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自動運転の実用化で飲酒運転の事故は減るが、飲酒運転は増えるだろう

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最近、巷をにぎわせていますね。そう、自動運転の車ですよ。認知症の人が暴走する事故がよく報道されている中、自動運転を望む声も少ないですし、それを実用化に向けて試みている会社もあるなど、いつかは実現しそうですね。ただ、仮に自動運転が実現したら、いろいろな疑問があると思うんですよ。例えば、自動車免許は必要なのか?とか、飲酒運転をしても良いのか?とか、です。自動運転というのが、運転にかかわる全ての動作を機械が代行してくれるのか?というのがまず不明なのですが、仮にそうであったとしても免許は必要だろうし、飲酒運転は合法にならないと思います。というか、私は飲酒運転による事故は減ると思うけど、飲酒運転は増えそうな気がするのです。それは簡単ですよ。飲酒運転による事故が現実的に起きている今でさえ、飲酒をして運転する人がいる。それは当たり前かもしれないです。だって、飲酒すれば正常な判断がしづらくなるのだから。

 

飲酒運転が危険だと認知されている今ですら、そういう人は多いのだから、自動運転になれば、理論上は飲酒をしても事故が起きるリスクは少ないかもしれない。それは1つの安心とともに1つの油断を生む。事故が起きづらいという安心が生まれれば、間違いなく油断をする人が増えると思う。今だって油断をしている人が実際に飲酒運転をしているんだろうから、油断をする余地が増えるとなれば、どうせ事故なんか起きないだろうと思って飲酒をして、結果運転をする人が増えると思うのです。だから、飲酒運転の事故発生件数は減りそうな気がするが、飲酒運転自体は増えると思うのです。そして、それ以前の問題として、そもそも自動運転が実用化したら飲酒はOKになるのか?という疑問を持っている人が多いらしく、OKにすべきという声もあるが、間違いなく合法にはならないだろうと思う。じゃあ、飛行機にはすでに自動操縦という機能が備わっているわけですよね。じゃあ、パイロットがコックピットで飲酒して良いか?っていうと、どうなんでしょうか?良いと思いますか?さすがにそれは不安でしかないでしょう。

 

同じことが自動車にも言える。飲酒をすると、程度にもよるが、普段の思考回路と同じようにはいかないし、酔っ払って何をしでかすか?分からない。いくら自動運転が安全い走行しているとしても、それはドライバーが何らの影響も及ぼさない前提ですから、ドライバーが酔っ払って、どこか触ってしまったりして自動運転を妨害したり、解除したりしてしまったらどうなる?間違いなく事故が起きる。飛行機の場合も同じで、ロシアだったかな?以前、実際に自動操縦を意図しないでパイロットが解除してしまったことにより、手動操縦なのに自動操縦と思い込んでしまったことによる事故が起きている。つまり、いくら自動操縦自体が安全でも、人間がそれに何らかの影響を与えてしまうと、たちまち安全性は失われる。それが飲酒運転なんかをすると、余計に起こりやすくなるということです。だから、いくら自動運転になっても飲酒運転はおろか、居眠りなどもご法度になるんじゃないでしょうか?私は自動運転のプログラムの精度や機能性の問題については全然詳しくないが、無人の車でない限り、自動運転にしても究極の安全性が手に入るとはあまり思えないのです。結局、人間が直接ハンドルを握らなくても、常に見守っている姿勢は必要なんじゃないか?と思います。

 

あとは機械が誤作動しないとも限らないので、そういたときに結局人間の判断が必要になり、人間が機械の不備を補わないといけない事態が出てこないとも限らないので、自動運転が実現しても、快適なドライブが実現するか?は分かりませんね。さらにジレンマとして存在するのは、これもちょっと話題になりましたが、自動運転が制御不能になり、手動運転もできなければ、自動運転が誤作動をしている場合に、自動運転はドライバーを守るのか?それ以外の歩行者などを守るのか?という問題です。私はこれ正直意味が分からないんですよね。これは自動運転のプログラムを組む段階で、万が一の場合には歩行者などを犠牲にしてもドライバーを守るように車が進むようになっているのか?それとも多くの歩行者などを守るために運転手を犠牲にするように車が判断するのか?といった問題らしいんだが、そもそも自動運転が制御不能になっているのに、どちらを選ぶか?という事前に組んだプログラムが正常に機能するという前提がよく分からないのです。これはどういう都合の良い状態を想定しているのでしょうか?

 

制御できないってことは、プログラム自体が壊れてしまっていて、車がどう進むか?は運命に委ねるしかない状態じゃないのか?と思ったのと後はエンジンを停止させることはできないのか?ということです。自動運転を解除できないとしても、手動でエンジンを止めることくらいはせめてできないのか?と思います。このジレンマの元ネタであるトロッコ問題自体が、そもそも2択しか選べないという非現実的な問題なので、それを反映させた今回のジレンマも非現実的になってしまっているのでしょうか?どちらも助かる道をギリギリまで考えるという人が多い気がするが、それがとれないっていう前提なので、考えても無駄な気がする。結局、機械は完全には信用できないし、それを操るのも人間であり、同じく完全には信用できない。自動運転が実現しても交通事故がなくなるとは思えないし、安全な社会が実現するとも思えない。自動運転が実現したところで、そもそも自動運転をどれだけの人が利用するのか?という疑問もあります。字度運転が実現すれば自動車保険は意味がなくなるのか?という声もあったが、自動車保険の存在意義は失われないと思います。便利なものにすがればすがるほど、常に危険という代償は存在すると思うし、安心という言葉が存在すれば、そこに油断が生まれやすい。自動運転によって交通事故の全体の件数は減るかもしれないが、自動運転が実現していなければ起きてないような事故は増えるかもしれない。

 

 

 

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