就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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実家に住むことがベーシックインカムで、その可否が格差でもある

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現代では、実家に住めるというのが、一種のベーシックインカムとして機能しているような気がします。ベーシックインカムというのは、毎月一定金額が無条件で支給される制度だが、実家に住むと、一人暮らしをしていたらかかる費用の一部がかからなくなるという意味では、似たような結果をもたらしているのかもしれない。実家に住むのが、仮に普通だったら、実家に住むことがベーシックインカムと同様の効果をもたらしているとは言いがたいが、実家に住んでいるのが少数派ならば、そういう風に言って良いのかもしれません。大卒辺りから実家を出て、一人暮らしをするのが1つの生き方として定着している。それが正しい生き方みたいに言われることもあるが、どう考えても正しいとは思えないんだけどね。住む家があるのに、あえてそこを飛び出して余計にお金をかける意味が分からない。それをしたいんだったら自由にすれば良いが、それができない人なのか?は分からないものの、一定数は学生でなくなった後も実家に住み続ける人たちを叩いている人たちがいます。

 

彼らが叩かれる理由なんかないわけですけどね。家族内の問題であって、それ以外の人たちに影響ないし、全く無関係の話だと思うのですが。私が住んでいるエリアのワンルームの平均家賃は約5.6万円でした。四捨五入して6万円が一人暮らしして最低かかる金額ということになります。それが実家に住んでいるとかからない。これは大きいですね。私が住んでいる実家は築もう30年くらいのマンションなので、いつまで住めるのか?知らないけど、親が持ち家でローンを完済していれば、子供は少なくとも不自由なく暮らせる。一人暮らしするのが普通みたいな風潮も私には理解できないが、一人暮らししたら、先ほどの家賃6万円を基準にするならば、最低でも年間70万円以上の出費がかさむわけです。若者の平均年収は300万円台とかならば、この70万円はあまりにも大きな金額ですよ。それがかかるか、かからないかは非常に大きい。後々の人生における影響も大きいと思う。今は実家暮らしは自立できてないとか、一人前じゃないとか、感情的な否定意見や風潮が蔓延しているからあれだけど、お金がかからない生活は誰もが志向すると思うんですけどね。一人暮らしをしていて1番大きな出費はやっぱり家賃だと思う。

 

どうあがいてもかかる費用ですからね。現代では「高齢者だけがベーシックインカム社会を生きている」といったのはホリエモンなんですよ。それは年金です。年金は受給資格があって、万人に支給されるものではないのだが、受給資格を満たすには保険料を払い続けていれば良いということ。つまり、生活保護みたいな自治体の職員の恣意的な審査はない。そして、受給資格を満たしていれば、必ず支給される。そして、死ぬまで支給される。だから、受給資格を満たしている人からすれば、ベーシックインカム的な生き方ができるということになるのでしょうか?若者には年金は支給されないが、持ち家に住むという形で、それに近い社会が実現するのではないか?もちろん、自分で持ち家を買っては意味がない。費用を負担しないからこそベーシックインカムになる。賃貸を借りるのでもダメです。持ち家じゃなくても、賃貸だって両親が毎月家賃を払っていて、そこに子供が同居するという形であれば、同様の状況は生まれるが、この場合は親が死ぬと家賃は払われえなくなるから、ベーシックインカム的な生活は終わりを告げる。

 

やはり持ち家の方が、現実的は長く住居に困らない生活が実現しそうな気がする。私の住んでいるマンションは、築30年くらいだから、住もうと思えば、10年は住めるでしょう。そうなると、ワンルームの家を借りたときの家賃が6万円で、年間の家賃が約70万円とすると、10年間住んで700万円も浮く計算になる。つまり、毎月6万円のベーシックインカムを10年間貰い続けられる計算になる。実際、私の住んでいる実家はワンルームではないから、これだけの広さの家を借りようとしたら家賃10万円は軽く越えるでしょう。そうなると、1000万円以上の金額にのぼりそうだ。いつまでここに住み続けるか?は分からないが、10年住んだら1000万円以上のお金を受け取っているに等しいかもしれない。大人になっても実家に住むのが当たり前という状況が日本にも生まれれば、実質これはベーシックインカム的なものではなくなる。それが本当に普通になれば、あえて「実質ベーシックインカム」だなんて言い方は誰もしないでしょう。現在は当たり前にはなっていないどころか、少数派だからそれができる人は、ある種特権階級みたいになっている。働きもしないで生活保護を貰っている人は叩かれたりもするが、働きもしないで実家暮らしの人も同時に叩かれることも多い。

 

後者は全く他人から叩かれる筋合いもないのだが、気に入らないんでしょう。そういう自分にはできない生き方をしている人間が。そして、社会の中でもマイノリティである部分も理由になっているような気がする。日本人にとって、「多数と違うことは問答無用でいけないこと」みたいな価値観が蔓延しているみたいですからね。私は親が子供が困らないように家を用意してやるっていうのが、むしろ当たり前になるべきだと思っている。それがこんな生きづらい国で子供産んだことの責任だと思うが。実際、大人になると家すら持てない人もいるわけですよね。で、親に捨てられる人間もいるわけだ。子供を捨てるってのは言語道断だと思うが、子供は大人になれば家を出て行くものだと思っている親もいるでしょう。非常に子供が可哀想に思うけど。そして、子供が大人になったときに家を出ていくだけの経済力や能力を身に付けられているはずだ。と勝手に期待していると思う。その2つの期待や予想通りに行動してくれる子供も多数いるが、そうじゃない子供もいるはずだ。それをしたくない人もいれば、それができない子供もいる。親が勝手に抱いた期待は勝手だが、その通りに子供が育ってくれないことを、最終的に家から追い出して子供に押し付けようとするわけでしょ?何て酷いんだ!?と個人的には思う。

 

家の問題は子供にとって一生を左右する問題です。以前、「貧乏な親は子供を産むな!可哀想!は一理あるようで一理ない - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事で、貧乏な親が子供を産む是非について書いたが、貧乏くらいならそんなに問題ないかもしれないが、貧乏だと当然持ち家率も下がるし、子供が可哀想とかいうよりは、子供の一生を考えたときに、親として力になれる部分があまりにも少ない。というか、力になれないことを意味する。家っていうのは、生きるための基礎になるものですよ。ホームレスやネットカフェ難民に陥る人がいるっていうのは、彼らの親が少なくとも住む場所が提供できていないってこと(自分から出て行った人もいるかもしれないが)でしょう。国が支援すべきなのか?親が配慮すべきなのか?は分からないが、彼らのような層はどの国でも一定割合を占めている。そして、見ていてかわいそうだ。親が貧乏で子供が可哀想とか言っているレベルが可愛いと思えるくらいに、相対的に彼らは可哀想だ。家が持てないっていうのは、生活の基礎がないから日雇い派遣などを除けば、まともな仕事に就けない。家があるか?ないか?がまず格差社会としてあり、その家を自分で用意するか?実家に頼るか?でも、また収入格差として如実に表れるでしょう。持ち家を持てないのは、親の収入の問題が1番かもしれないが、こうして考えてみると、親の収入格差が子供にも伝播するというのも、何か間違っていない気がする。最近は親の収入で教育格差が生まれているとよく言われるが、それよりももっと根本的な部分であるんじゃないか?と。

 

働かざるもの、飢えるべからず。

働かざるもの、飢えるべからず。