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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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選挙で当たり前に起きる一票の格差は何が悪い?何が問題?問題ないという可能性も

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もうすぐ2016年の参議院選挙ですか。今年は衆議院参議院のW選挙なんて言われていますが、本当にそうなるんですかね?季節的に、オリンピックの開催時期と重なるので、投票率も気になるところですが、選挙になると毎回話題になるのが「一票の格差」です。これって、なんとなく意味は分かると思うのですが、一票の格差の何が問題なのか?分からない人も多いでしょう。ちなみに、私も分かりません。私の場合には知らないから分からないわけじゃなく、知っていても分からないのです。つまり、一票の格差とは何か?というのはちゃんと調べて知っているが、結局それが何が問題なのか?理解ができないのです。一票の格差というのは、よくある説明では、1人の候補者が当選するのに必要な票の数が違うということです。それは地域によって人口が違うので、選挙区が異なると、それぞれの有権者数が違うので、それによって当選に必要な票数が違うというものです。つまり、1選挙区ではA氏は1000票で当選、2選挙区ではB氏は2000票で当選をしたとします。1選挙区と2選挙区では当選するための票数が2倍違う。これが1つ問題だとしているのが、一票の格差になります。

 

つまり、1選挙区で落選した候補者のうち、2番目の人が1000票以上獲得していた場合、その人は2選挙区に出馬していたら、当選していたかもしれない。というのが一票の格差における問題ということらしいのですが、これって何が問題なんでしょう?皆さんは理解できるでしょうか?私は理解力がないのかもしれませんが、全く理解できません。つまり、当選に必要なハードルがそれぞれの選挙区で違うというのが問題と言いたいのでしょうけど、ハードルが違うと何が問題なんでしょうか?例えば、受験生Aは偏差値70付近の大学しか受けなかった。その結果全部落ちた!しかし、受験生Bは偏差値60付近の大学を受けて受かった!このとき、受験生Aの偏差値は65程度あり、偏差値70の大学は厳しいが、60の大学を受けていれば受かった可能性が高い!これが先ほどの例に近くなると思いますが、受験生Aのような存在が生まれてしまうことは問題ですか?問題じゃないですよね。それは受験生Aの受験先の決め方の問題だからです。

 

選挙においても、少なくとも立候補する候補者は選挙区を選べるわけだから、どこがハードルが高いか?低いか?分かるはずでですよね。だから、それを踏まえたうえで立候補しているわけだから、格差があると分かっている中で立候補しているならば、当然先ほどの受験生Aのように偏差値60の大学を1個受けていれば受かった可能性が高いのに、そこを受けずに偏差値70の大学に特攻しても、それは本人の自由です。選挙の場合においても、隣の選挙区はかなり少ない得票数で当選できるが、こちらはその2倍くらいいるかもしれない。でも、オレは2倍必要かもしれないこっちから出る!というのは、その人の自由なので、得票数に格差があっても問題とはあまり思えないのですが。というか、そもそもこれって得票数で比べても意味あるんですか?大切なのは割合じゃないのか?と思うのですが。だって、有権者が多い選挙区、少ない選挙区だけで、当選に必要な得票数が決まるわけじゃないですよね。自分以外の候補者のレベルとかによって、票が特定の誰かに集中したり、割れたりするわけじゃないですか?得票数と有権者の数に相関関係はないとは言わないけど、別の要素も入ってくるので、選挙区ごとの有権者の数が、得票数を比例的に上下させるとも限らないと思うのです。

 

そして、割合が大切と言いましたけど、1万人有権者がいる選挙区と1000人しかいない選挙区では、当選に必要な得票数に格差が生まれる可能性が高い。しかし、それは有権者数が違えば当然に起きることを言ったに過ぎないと思っていて、割合が同じ場合だってあるわけじゃないですか?お互い5割の人が支持した候補者が当選した場合、前者は5000票、後者は500票で当選です。ここに格差はあります。しかし、そこに住んでいる人のうち、どちらも5割が支持したという事実は変わらないわけです。得票数で比べるよりは割合で比べた方が中身が分かりやすい気がするんですけど、この場合の一票の格差に問題点はあるのでしょうか?私は分かりません。また、別の角度から一票の格差の問題を指摘している人もいます。「一票の格差!?意味と問題点についてわかりやすくまとめてみました。 | Actionなう!」のページに載っているのですが、それが以下です。

 

>では、一票に格差があると何が問題なのでしょうか?

