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一般入試で入学する大学生は勉強しなくても良い口実が存在する

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大学受験って、多くの場合は一般入試ではいってくる人が多いわけですよね。それ以外の内部進学やAO、推薦入試もあるわけですが、一般入試について1ついえることと言えば、勉強さえ出来れば入れるという点が特徴的だと思います。つまり、面接などがないわけだから、志望動機とか、入りたい理由とか、入学後どんなことをしたいか?とかは問われないわけですよね。これが公募推薦や指定校推薦、AO入試なら多分問われると思うんですよ。でも、一般入試で入ってくる学生って、大学に入りたい理由それ自体が問われていないわけですよね。で、過去にも「文系の大学生は勉強しない、遊んでばかりな理由は簡単 - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事で書いたんですけど、文系の学生が何故勉強しないのか?という昨今の問題について、私は「勉強したくて入っているのではなく、大卒の肩書き、または〇〇大学卒というステータスを手に入れるために彼らは大学に入っている。だから、卒業さえ出来ればよくて、勉強はできればしたくないと思っているのではないか?」という推論を書いた。

 

これが全部の学生に当てはまっているとは言わないが、そういう学生は多いと思います。そんなことを言うと、そんな理由で大学に入ってくるとは不純だ!と声を荒げる人がいるんじゃないか?と思って、今回の記事になったわけです。つまり、大学に入る目的は、本来は勉強をするため。というのが建前になっていると思うし、大学側もそう考えているんじゃないか?と思うわけです。でも、一般入試で入学する学生は、そこを問わないで入学を許可しているわけだから、例えば大学のレポートや卒論をコピペする学生が以前問題になりましたけど、これって客観的な問題ってほとんどないわけですよ。著作権の問題も発生しないし、強いて挙げるならば、コピペじゃ勉強していることにならないだろう!という反論が一応はできるかと思います。確かにコピペで済ますレポートや卒論は、学生自身の学問への探求を深めるという意味では、あまり意味がある行為には見えない。ただ、それでも構わない!っていう学生が必ずいるはずですよ。

 

それが大学に勉強をしにきてはいない学生です。彼らは先ほど言ったように、大卒資格を手に入れるため、有名大学であればそこを卒業していることはさらにステータスになり、就職や結婚などでかなり有利になる可能性がある。それは紛れもない事実だと思います。だから、勉強なんかしたくないけど、そこにメリットを見出して、大学に入ろうとする学生が多くても不思議ではないわけです。で、実際にそういう目的で入った学生は勉強は元々したくないが、卒業をしないと意味がないので、できるだけ苦労しないで単位をとって卒業をしたいというのが本音でしょう。そうなれば、レポートなどを手間のかからないコピペで済ますのも頷ける。そして、すでに説明したように著作権の問題は生じないから、その点においての批判は厳しいと思う。後は本人にとって勉強になってないとか、そういう批判になるわけだが、本人が勉強する気がないので、それも本人にとって問題がない。あとは理解していないとか、そういう批判にもなるが、コピペで済ましている学生が理解していないか?というと、それも短絡的だと思う。コピペは文章に表すときの手段であって、理解っていうのは、ネット上にあるその文献をチョイスする段階の話だからです。

 

つまり、ネット上にある文章があって、その文章をとりあえず全部読んでみて、今回のレポートの課題の問いに対する答えになっているか?を見極める作業こそが、理解だと思う。そして、その文章が問いに対する答えになっていると判断した場合に、コピペをするか?自分の手で文章を打ちなおすのか?の2つの選択肢がとれるというだけの話なんです。だから、理解をしているか?否か?はコピペをするか?しないか?以前にすでに終了している。コピペをするか?しないか?は文章に表すときの手段であって、コピー機を使うか?手で写すか?の違いでしかないのだから、そこは手段として楽をしているか?していないか?の違いになるのです。だから、コピペのレポートを見たときに、一概に理解をしていないとは言えない。さらに言うと、コピペじゃないレポートにおいても理解をしているとは言えないケースもあります。参考文献くらいは誰でも見るので、そのうえでその内容を理解したか?どうかはコピペをしたか?していないか?では判断できないからです。参考文献を見て、内容を理解した。ここまでは一緒ですね。その後です。差が生まれるのは。つまり、参考文献をそのままそっくりコピペするのか?参考文献に書かれている文章を内容を変えずに、自分で再度文章を作りなおすのか?の違いなので、先ほど言ったように、コピペをしないというのも1つの手段に過ぎず、理解をいているか?いないか?の作業はすでにその前に終了している。コピペが理解してないのならば、自分で内容が変わらないように文章を書き直すのも理解しているとは言えないケースも存在するということになり、コピペじゃないレポートも同様の批判に晒されないとおかしい。

 

だから、論文形式の試験とかもそうだけど、教科書を丸暗記したようなものは理解しているとは違うわけじゃないですか?でも、そういう試験は実際にありますよ。教科書を丸暗記すれば合格点がとれるような試験は、レポートにコピペで対応しているのと変わらないわけだ。そして、コピペじゃないレポートも理解しているとは言いがたい。ならば、大学で課される試験のほとんどが、理解なんかしなくても単位がとれるものであって、多くは理解はしていないのではないか?と思います。卒業してから大学の授業内容をどこまで覚えているでしょうか?ほとんどは覚えていないんじゃないですかね?当時はちゃんと勉強していても、以降勉強を怠ると、簡単に忘れますからね。だから、大学の授業は、コピペする、しない関係なく、試験の形式の関係なく、真剣に理解しようとする学生を育む環境になっていないと思います。だから、大学側もそういう学生を受け入れてしまっている側面はあります。テストなんてものですけどね。でも、テストがそんなものである以上は、コピペのレポートとかを否定することがまた難しくなると思いますが。

 

一般入試で入学してきた学生の方が真面目に勉強するんじゃ?と思うかもしれませんが、あまり関係ない気がします。一般入試だろうが、推薦入試だろうが、内部進学だろうが、ほとんどの学生は勉強なんかしたくがないが、大卒の資格をとるために大学に通っている側面があると思いますよ。それが大学に通う理由の全てとは言いませんが。何がいけないか?っていうと、学歴を基準に人を評価する社会が存在していることではないでしょうか?これがある限りは、学歴を手に入れるメリットは常に存在するし、それを理由に大学に通う学生を非難はしづらいですよ。大学に行かない学生は、相対的に人生が不利になりがちなので、それを強いるのは難しい。本当に勉強したい人だけが大学に入ることが合理的と思えるような社会が実現しない間は、そういう不純にも見える学生が多く生まれてしまうのもしょうがないように思うのです。

 

 

なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?
 

 

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