就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

私が働く理由は生きるため、食べるためじゃなくて世間体のためです

【スポンサードリンク】

2ちゃんねるのまとめブログに年収1000万円の医者と資産100億円のニートどっちが良い?正確に言うと、合コンのときにいたらどっちが良い?というようなスレッドがあって、これは女性目線でどっちを選ぶか?というアンケートのようなものなのでしょうかね。この医者の資産はいくらなんだろう?と思いましたが、たいていが前者を選ぶと思う。これが年収700万円くらいの会社員なら、意見も分かれるかもしれないが。医者は今の時代、ある程度安定した仕事と言えると思う。だから、収入が極端に下がったりすることは考えづらい。イメージとしてニートがよくないというのもあって、恐らく大半の人は年収1000万もあれば、世間体から「医者」の方を選択する人が多いと思う。五輪エンブレムが中止に追い込まれた背景には世間からのバッシングがあったが、何でバッシングが起きるのか?というと、それも結局イメージでしょう。つまり、エンブレムの法的問題性や類似性の是非とは離れたところにある、1度ケチがついたものはイメージが悪いから使うな!という圧力を感じます。そのエンブレム自体に客観的な問題ないにしても、1度何らかの原因でイメージが汚されると、もうそれを世間は受け入れない。話は戻るが、ニートの方も100億円もあれば、適切な使い方ができれば、一生生活に困ることはないでしょう。投資家のBNFさんみたいな感じなのか?

 

100億円のニートというのも、不動産を買って貸し出せば、投資家になれないこともないと思うが、今回のスレッドへのレスは多くが医者を選んでいました。それだけ「仕事をしている」ということが大切なんでしょう。会社員だったら、いつ仕事がなくなるか?収入がなくなるか?分からないので、まだ100億円のニートを選ぶかもしれないが、比べる相手が医者では分が悪すぎる。私が働く理由は大半が「世間体」です。正確に言うと、働いてある程度の金額を稼ぐのは「世間体」のためです。今の私は、月額3万円くらい稼げれば十分生活していける。ただ、世間の洗脳に遭っているのか?分からないが、一人前に思われるくらいに稼がないといけない。変な目で見られえる。謎の圧力に屈しているために、必要以上の金額を稼ごうとしている。もちろん、貯金に回れば意味がないことはないだろうが、ただ、そういう圧力が存在する限り、私は貯金が何千万貯まっても働くことは辞められない。何千万レベルまでいくと、贅沢を欲しない私にとっては、その貯金の金額は過剰じゃないか?と思えてきます。

 

大半のいわゆる普通の人間の人生を考えてみると、結婚して子供が生まれるパターンでは、非常に多くの家庭が配偶者や子供に遺産がわたる。そして、その遺産を手にした子供は、同じように結婚をし、その子供に遺産がわたっていく。そのサイクルは別に珍しいことではないが、これは結果的には、もらった遺産を次の新らしい家庭に渡せるということは、必要以上に稼いできた。とも言えるのではないか?過剰とも言える貯金は、安心を生み出すが、その貯金を使うことなく、次世代へ渡る。その次世代も同じように、いざというときの安心のために遺産を使わずにできるだけとっておく。そして、最終的に次世代へと渡る。それが繰り返していき、いずれ世間体を気にしない人間が現れると、恐らくそこで遺産が全て使われる。初めて遺産の存在意義が発揮された瞬間かもしれない。遺産それ自体に手を出すか?どうかはともかく、遺産に手を出したって、その人が生涯に作る貯金の金額はある程度にはいくだろう。基本的には自分や家族のために残しておいた貯金だろうから。ただ、その貯金も自分が生きている間に効力を発生させないとしたら、貯金の存在意義が次世代へと渡るが、それが途中で使い果たされることは考えづらい。

 

いわゆる普通の人生が次世代にわたってずっと繰り返しなされる限り、貯金を一定程度持たない人はほぼ存在しない。一定金額の貯金を繰り返し持つ家庭がどんどん後世にわたっても存在するということは、どの家庭でも、一生自分も後世の子孫も使わない余剰金を生み出していることになる。それが働いて得たお金から大部分が捻出されているとしたら、結果的に働きすぎだ。とうことになる。あくまでも結果論として。じゃあ、何で結果的に働きすぎになるくらいに働くのか?貯金をして安心を得るためか?それもあるだろうが、それは結果からいうと、たいていは全額は使わなくて済むから、そんなに働かなくても良いということになっている。いろいろなものに現在進行形でお金がかかる。またはかかりそうだという事情でもない限りは。何で働くのか?結構、世間体は大きい気がする。私の場合は、こんなに貯金してどうするの?というペースで貯金が増えている。使う予定もないし、貯金があれば一応安心だが、こんなペースで増えていく必要があるだろうか?と思っています。

 

それはつまり、私が物を買わな過ぎということも言えるが、モノを買わなすぎという現状を踏まえるならば、収入が多すぎるとも言えるかもしれない。毎回支出する金額に比べて収入が多すぎるから、貯金がどんどん増えていくのです。収入が多すぎるというのは働きすぎなんだ。私の収入は世間一般的に見たら全然少ないと思うが、環境が恵まれているから、それでもお金が余る。使い道に困る。にもかかわらず、収入が減ると凄い気分が落ち込むのは何故だろうか?別に生活に困ることはないのに。それは完全にプライドとか、見栄とか、世間体の部分でしか説明がつかない。働かないことは悪だとか、多くが働いているのにサボっている人間は悪だ。といった風潮に縛られている。洗脳されていることについては、正直自分でも気付いている。ただ、1度それにハマるとなかなか抜け出せない。世の中にはそういう風潮に縛られず、開き直ってニートをやっている人間もいるが、正直羨ましい。収入は彼らの方が間違いなく少ないし、将来的にもあまり良いとは言えないかもしれないが、彼らの方が心は幸せなんじゃないか?と思えてくるのです。世間体に縛られてしまうと、本当に人生は辛いですね。働かない人間だけの世界みたいなのが作れたら良いのにな。

 

 

あわせて読みたい記事