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残したい料理を全部食べても、食べ物を粗末にしてないことにならない

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食べ物を残したり、料理を残したりすると粗末に扱っている、無駄にしているみたいな言い方をされる。そして、口の中入れて食べてしまえば無駄じゃなくなるみたいな言い方をしている人もいる。よくある光景で言うならば、おなか一杯の子供に対して、親が「食べ物を粗末にしてはいけません!最後まで食べなさい!」といっているシーンが割とあったのではないか?と思います。学校給食とかでもそういう光景はあって、それが虐待なんじゃないか?と言われることさえあります。これが虐待か?どうかはともかく、そういう風に食べさせようとする裏には、食べ物を粗末にしてはいけないという思想があると思う。その思想自体は結構だと思うのだが、問題は無理矢理食べさせたら、粗末にしていないという謎の理論なんです。子供の頃は無理してでも食べると、粗末にしていないみたいな感じに、私も納得していた気がするのだが、大人になると違うのではないか?と思うのです。

 

例えば、先ほどみたいにおなか一杯でもう食べられないと、料理を残すと世間一般の感覚では、食べ物がもったいない、粗末にしているという印象にとられるが、じゃあその残そうとしている料理を、もう満腹な状態にもかかわらず、なんとか全部食べたとしたら、その料理はもったいある状態になるのか?つまり、食べ物を粗末にしていないと言えるのか?というと、そうは思えないのです。つまり、このケースで満腹な状態にもかかわらず、無理に食べることに何の意味があるのか?ということです。何が言いたいのか?というと、ある料理が、ある人の満腹量に比べて、多く存在している時点で、もうもったいないんだよ。その多く存在した部分については、捨てようが、無理矢理胃の中に放り込もうが、もったいない状態は解消されない。つまり、もういらないよ!っていう料理を無理矢理食べるのは、食べ物を粗末に扱っていないことにはならない。ただの自己満足に近いと思う。それどころか、むしろ食べている本人は苦痛を味わっているよね。マイナスの行為じゃないか?と思う。

 

その料理を作ったのが誰にせよ、満腹に達する量よりも多く作ってしまったことがそもそも無駄であり、その部分を次回以降反省しろという話であって、もう作られてしまった料理は、保存ができるならば、またお腹が減ったときに食べれば良いが、今すぐに食べないといけないようなもの(例えば、お店でのバイキングとか)ならば、それは残すのも、無理矢理食べるのも一緒だということです。何か無理矢理胃の中に放り込めば、もったいない状態が解消されると思っている人も多いようだが、それに何の意味があるのか?さっぱりなのです。つまり、10の量で満腹の人間がいたとして、目の前に12の量の料理がある。当然、10食べれば十分だから、本来ならば10を用意すべきなのに、12目の前にある。この差の2の分についてこそがもったいないと呼ぶべきものであり、本来作る必要なかった分になるでしょう。その2は、もちろん捨ててももったいないが、10で満足している人間に無理矢理食べさせようとする行為も同時にもったいない。必要ないのだから。必要量がもう充足されている人間に過剰に与えるわけだから、これも食べ物を残すのと同様にもったいない行為だということです。

 

お金持ちにお金を与えると、多分必要ないだろ!と多分批判がくると思うんですよ。せめて貧乏人に与えろ!とか、批判がくるんじゃないか?と思う。それは金持ちの人は、すでに十分お金を持っているだろうから。つまり、必要量が充足されているのだから、別にお金を与える必要はないでしょ?与えるならば必要量が充足されていない人(ワーキングプアの人とか)に与えるべきでは?という批判がきていると思う。今回の例に当てはめると、もう満腹な状態の人っていうのは、お金持ちであるに等しいわけ。その人に食べ物を与えて、食べさせて何の意味があるのか?というのが、今回の批判の中心にあるわけです。お金は賞味期限とかないから、お金持ちの人に与えようとしていて、その人がもう十分だと客観的に認められるならば、そのお金は必要な人が現れたときまでとっておけば良い。ただ、食べ物は賞味期限があるから、そういうわけにはいかない。1日でもとっておけるならば、とっておいて後日食べれば良いと思う。ただ、そうじゃないケースもあるから、その場合には、多く作ってしまった人やバイキングの場合は多く取り過ぎた本人がそれを反省すれば良いと思う。反省をする以外にできることはない。後は周りでまだ満腹じゃない人がいれば、その人に食べてもらうかしかない。

 

少なくとも我慢して食べることは、もったいない状態を解消することにはならないのです。無理に食べる必要はないと思う。無理に食べて生まれるメリットなんかほとんどないんだから。強いて言うならば、ゴミになってしまう量が減るというのもあれば、お皿が綺麗になるから、洗う人が多少楽になるくらいであって、これは今回の食べ物がもったないか?という議論とは、別次元のメリットになってしまうから、少なくとも食べ物がもったいないとか、粗末にすべきじゃないという議論の中では、あえて無理矢理食べるメリットなんかないってこと。虐待の要素しかなくなってくるってこと。だから、残して良いと思うんです。ただ、次回以降はちゃんと量に気をつけよう!ということです。無理に食べること、食べさせることは食べ物がもったいないとか、粗末にしているという議論においては、何の解決にもなっていない気がするのです。努力の仕方を履き違えている気がするのです。

 

 

もったいない

もったいない

 

 

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