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【賛成?反対?】体罰は愛情や愛のムチで必要か?禁止か?犯罪にあたる可能性も高いが

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学校での体罰というのは、賛成の意見とと反対の意見が多くいるようで、人によって結構考え方が違うようです。体罰という言い方は非常に曖昧で、ほとんどが暴行や傷害に該当するものな気がするが、中にはそこまでいかないケースもあると思います。体罰が暴行や傷害に至るか?いなかは結局最終的には裁判所が判断するしかない。だから、暴行に見えても実は、体罰じゃないと判断されるケースもあるという意味では、単なる暴力を何でもかんでも体罰だ!と声高に叫ぶのもよくないのかもしれない。教師が体罰を奮う場合、結局何かしらの理由があるはず。それはその教師にとって、望ましくないだろうという部分が生徒にあって、それを直そうとしたが、言葉では説得できない場合、体罰が行われる。そもそも大前提として、その望ましくない部分を直そうとするのが本当に良いことなのか?という問題がありますね。例えば、髪の毛を染めている生徒がいて、おい黒に戻して来い!と言ったが、聞かないので暴力をふるった。というケースでは、そもそも髪の毛を染めているのは悪いことなのか?暴力をふるうようなことなのか?という問題があります。

 

たいていの学校は髪の毛を染めるのを禁止している。だから、髪の毛を染めている生徒を咎める教師がいても不自然に感じる場面は少ないかもしれないが、そもそも学校が髪の毛を染めるのを禁止しないといけない理由は何なんだろうか?義務教育以下の学校でももちろん行われているが、理由としては周囲からの学校の評判の問題、体面の問題もあれば、イメージとしてよくないから。というのが大きな理由だと思う。これって結構、学校の都合ですよね。というか、言ってしまえば偏見にも近い。学校のルールは法律の範囲内で学校が決めても良いというのがとりあえずのところで、髪の毛を染めるのを禁止にして良い校則が果たして、法律の範囲内なのか?というのは分からないが、仮にそうだったとしても、教育者が偏見を助長するんだ?という疑念は残る。髪の毛を染めている生徒がいても、それ自体で何か問題が発生するわけじゃない。生徒が他の生徒に対して、見た目を理由に何かしら非難をしたら、否定をしたら、それは何て言われるか?恐らく「いじめ」と言われる。しかし、学校が生徒の見た目を否定しても、それは「教育」と言われる。すごい腑に落ちないですね。

 

髪の毛を染める生徒がいると、具体的なこういう問題が起きるんだ!だから、禁止なんだ。という流れは教育にも見えなくはないが、現状具体的な問題は発生しないだろう。実体の見えない、想像における問題が起きるんじゃないか?と勝手に危惧している面があるだけなんだ。つまり、話は戻るが、体罰を正当化するときに、言って分からない奴は殴らないといけないとか、体罰は愛情、愛のムチとか言っている人もいるが、そもそも言って分からない奴の、その言動はそもそも矯正しないといけないものなのか?そこから問い直すべきだと思うのですが。本当に体罰をやるほど矯正しないといけない問題を抱えた生徒って、どれだけいるんですかね?本当にそんなにいるんですかね?その生徒を放っておいて、何か問題が起きるケースはどれだけあるのか?そこまで真に考えて生徒を指導している、学校としてのルールを作っているところはそうはない気がするのですが。現実問題としては、髪の毛を染める生徒を禁止する校則に反対する人は少ない。それは10代の子が髪の毛を染めることを好ましく思っていない人間が多いからだ。単なる多数決の原理で、彼らはそういった自由を奪われることを正当化される。単なる多数者の好みでね。

 

そして、髪の毛が染める生徒がいても、それが直接何かの問題を引き起こすわけではないし、それは他人の見た目を否定するものであるにもかかわらず、世間の認識では「教育」だと扱われ、全くもって問題行為であるという認識はない。体罰も同じような感覚として捉えている人がいるのではないか?と思う。体罰は大半のものは違法行為として、処罰対象になりうる。体罰を受けた生徒が訴えないから、それが表面化しないだけで、犯罪に該当する体罰はこれまで相当程度あったように思う。でも、体罰も髪の毛を染める生徒を禁止する校則のように、教育の一環だからという免罪符を機能させて、これまで浸透してきた経緯もあると思います。今でこそ、体罰はよくないとか、反対だという声も根強くなってきたが、昔はもっと普通に行われていたんでしょうね。犯罪だからという理由だけでも、体罰が許されないという根拠としては十分な気もするが、現実的には体罰と言われている中にも、犯罪に該当しないものも含まれているだろうから、一概に体罰と言われているもの全てを否定することも難しい。私の感覚では昔のような体罰が当たり前という時代は酷く恐ろしい、昔は平気で警察官ですら暴力をふるっていたみたいだが。自白こそが最大の証拠とされていた時代に。

 

体罰が当たり前になるというのは、本当に恐ろしいし、学校が恐ろしい。体罰は愛情のこもっているものならOKという人もいるし、体罰は必要だという人も今でもいるが、やはり大半が犯罪に該当してしまうことを踏まえると、どうしても正当化するのは難しいと思うが。体罰の必要性以前に、生徒を指導する必要性についても是非考えてもらいたいところだが、私としては必要のない校則もなんとかしてほしいと思うし、もちろん体罰にも反対です以前、作家の村上龍さんが体罰について、愛情とか、愛のムチを理由に正当化する教師を無茶苦茶叩いていたが、暴力をふるうっていうのは、最終的には理屈ではまともな説明ができないから、匙を投げたような状態に等しいと思う。相手が理解できなくて、そっちの方が悪い場合もあるかもしれないが、問題の生徒が学校のルールなどに違反している場合には、話し合いによって解決を目指す。それがダメなら警察に突き出す。警察に突き出してもどうせとりあってくれないような性質のものは、犯罪行為ではないという意味で、生徒側に客観的な落ち度はないということだ。その学校のルールの方がおかしいという判断ができるケースが中にはあると思います。同じようなことを何度も言っている気がするが、体罰は必要か?不要か?かぎらず、犯罪に該当しかねない危険な行為だという認識を教師が、学校が、世間がもっと持って欲しいと思います。

 

 

 

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