就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

結婚式のご祝儀を払いたくない、出さない人が叩かれる理屈

【スポンサードリンク】

結婚式にご祝儀を出さないで参加したら、当然ブーイングの嵐でしょうね。それはどうしてブーイングの嵐になるか?というと、結婚式に参加する以上は、ご祝儀を出して当たり前という暗黙の了解があるから。その暗黙の了解を支持している人が多いからということになるのでしょう。それが正しいか?どうかは別として、世の中にはご祝儀を払いたくない人、払えない人もいます。そういう人は無用なトラブルを避けて、参加するのを拒むか、縁を切るつもりで手ぶらで参加するか、どちらかを選ぶということになるでしょう。払えない、払いたくないのに、結局払う人もいるかもしれませんが。調べてみると、参加した人からご祝儀が貰えなかったとか、貰えたけど、金額が少ないとか、そういう相談というか、不満がよくあるようです。もらえて当然という認識は個人的にはどうかと思うが、結婚式には金がかかるから、ご祝儀を当てにしていて、それが計算どおり貰えないと計画が狂うじゃないか!という思いはあるのかもしれないです。

 

ただ、そうなると、事実上ご祝儀っていうのは結婚式の入場料に等しいですよね。入場料と考えるのであれば、また別の問題も出てきます。それは結婚式内で流すBGMとして使用する曲の著作権問題です。実は結婚式のような不特定多数が集まる場で、著作権が保護されている楽曲を流すと、使用料をとられる。というらしいのですが、その理由としては、まず1つが結婚式場が不特定多数が集まる場だということ。小規模な式ならばこれに該当しない可能性もある。そして、もう1つが結婚式のご祝儀が入場料にあたるという解釈になるということらしいです。著作権で保護されたコンテンツはは営利目的では無断で使用できないので、ご祝儀が入場料と解釈されると、営利目的になってしまうということなのでしょう。このご祝儀が入場料か?どうかについては否定意見の方が多いようです。

 

 

私自身もご祝儀を入場料と解釈するのはどうかと思うのだが、すでに述べたように暗黙の了解によって、ご祝儀を包まないで結婚式堂々と参加すると、大ブーイングの嵐なわけですよね。叩かれるわけですよね。これって、ご祝儀を包まない人間は結婚式にくるな!と言っているようなものじゃないですか?そうすると、入場料に近いというか、事実上入場料ですよね。ご祝儀を包まないと入場できないわけじゃないかもしれないが、事前にご祝儀を払わない宣言をしても、快くどのカップルも参加を許諾してくれるような現状がないと、事実上ご祝儀によって入場を制限するような状況が生まれているわけ。それって、入場料と解釈されてもしょうがないのではないか?と思う。ご祝儀を入場料じゃないと言い切るのであれば、ご祝儀の支払いの有無で、文句を言ったりしてはいけない。または事前にご祝儀を払わない人の参加を断るといったことはしてはいけないと思うのだが、そういう現状がなければ、ご祝儀=入場料じゃないという理屈は通らないと思う。現状はそうなってはいない。みんな文句を言うわけだ。ご祝儀は入場料には該当しないから、音楽も勝手に使わせろ!という主張と結婚式に参加するならb絶対にご祝儀は払え!3万円は払え!という主張を同時にするのは、随分都合がいいような気がしてくるのです。そんなわけで、ご祝儀=入場料という解釈も、現状を踏まえるとあながち間違っていないのでは?と思うのです。

 

実際、ご祝儀が強制されるような状況だと、ご祝儀って名前は違和感しか感じないですよ。結婚式に出る以上は、祝う気持ちはあるのだから、それをどう表すか?手紙や言葉という人もいるだろうし、モノかもしれない。お金というのは、その中の一手段でしかないと思う。お金以外は認めないというのが現状の結婚式だと思うし、しかも同じお金でも金額によっては文句が出るような状況もある。そして、お金を払わない人間、相場の金額を払わない人間は叩かれるという現状を見ると、ご祝儀よりも「入場料」と表記した方が自然じゃないか?と思います。同じお金でも相場よりも少ないと不満を言われる現状は、1円でも足りなければ入場が出来ない状況と非常に似ている気がします。金以外も許されないし、お金も最低相場は払わないといけない。実際そういうマナーに苦しんでいる人が実はたくさんいるんですよね。私も実際呼ばれたら、多分苦しむと思う。はっきり言って、私は3万円も払いたくない。1万円でも惜しいくらい。その代わり、手紙とかを精一杯書くくらいはしたいと思うが。そんなことをすると、同じように文句を言われる可能性があるので、だから悩む。同じように悩んでいる人も多い。ご祝儀を相場以上払っている人も心の中では、払いたくないという気持ちは少なからずありそうだけど。

 

ご祝儀を払わない人がこうやって叩かれたり、非常識と揶揄される根拠って、本来はないと思う。だって書いてないんだもん。招待状に。彼らの理屈は、結局「みんながやっているんだからそれが常識」ということだと思う。みんながやっているんだから、お前もやれの精神じゃないかと思います。常識や非常識が決まる理屈ってのはそこしかないわけだが、多数がやるものはやらないとおかしい。逆に多数がやらないのならばやらなくても良いという理屈は、今回のケースだけじゃなくて、いろいろな場面で存在する。それが日本人というものらしい。

 

結婚式のご祝儀「1万円では安い」のか 新婦が「あつかましい」のか - Ameba News [アメーバニュース]」の記事では、現代のご祝儀のあり方が批判されています。

 

経営コンサルタントの大石哲之氏は今年4月、祝儀についての持論をウェブサイトにつづっている。デフレ経済下でも、披露宴のご祝儀の相場はなぜかバブル期の水準のまま。披露宴の費用も「高止まり」したままだという。

その理由は、結婚式には「参列者からカネを集められる」仕組みがあるから。仮に350万円の式を開いても、ひとり3万円で83人集めれば、およそ250万円が集まる。自己資金は100万円あればいいのだ。

「本人たちがお金が出せなくなればなるほど、ビジネスモデルから考えれば、ブライダル業者は多くの参列者を集める式を提案するようになり、式は豪華なものになっていく」

 

(中略)

 

大石氏も、数合わせのための「招待」について、「なんという浅ましさ」「ヒトの善意を食い物にしているとはまさにこのこと」と批判している。

 

招待されれば断れず、ご祝儀の相場を下回れば「常識知らず」と呆れられる。いっそ勇気を出して欠席できればよいが、それで人間関係が疎遠になるのも怖い――。そんな気の弱い人たちに向けて、今日も「招待状」が送付されているのだろうか。

 

 結婚式の招待状を送る側はそんなことを考えていない。ご祝儀がもらえればとりあえずOKという認識かもしれないが、招待状を貰ったがゆえに、ある意味迷惑に感じている人もいるということでしょうか。「食い物にしている」という表現が適切か?は分からないが、ご祝儀目当てで人をたくさん呼んでいる人たちが中にはいるというのは、その通りかもしれない。

 

 

Como特別編集 マンガで読む 冠婚葬祭&おつきあい 一生、恥をかかない本 (主婦の友生活シリーズ)
 

 

あわせて読みたい記事