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東海大学の英語の授業崩壊の雰囲気や評判はよくある話

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東海大学の英語教育が崩壊しているなんていう記事を見たのだが、はっきり言って、どこでもありそうなレベルだなと思った。そこに書かれているのは、携帯電話をいじってばかりで大して授業を聞かないというレベルの話であって、むしろ東大でもありえる話でしょう。そりゃそうだとしか言い用がない。彼らにとってはそれが理に適っているのでしょうから。彼らのこういう行動を見て、真面目に聞いている学生に迷惑をかけるのはどうかと思うが、別に不思議な感じはしなかった。それは、彼らは単位をとるために大学に行っているのであり、勉強をしに行っているわけではないから。それは大学のランクがさらに上がっても変わらずいる層でしょう。大学を卒業するため、〇〇大学卒業という肩書きを得るためという目的が強いと思います。大学で学ぶことと将来へのつながりが見えないという意味では真面目に授業を聞く意味はあまりないというのも、文系の場合はそうなのかもしれない。じゃあ、何で大学なんて通うのか?となるが、そりゃ大卒の資格を持っていた方が人生において有利だから。としか言いようがないのです。それが有名大卒であれば、さらに価値を持つ。

 

詳しい話は「東海大学の「英語の授業崩壊」は「日本の大学教育の崩壊」そのものを現している事件だ - ボンダイ」を見て欲しいが、東海大学の学生の授業の受け方にキレた教授がとんでもない英語のレジュメを作って配り、それがネット上にアップされたらしい。私が何でこんな記事を見つけたか?というと、たまたまニュースで東海大学が、キャンパスの中に設置したドトールで注文をする際に、英語以外を使って注文してはいけないというルールを作ったという話を聞いて、それって効果あるのかね?みたいなことをブログで書こうと思っていたら、たまたま見つけたんですよ。ドトールの話は、英語教育の一環なんだろうけど、注文をするときに使う英語なんてほとんど単語で事足りてしまうから、あまり意味がないのではないか?と思う。ただ、自分でその場に適した英語を考えるという意味では、いくら中学レベルの単語や文章であっても、意味はあるかもしれないとも思ったのです。少なくとも嫌々英語の授業を聞いているだけよりは、まだ英語が身に付くかもしれないです。

 

ドトールの話はもう終わるが、東海大学で起きた英語崩壊の事件は教授がやってしまったという感はあるが、学生の行動自体は決して珍しいものではない。はっきり言って、その場に居合わせた教授の性格次第でしょう。私の大学でもうるさい、騒がしいなんて授業は普通にあるが、注意する教授もいれば、スルーする教授もいる。1番迷惑なのはスルーする教授で、おいおいなんとかしてくれよと思っていることもあります。私が必ずしも真面目に聞いているわけではないが、中には真面目に聞いている学生もいるでしょうからね。だから、一応対応策を打ってくれたことについては、東海大学のこの教授も間違っていないと思うし、マシだとは思うが、そもそもこのやり方は合っているんだろうか?というよりも効果があるのか?分からない。普通に「静かにしろ!」の一言じゃダメなのか?ダメだからやったのか?静かにしろ!と言って効果ないなら、何をやっても効果ないだろう。と思う。それか連帯責任にして、話し声が少しでも聞こえたら、履修者全員単に没収とかにすれば、絶対に静かになると思う。それはそれでやり方はどうかと思うが。基本的には、静かにしろ!の一言で構わないと思う。

 

この教授は凄い真面目なんだろうね。だから、状況を変えようと一応試みてみた結果がこれだったと。逆にうるさい授業でもスルーし続ける教授は、真面目に勉強しない学生らとあまり変わらないスタンスなんじゃないか?と思います。学生も勉強したくて大学に通っているわけじゃないから、うるさくなりやすくなる。それを注意しない教授の方も、別に勉強を教えたくて、教育を施したくて教授をやっているわけじゃないと思う。ある意味利益が一致しちゃっているのでしょう。学生側はただ単胃を貰えれば何でも良い。教授はただ給料をもらえれば何でも良い。学生と教授がお互いに負担のない形で授業に参加をしているような気がする。その中で真面目に授業を受けたい学生は迷惑ですけどね。そうじゃない学生は少なくともうるさくしないし、そうじゃない教授は一応注意くらいはすると思うんですけどね。

