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非正規と正社員の格差、差別は不当?同一労働同一賃金はデメリット、問題点が大きい

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同一労働同一賃金」という原則がわが国でも目指されているというか、実現の方向へ議論がされているようだが、事実上これは厳しいといわざるを得ないと思う。そもそも非正規と正社員の不当な差別の改善を目的として、この同一賃金同一労働は提唱されているわけだが、これは本当に不当な差別なのか?というのがまず問題としてある。そもそも、この同じ労働ならば、同じ給料を支払うべきだという意見からきていると思うのだが、じゃあ給料の決まり方はそもそも労働内容に依存しているのか?というと、実は違うということです。つまり、労働の内容を基準にして給料が決まるならば、非正規だろうが、正社員だろうが、同じ労働は同じ賃金というのはしっくりくる気がしますが、実はそうじゃないということが、「「同一労働・同一賃金」という夢と華と錯覚 : アゴラ - ライブドアブログ」の記事でも指摘されているわけですね。

 

>まず、正社員は期間の定めのない雇用契約である。そして、役割、ポスト、年功に対して賃金が支払われている点である。期間の定めのない雇用契約だから、長くお勤めをしていればリターンを得られるという考えが前提として存在する。

一方、非正社員には期間が定められている。そして、職務(受け持った仕事)に対して賃金が支払われる。レジ打ちであれば主婦も学生も同じ時給である。定めた期間のなかで働いた分の賃金を支払うという仕組みだ(あくまでもケースとしてレジ打ちという表現を使用した)。

そもそも意味合いがまったく異なるから、この2つの基準を同一化することには無理がある。正社員で年収600万円の課長がいたとしよう。しかし受け持った仕事に対して賃金が支払われているわけではない。

つまり、「同一労働・同一賃金」の議論は、職能給における、役割、ポスト、年功に関連する部分を廃止しなければ成立しないのである。しかし、これらを廃止することは難しい。また、一方で年功部分を廃止して解雇規制緩和の議論が熱を帯びているが、その解釈は少々乱暴ともいえる。

 

この意見を参考にすると、正社員と非正規の人の給料発生の基準が違うことが分かる。つまり、アルバイトやパート、派遣などは職務に対して給料が支払われているわけだから、言ってしまえば、非正規は労働の内容で給料が決まっていると言えるかもしれません。一方、正社員は長年勤めてきた信頼や経験などの部分も加味しているため、給料の金額が決まるときの基準が違うというのはあるのでしょう。そうなれば、この状況で同一労働同一賃金を実現するには、その部分にかかわる給料の基準を廃止するしかないということになるのでしょう。そうなると、それって正社員を非正規に合わせるということになってしまい、非正規労働者の待遇は改善しない。つまり、結果的に同一労働同一賃金を達成しても、そのメリットがほとんどないのです。差がなくなるだけですから。いやいや、非正規社員にも正社員と同様の給料の査定方法にしたらどうなのか?という意見もあるだろうけど、それは結局厳しいわけですよ。それって、結局非正規社員の給料を正社員と動揺に支払うということになるわけだから、企業にとってのコストの負担があまりにも大きすぎる。

 

もっと言ってしまうと、そもそも何で非正規っていう働き方が存在しているか?というと、正社員と差があるから。だと思うのです。つまり、人員を増やして多くの仕事をやってもらいたいが、これ以上新たに正社員を雇う余裕はないっていうような企業が雇うのが非正規なわけで、非正規労働者は正社員よりも待遇が劣っているからこそ雇われている。企業からしてみれば、正社員よりも少ないコストで済むし、リスクも少ないからこそ雇っているという側面もある。そうなると、非正規労働者の賃金を正社員並に合わせたらどうなるか?多くの非正規社員は契約期間終了とともに、ほぼ全員が解雇され、新たに雇われることもない。そういう状況が発生するかもしれないのです。企業が正社員と比べて差があるからこそ雇っているならば、差がなくなった時点で雇わなくなる。自然な流れだとそうなってしまう可能性もあります。だから、今度は従来の非正規の仕事すらなくなってしまうという事態も起こるかもしれません。最低賃金を上げろみたいな運動も結局一緒だと思うんですよね。差がある部分の差をなくしたら、企業にとって彼らを雇うメリットがなくなるわけだから、雇わなくなってしまうのです。

