう日本社会を批判するのが先ではないか?と思う。小学生の勉強からいえることだが、学校で習う勉強の大半は役に立たないと言われている。それに対する反論として、「役に立たせられていないだけ」というものもある。無理矢理役に立たせようとしなければ役に立たない知識や経験は役に立たないと同義だと思うのだが、私も9割くらいは役に立っていない気がする。役に立ってないところか、もう忘れている。それは大人だって感じているでしょう。大人が自分の子供が学校に通って、将来役に立つとはあまり思えないことを学んでいることは知っているだろうが、それに異議を唱える人は少ない。

 

もう役に立たない可能性があることは認識しているが、勉強なんてそんなものだろうと思っている。というか、逆に言えば、その役に立たないものを一生懸命勉強してさえいれば、学歴が手に入り、将来的に人生が豊かになる可能性がある。そこに意味を見出しているのではないか?と思います。役に立たないものだろうが、それをやりさえすれば人生がばら色なんだったら、もうそれで良いや。という思いがあるのではないでしょうか?就職試験とかは特にそうかもしれない。こんなことを面接で聞いて何の意味があるのか?と思っている人も多いと思いますよ。だから、保護者もそれで良いと。一見すれば役に立たないものを学ぶことに是認しているのは、大学生も教育を受ける子の親も一緒だろうと。大学生が大学に通う理由も、保護者が子に教育を受けさせる理由も、真の意味としてあるのは、学歴を手に入れるため。それによって人生を豊かにするため。ここが大きいのではないか?と日本の状況を見て思うわけです。ある程度の年齢になると気付くんじゃないですか?勉強することの意味を。それが将来にどういう意味を持つのか?ということを。勉強しない学生は批判されるべき対象というよりは、上手く人生立ち回っているなという認識の方が正しい気がしてきます。勉強しない学生を批判するならば、勉強する気のない学生が大学に入るメリットを作っている現代社会に責任があるでしょう。

 

 

なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?
 

 

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