就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

働かないで金を貰う奴を許す社会の理解が進めば世の中は上手く回る

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ファミレスや居酒屋には料理の注文を受け付けたり、運んでくる店員が必ずと言って良いほどいるが、彼らは必要なんだろうか?とずっと思っているのです。というのも、彼らのやっている仕事はそんなになくてはならない仕事か?と思うのです。要するに、料理の注文は機械のボタンを押せば厨房に通じるだろうし、料理ができたら、客席に知らせて、客が取りにいけば良いと思うのです。ドリンクバーの文化が浸透しているのならば、いちいち客が料理などを取りにいくことを面倒とは思わないだろうし、明らかに人件費が浮くから、その分少しは料理が安くなるのではないだろうか?それがあるのならば、受け入れる客は多くいそうだが。レジにかかわる人間はしょうがないとしても、ホールで仕事をする人間はもっと減らした方が効率的なんじゃないだろうか?と思う。やってできないことではないし、10年後かなんかに消える職業として、このファミレスとかの店員という記事を見たのだが、近いうちに実現しそうな気がします。

 

以前、ホリエモンがコンビニの店員がいらないということを言い出して、周囲を驚かせていたことがある。その真意は、野菜の直売所が機能していることを例に挙げて、万引きされる金額よりも、店員に払う給料の方が少ないとなれば、店員はいらないとなる。実際、私の家の近所でも野菜の直売をしているところがあって、あれはお金を置いていく代わりに野菜を持って行って良いというシステムで、全く機械化されていないところもある。つまり、お金を払わずに野菜を持っていこうと思えば思えば持っていけてしまう状況がありながら、日本人はそういうことをしない(人が多い)という予測によって、ああいう商売の仕方をしているのでしょう。あれは明らかにコストがかかっていない。人件費をかけないで、万引きができないように機械化することは今の時代は可能だろうが、旧来のそういうやり方を踏襲しているところも一部存在していると思う。

 

つまり、ホリエモンの仮説が正しければ、コンビニも居酒屋もファミレスも、店員という概念が必要なお店から店員がいなくなっても構わないという話になる。もう1つホリエモンは例を出していて、「タイに行くとね、ここ自動ドアにした方が良いんじゃないのかな?ってところにドアマンがいるわけですよ。でも、彼らをクビにして、自動ドアにしたら、俺らの仕事がないじゃん・・・。ってなる。そこで彼らは食い詰めちゃう。ドアマンしかできない人がいるわけだから」と言っていたんですよ。つまり、機械化したほうが効率的なのに、機械化してしまうと、職を失う人が大量に出てくるという問題がある。でも、そうした方が社会全体にとっては良いとなる。ファミレスとかはまさに代表的で、彼らをクビにしてしまえば、料理の値段は安くなるだろうから、消費者にとっては万々歳、お店としてもコストが減って万々歳、さて困るのは?クビになった店員たちだ。ここで、ホリエモンはそういう人たちを救うためにベーシックインカムが必要なんだ。という流れに持って行ったわけです。

 

日本人は特にそうかもしれないが、働かないでお金を手にすることを凄く嫌う人が多い。でも、彼らに辞めてもらって、彼らは何もしないでただベーシックインカムを貰って生活してくれていた方が、その文句を言っている人間も得をする可能性が高い。社会の効率化を邪魔するのはいつでも人間の感情だ。働かざる食うべからずという思想は、どう考えても感情論でしかなおだから、合理的には理由にはならないわけだ。働かない人がいてはいけない理由にはならないし、そういう人がお金を貰って生活してはいけない理由にはならない。むしろ、そういう人たちを作ったほうが、社会が効率的に回るのならば、歓迎すべきにも思えてくる。仕事をしたい人ができなくなるというのは、残酷な側面でもあるが、そもそも会社が人を雇うのは、人が必要だから雇うのであって、必要なくなったらクビにするというのは、理屈か考えたらおかしな話ではないと思う。だから、以前話題になった派遣切りとかも、世の中では批判されていたり、当時も私はちょと批判的な見方をしていたが、今思えば企業がやっているのはごく当たり前のことでしかないと思う。雇っておく必要がないのに、クビにできないとなれば、彼らに与えるべき仕事がないにもかかわらず、雇い続けて給料だけ払わないという、何とも意味の分からない自体が発生してしまう。

 

ただ、彼らは仕事を失えば当然困る。だから、救済は必要だ。問題は誰が救済するか?誰が彼らの生活を支えるべきか?企業が支えているのが現状になるのだが、企業だって彼らと同じ一国民であり、一労働者であり、自分たちの生活を自分で支えないといけない立場なんだ。何で彼らが他人の生活まで支えないといけないのか?という疑問が残る。正社員の解雇規制の問題とかとも絡んでくる問題だが、正社員を1度雇うと、必要がなくなってもクビにできないとなれば、企業としては正社員なんか雇う気になれないし、派遣ですら都合の良いときにクビを切れないとなれば、人を雇うこと自体が実は相当なリスクになる。正社員は勿論だが、非正規ですら企業は慎重になる。実際、バイトもなかなか採用されない時代ですからね。求人自体が縮小の傾向を辿っていく。つまり、労働者を保護しようとすればするほど、彼らの仕事が世の中からなくなっていく可能性もある。彼らの生活を安定させようとすればするほど、むしろ不安定になりがちなんだ。労働者の生活の安定と経営者側の利益の安定は両立できないからだ。

 

随分話が逸れた気がするが、世の中から必要な仕事が今後どんどん消えていくはずで、どうしても一部の職業の人間は仕事を得づらくなっていくと思う。そんな世の中でも、彼らを支えていくのは企業なのか?それが正しいのか?というと、そうは思えない。企業っていうのは、基本的に挙げた利益は株主や消費者に還元し、次なる利益へとつなげていく主体だから、彼らがそもそも従業員の生活を考慮しないいけない理由はない。法律の範囲内であれば、基本的には働かせ方や給料は自由であり、解雇の問題も必要ない人材をただ給料だけ払って残しておくのが正しいとも思えない。正確にいうと、別に働かないで給料を貰う人間がいても良いのだが、それを企業が強制される。その負担を企業がするというのは、些か納得ができない。だから、彼らの生活を支えていくのは国じゃないだろうか?ホリエモンはそういう見地から語ったのか?はワカラナイが、国民の生活の安定に努めていくのは、やっぱり国だろうというのが1番しっくりくる。国民の生活を安定させるべきと国が考えているならば、誰かがやらないといけないわけだが、国がそれを率先してやろうとしている感じは見受けられない。生活保護の扶養義務の強化、費用の削減など、むしろ逆行している感じか。

 

 

VOICE新書 働かないって、ワクワクしない?

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