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先進国に生きる人間のうちの一部は、発展途上国の方が生きやすいかもね

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発展途上国と先進国はどちらが幸せでしょうか?このブログを見ている人の多くは先進国で生きていると思うが、先進国は先進国で生きるのが大変だなと感じています。先進国も発展途上国も違った形で生きる大変さを具現化していると思う。先進国で生きてきた私としては、生きるときの精神的ハードルが高くなるのが1番辛いと思う。分かりやすく言えば、「普通」の定義がとても高く感じられるという話です。ニートとして活動しているブロガーのphaさんが、著書「持たない幸福論」で語っていたらしいのだが、この国の普通のレベルがあまりに高すぎる。いろいろな角度からの普通を常に達成していないと、余所者扱い、のけ者扱いされるという。確かにね、年収400万円くらいないと普通じゃないとか、働いていないと普通じゃないとか、結婚していないと普通じゃないと、結婚して子供がいないと普通じゃないとか、いろいろな普通の基準に常に縛られていて、それらを1つでも達成しようと苦しんでいるのが日本人なのじゃないか?と。

 

でも、普通に考えたらいくつもの普通を兼ね備えている人間はそもそも「普通」なのか?という疑問も生じる。先進国自体が、普通のハードルが高いというのも言えるが、日本はその普通を求めないといけない精神的な切迫感がとても強い、強く求めないといけないような雰囲気に感じられる。それは発展途上国と比べて、とりあえず生きるのには困らない国というのは言えるかもしれない。実際、仕事をしないで生きられているニートの人たちはたくさんいるわけだから。発展途上国ならばありえないわけ。でも、日本においては、ただ生きられているだけというのは、普通のレベルではないわけですよ。ニートは世間から普通の扱いをしてもらえない。つまり、ただ生きているだけでは、社会の中の相当下のレベルだという認識を与えられてしまうのです。でも、発展途上国ならばどうでしょうか?もちろんニートでは生きられないでしょうし、働こうとしても仕事にありつけるか?分からない。つまり、日常的に生きるか?死ぬか?の瀬戸際という人も少なくないかもしれない。ということは、生きているだけで普通のレベルには達しているということ。

 

日本で普通とされている生き方は正社員で、年収400万円以上で、とかそういったものになってしまうが、発展途上国だと生きているだけで普通として認定されるような状況も中にはあるのではないでしょうか?言ってしまえば、日本よりも物凄い普通のハードルが低い。というか、そこまで普通のレベルを下げないと、多くが普通から逸脱してしまい、「普通」の概念から逸れるから。ということもあるかもしれない。実際、発展途上国の人たちは大変な思いをしているだろうが、それは先進国も同じなんですよね。大変な思いの種類が違うだけで、精神的な負担はどちらもあまり変わらないと思う。お互いの国で、それぞれの普通に達することができない苦しみは間違いなくあると思う。phaさんみたいに、普通から外れることを何にも思わない人間は、むしろ先進国で生きたほうが幸せかもしれない。でも、世の中の多くの人間はなかなかそうは思えないのです。世の中の多くの人間と自分を比べてしまう。そのときに決して環境が明らかに違う人間とは比べないわけだ。同じ日本国民同士で比べたり、年収を比べるときも、同じ性別同士で、同じ雇用形態同士で比べたりするものじゃないだろうか?広く世界を見渡せば、自分たちより下の人間はいっぱいいるはずなんだが、そういう明らかに違う境遇の人たちに勝っていても全然満足なんかできないわけでしょう。

 

逆にいうと、年収を比べるときでも、億越えの人とかは住む世界が違うと思って、最初から比較対象なんかにはしない。あくまでも自分たちにレベル近い人たち、自分が年収数百万円のカテゴリーならば、せいぜい1000万円程度の人たちまでが比較対象になると思う。そうやって、身近な人たちと比べて自分は劣った存在なのか?優れた存在なのか?再認識する行動をとっている人が多いのではないでしょうか?だから、今、日本でニートをしていて悩んでいる人がいたとしても、彼らは発展途上国に行けば、普通のレベルになってもおかしくないと思う。発展途上国ではニートをしたまま生きていくのは困難かもしれないが、生きていくのが困難かもしれないという状態は他の国民も変わらない。つまり、ニートをしていようが、働く意欲があろうが、みんな同じ普通のレベルになってしまうことがありえるのです。日本ではニートは普通じゃない。劣った存在みたいな風潮があるが、それが別の国に行けばそうじゃなくなる可能性があるのです。発展途上国の人間は先進国を羨ましいと思うかもしれないが、逆もありえると思いますよ。先進国に生きる人間も発展途上国なら、こんな惨めな思いをしないで済んだのに。と感じている人もいる気がします。

 

大人になって生きることの大変さを実感した人が子供の頃に戻りたいと願うようなことに近いかもしれない。子供は求められるもののレベルが、大人と比べて間違いなく低い。大人なら何でこんなコトもできないんだ!?と怒られるようなことでも、子供なら仕方ないと言ってもらえるようなことは多々あると思うが、大人と子供の普通のレベルが違うというのも、実は同じような関係性にあると思う。日本は発展途上国と比べたら、間違いなく生きるだけなら楽だろうし、便利かもしれないが、物理的な面と精神的な面はまた違うということでしょう。先進国であるから求められる普通のレベルがとても高い。そういう国で生きていると、ふとしたときに発展途上国のような環境が逆に羨ましく感じられる人がいると思います。私もそういうときありますからね。そして、発展途上国の生活に慣れると、今度は先進国を羨ましいと思うのかもしれない。結局、どっちを選んでも、生き辛い人間は生き辛いのでしょうか。

 

 

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