 

だからこそ、非正規と正社員の差をなくすならば、正社員を非正規側に合わせるしかない。これは竹中平蔵氏もテレビ番組で言っていて、非難が集中したみたいだが、現実的には総だと思いますよ。非正規を正社員に合わせてほしいというのが、多くの方の願いだろうが、企業の都合からすると、それは1番可能性としてありえない部分じゃないか?と思います。それを実現しようとするならば、トータルでの雇用数を減らして、現存する労働者1人あたりの仕事量が増す。起きるのはこれじゃないですか?企業としては、できるだけコストをかけたくないので、非正規労働者の給料を正社員並に上げないといけないならば、その上がった分のコストを減らそうとする。それが労働者の総数の削減です。でも、労働者が減ると、こなせる仕事量が減るから、会社の利益も減りますね。それは会社も困る。そうなると、会社はどうするか?残った労働者1人あたりの労働量を増やして、労働者数を減らす前の労働量を維持しようとする。つまり、あのお店のワンオペみたいな状況が発生するのではないでしょうか?1人あたりの労働者の仕事量が増えて、疲弊すると。残った労働者も、減らすために解雇される人たちもどちらも苦しむ結果にしかならないってことなんですね。同一賃金同一労働をはデメリット部分が大きいので実現しない方が良いのでは?と思えるのですよ。

 

同一労働同一賃金のメリットとしては、なかなか存在しないのではないか?と思います。現実的には、企業が頑張って非正規労働者を正社員と同じ給料にする。つまり、引き上げるというのであれば、それは大きなメリットだが、それを実現した結果、すでに説明したようなデメリットがあるならば、結局デメリットがメリットを上回りそうな気がするのです。非正規社員と正社員のような差別、格差を残しておくことは、私自身は問題だと思います。それは私が資本主義社会を嫌っているのも理由の1つではあるが、結局憎悪を生むからです。だから、収入の格差とかも同様で、格差があること自体は多少はしょうがないとしても、格差の底辺部分の底上げは絶対に必要だと思います。年収500万円と1億円の格差はまだ良いとしても、年収100万円と1億円の格差は問題だと思う。この場合、格差が問題というか、貧困が問題なのです。1億との差が問題ではなく、年収100万円が問題なのです。その底辺の底上げをするには、同一労働同一賃金では厳しいと思います。この同一労働同一賃金には賛成が反対を大きく上回っているようだけど、私は貧しい人を救う術としては機能しないと思います。

 

私は何度も言うが、ベーシックインカムしかないと思っている。先ほど挙げた竹中平蔵氏も確かベーシックインカムには賛成だったとホリエモンが言っていた記憶があるが。私は企業を通じて、国民の生活水準や収入を上げるというのが、そもそも無理があると思います。企業は労働者の生活よりも、経営の方が大事だし、株主の方が大事だから。だから、当然労働者の優先順位は低い。また、企業に国民の生活保障をしないといけない責務があるか?というと、それを説明するのが難しいと思う。一方、ベーシックインカムは国が実現するものだから、責務という点においては、国が国民の生活保障をすべきという主張は、企業と比べたら容易なはずです。また、国民のために様々な政策を実施してきた実績のある国の方が、現実的に国民の生活保障を担保する案を実行する期待がまだ高いと思う。非正規と正社員の差別や格差は今後も残り続ける可能性はあるが、正社員の数はどんどん縮小傾向にあるので、そのうち非正規が会社の中で大半を占めるため、不当な差別とか言われなくなる可能性もあります。しかし、それは生活が苦しくなる国民が増えるということを意味しているので、結局収入が減り、生活に困る人たちを救う案は絶対に必要になります。非正規と正社員の格差が問題というよりは、非正規の待遇改善自体が問題なので、ベーシックインカムを導入しても依然として格差は残るでしょうけど、貧困自体が大分解消されれば、私はそれで良いと思います。同一労働同一賃金は現在のところ、現実的な案ではないと私は思います。

 

 

働かざるもの、飢えるべからず。

働かざるもの、飢えるべからず。

 

 

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