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社会不適合者になろうよ!ミニマリスト的な普通から外れる生き方が多くを救う

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社会不適合者から抜け出したいと思っている人が多いのかもしれないが、私は全く違う。むしろ社会に適合したくない。というか、社会に適合しようとしたら負けだと思っている。それは社会に適合することの辛さを実感しているから。社会に適合にするっていうのはどういうことか?っていうと、世間に当たり前とされている生き方をするということです。社会不適合者は甘えとか言う人もいるけど、社会に適合するハードルが個人的には物凄く高く感じる。当たり前の生き方っていうのが、もはや何なのか?も分からないが、サラリーマンになって働いて生きるということが、とりあえずそれに当てはまるとして、みんなそれを目指しているわけだが、お気づきの通り、サラリーマンになるのも大変だし、サラリーマンになってから、その生き方を守るのもまた大変なわけだ。そういう光景を見て、社会に適合しようとする人が多いんだろうが、彼らは物凄く大変な辛い人生を送っているように見えてしまう。

 

それは何がそうさせるのか?っていうと、社会に適合しないといけないと思っているから。社会不適合者になるのは甘えだと、おかしいんだと思い込んでいるから。当たり前の生き方、みんなと同じように生きないといけない。のけ者にされるという恐怖心から、辛い労働であっても我慢して働くし、辛い労働しか待ってないと分かっていても、みんな正社員になろうとするし、負け組の烙印を押されたくないから、必死で婚活をして相手を探そうとしたりする。やっぱり社会からはみ出したくないのか?少数派になりたくないのか?社会不適合者になりたくないのか?普通じゃないといけないと思っているのか?非常に日本人らしい発想といえるかもしれない。私みたいな人間は、そもそも社会に適合しようとしない方が、そういう意識を持たないほうが幸せなんじゃ?と思っているくらいだから、最初から適応する気はさらさらない。近年話題になっているミニマリストも、これも客観的に見たら社会不適合者と言えるかもしれないが、はっきり言ってこっちの生き方の方が良いと思ってしまう。早期リタイアをして、仕事を辞めてのんびり暮らす人とかもそうだが、明らかに社会の中で当たり前とされている生き方をしない人が増えた。それはニートやSNEPなどが増えてきたことも同様かもしれない。

 

普通を目指すことがどれだけ辛いか?大変か?面倒くさいか?そして、それを手に入れたときに、それを守り通す方がまた大変だったりする。下手すりゃ、その普通を守るために死ぬ人がいるわけだから。だったら、最初から望まない方が良い。自分にとっての普通は世間にとっての普通ではなく、別の世界なんだと割り切ったほうが生きやすいと思えてくる。ミニマリストみたいな生き方に憧れる理由は、結局そこなわけですよ。つまり、そういう発想になったもん勝ちなところです。私もサラリーマンとか、公務員みたいな生き方が良いな。と思えてしまう部分も多少はある。ただ、その生き方をするには、物凄い犠牲が支払われなければならない。だから、そういう生き方を選べても安易に選びづらい感覚が自分の中にあるのです。サラリーマンや公務員に憧れる理由があるとすれば、やっぱり社会的に承認されている生き方だから。つまり、それが当たり前だから。自分も当たり前を目指してしまっている部分があるわけで、できればそういう発想を全て切り捨てたいと思っています。そして、最初からそういう当たり前を求めない。あえて生き方のハードルを下げることで、それが自分にとって当たり前になり、そのハードルの低い当たり前で満足できる自分を作りたいというのが、最近の思いですね。

 

正直言って、サラリーマンで年収500万円の人の生き方と年収200万円くらいのミニマリストの人の生き方の心の満足度は変わらないか?むしろ、後者の方が高いんじゃ?と思えてきます。そりゃ、お互い好きでその生活を選んでいるというのもあれば、長くその生活を続ければ、それに慣れているから、それが自分にとって普通になるから。500万円ないと満足できない人より、200万円で満足できる人の方が、圧倒的に得だと言えると思います。500万円の年収を手にすることと比べて、200万円の方が圧倒的に手間がかからない。500万円を稼ぐには仕事に相当程度時間や労力を費やさないといけないが、200万円ならそこまでも必要ないかもしれない。それぞれの年収に対する心の満足度がほぼ同じならば、そこからマイナスされるその年収を稼ぐための負担度合いが少ない方が、トータルでの満足度も高いんじゃ?と思えてくるのです。私みたいな人間は、月に250時間くらい働いて月収50万円とかよりも、月100時間で10万円の方が良いと思えてきますからね。10万円あれば、私は十分満足した生活を送ることができる。私の今の生活でかかっているお金って、せいぜい月に数万円なので、10万もあれば貯金もできる。ほとんどお金使わない、モノを買わない、欲しいものがない、お金がかからない趣味で十分楽しめる、今の若者を象徴するような生活を送っているように見えるが、これで特に不満はない。逆に本当にそういう生活に、生き方に、ある意味社会不適合者とも思えるような生活スタイルを何とも思わないならば、絶対にこっちの方が幸せだと私は思っている。

 

犠牲にするものがあまり少ないから。少ない収入でもそれが自分にとっての普通だと感じられれば、金持ちの人と心の満足度合いは変わらない。年収1000万円稼ぐ人は、その生活水準が自分にとって普通になってしまう。それと同様に月収10万円の人でも、それが普通に感じられれば、結局年収1000万円の人と同じだけの満足度は得られるはずです。そして、10万円の方がやっぱり辛い部分が少ない。世間の価値観を完全に振り払えてしまえば、後は物理的な負担のみが辛い要素となる。その精神的、肉体的な負担、疲労度が少ない方が良いと思っているからこそ、世間ではあまり受け入れられていないミニマリストとかの生き方も私は十分理解できるわけですよ。実際、当たり前の生き方さえ望まなければ、それを目指そうとしなければ、就活自殺とか、過労死とか、鬱とかも相当程度減っていると思いますよ。彼らがどうしてそういう状態に陥るか?というと、自分が社会の中の当たり前から零れるのを恐れているからでしょう。だから、彼らを救えるのはこういう価値観だと思うんですよ。

 

 

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