 

あと、先ほどもちらっと言ったが、こういう授業風景はFランク大学に特有みたいなこともいわれることがあるけど、そんなことはないでしょう。東海大学Fランク大学じゃないと思うが、私が通っていた大学も同じような感じでした。最初は迷惑に感じていた部分もあったけど、いつしか慣れていたけどね。Fランク大学の授業の特徴として、中学生あたりの復習からやり直すみたいなことがあるらしく、ネットで揶揄されていたりもしたが、うちの大学も中学生からやり直してましたよ(笑)それなりの偏差値で、英語でちょっと有名な大学だけど。普通に大学1年生の授業は、中学1年からの復習でした。何でそんなレベルの授業からやるのか?というと、そのレベルすら危うい学生がいることを大学側も認識しているからでしょう。一般入試を突破してきた学生は良いかもしれないが、AO入試、推薦入試、内部進学など、いろいろな学生がいるから、学力レベルにも相当差がある。だから、授業のレベルがあまりに低次元というのは、別にFランに限った話ではないと思います。そのレベルがずーっと卒業まで続くならともかく、そんなことはFランでもないと思います。

 

あと、授業中遊んでいたりする学生もそりゃ普通にいた。当たり前と言えば当たり前ですよね。すでに話したけど、彼らは勉強をしに来ているのっではないのですから。単位を貰って卒業できさえすれば良い。1度有名大学に入学してしまえば、仮に留年をしたとしても、どれだけ不真面目でも一応卒業する意思があるのならば、卒業自体は可能だと思うし、卒業してしまえば、その有名大学卒という学歴が手に入り、以降人生でかなり有利になる。それは東大だってわずかながらいると思いますよ。それは学生に文句を言ってもしょうがないですよね。学歴社会ってそういうもんでしょう。大人が作ってきたんだから。だから、本当に頭の良い学生って、学歴を手に入れるためにいかに手を抜くか?を考えられるなんじゃいか?と思えてくるのです。今のはちょっと言い方は悪いが、別の言い方をすると、大きな成果を得るためにいかに最小の労力しかかけないか?会社でやっていることってこれですよね。同じ労力でいかに大きな成果を得るか?ともいえるかもしれないが、金持ちになるのに、自分が努力して稼ぐんじゃなくて、金持ちと結婚するみたいなやり方がそれに当てはまるのかもしれない。金を手に入れるというのが最大の目的ならば、それも1つの手段には他ならないでしょう。

 

大卒であることや有名大学に何の価値もないような世の中になれば、大学進学をする人はほとんどいなくなるのではないか?と思います。仕事もしたくないが、勉強もしたくないと思っている学生が多いでしょうから。その状況で何で大学進学するのか?というと、まず働かないと生きていけない社会があって、働かせてもらうためには学歴がある意味重要だとするならば、その将来を逆算して考えると、大学に行っておいた方が有利だと。勉強はしたくないが、将来困るのはもっと嫌だからとりあえず大学には行く。だけど、目的は卒業さえできれば良いから手を抜く。真面目に勉強しないのです。大学を出ることは、仕事以外にも人間としての信用面や価値を決める尺度になってしまっている面があるので、やっぱり重要なんでしょう。東海大学で起きた授業中の光景自体は別に珍しいことではない。うるさくするのは問題だと思うが、真面目に勉強しないことはそんな問題だとは思わない。そういう学生を非難するのであれば、学歴がある程度優遇される社会を作った大人たちにも原因はあるでしょう。学生らはすでに存在する社会の中でいかに合理的に生きるか?に徹しただけだと思いますよ。

 

 

なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?
 

 

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