わかりやすく学校のクラブ活動にたとえてみます。

ある学校にバスケットボール部とバレーボール部があるとします。

バスケ部は男女共同で1つしかなく、全体で100人います。

バレー部は男女2つのクラブがあり、1つのクラブ10人なので全体で20人です。

今回、体育祭の時の体育館の使用について問題になりました。

バレーボールをしたいという意見とバスケをしたいという意見と間で、クラブ同士の意見の対立があったからです。

そこで、この学校ではクラブごとに代表者を出して議論することにしました。

バスケ部からは、1人が代表として出席します。

一方で、バレーボール部からは男女それぞれ1人ずつで、計2名が代表として出席します。

そこでも話合いがまとまらなかったため、多数決を取ることになりました。

すると、バスケ部は1人、バレーボール部は2人なので、体育館ではバレーボールをすることに決定しました。

しかし、よく考えてみてください。

バスケををしたいと思っているは100人、バレーボールをしたいと思っているは20人、トータルで考えれば圧倒的にバスケをしたい人の方が多いのです。

それでも、結果はバレーボールをすることになりました。

このように、代表者を選んだことによって、全体の意思と結果的に選ばれた意思とが全く違ったものになってしまうことが問題なのです。

これは正直言って、選挙の状況とはちょっと違う気がします。要するに、100人いるバスケ部と20人しかいないバレーボール部では、支持者数が5倍違うと。つまり、それぞれから仮に1人を代表として選出し、その1人が生徒会などに出席してそれぞれの部の意見を言うというときに、バスケ部が100人支持者数がいるのに、20人しかいないバレーボール部に有利な取り決めがされた。その結果、100人の利益は失われ、代わりに20人の利益が代表されてしまった。今回の例であるような体育館の使用に関しては、それぞれの部内で意見が分かれるってことは考えづらいです。したがって、お互いの部は、部員全員が自分たちが有利に体育館を使えるように主張をするはず。そうなれば、100対20という構図が出来上がっています。しかし、選挙の場合はどうでしょうか、100人の有権者がいる選挙区と20人の有権者がいる選挙区でそれぞれ満票を得て当選した候補者が国会議員となり、国会で話し合いに参加します。それぞれ100人と20人の利益を背負っているわけです。そこで、日本の原発の廃止に関する法律を制定することになり、もちろんこの国会議員も多数決に参加します。しかし、この場合、それぞれの候補者が当選した選挙区の有権者は、全員がその法律制定に対して賛成、反対が一致しますか?しないですよね。普通に考えたら。

 

このそれぞれの候補者が原発に関する是非に対して、自分の主張を示した上で当選した可能性もあるが、普通は争点は1個じゃないし、原発以外にも消費税の問題や福祉の問題や教育の問題とか、いろいろな争点を示して選挙を行うので、原発賛成と言っている候補者に対して、原発反対の有権者が、他の争点の主張に賛同して投票するケースは多々あります。また、そもそも国会で法律制定等の争点になる問題が、全て選挙の時点で争点として示されるわけじゃない。候補者が争点にしていなかった話題が数多く国会の中では議論されていますから、ある争点に対して、その議論に参加する議員が当選を果たした選挙区の有権者の意見が、全員一致するなんてことはまずありえない。つまり、このケースでは一票の格差があっても、例にあるような100人の有権者の利益よりも20人の有権者の利益が優先されているとは限らないし、そんなものは調べようがないということです。実際、最高裁判所の判決などによると、一票の格差は問題点として認識されているようですし、世論としても一票の格差は早く是正すべき、なぜ是正しない?という声も多くあるようですが、そもそも一票の格差が何が悪い?そこが分からない、理解できない人間は多いと思うのです。

 

一票の格差を放置すると、先ほど言ったように、多数の利益ではなく、少数の利益が優先されるようなことが起きるということもありますが、それがダメですか?実際、そういうことってありますよね。世の中のマイノリティへの配慮は完全無視ですか?そんなことはないでしょう。例えば、生活保護制度って、メリットがあるのは現実的には一部の人間だし、国民全体で賛成、反対をとったら、反対が多数を占める可能性も十分あると思います。でも、現実的には実施されている。多数派からしてみれば税金だけ取られて、自分たちは何のメリットもない。メリットがあるのは受給している少数派になるが、これは現実的に多数派よりも少数派の利益が優先されている結果ですよね。それが現実的に起きているならば、そういう事態があったって良いことであり、それを招く恐れがある一票の格差はやはり何が問題なのか?となってしまうのです。一票の格差は何が悪いのか?私はいろいろな説明を見ましたが、どれもやっぱり腑に落ちません。別に一票の格差が存在することでメリットがあるとも言い難いので、別に是正することは反対ではないですけど、みんな問題!問題!と声高に叫ばれている状況が、よく分からないのです。でも、一票の格差はなくすのは不可能ですよ。是正はできるけど限界があるし、ある程度の一票の格差は当たり前にも近いと思うのです。選挙区を決めて、それぞれから当選する議員を決めるならば、避けられないでしょう。一票の格差の解決策はなかなか存在しないと思います。ある程度のところで許容しないといけない。その基準はじっさいにあるようだから、後はその範囲に収めるように努力するしかないが、それもまた難しいと思います。

 

 

 

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