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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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ネット私刑や晒し行為の集団リンチは犯罪だが日本人の6割が支持する事実

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私刑」って言葉がありますね。法的手続きによらず、独自に判断して特定の人間に制裁を課すような場合に使われます。いろいろなところで起こりうる現象ですが、1番代表的なのは、ネット上に特定の人間(事件の犯人と思われる)の個人情報を晒すことです。こういう行為に関しては、もはや止めようがないという現実もあるが、それをやらない人間の方が多いわけだけど、それを支持する人間が多いわけですよ。1番しっくりこないのはここなんですよ。ネットに晒す行為を集団リンチだと非難する声もあるが、特定の事件における犯人に関する名前や画像をネットに晒す行為は多くの場合犯罪に該当する可能性が高い被害とされていますが、にもかかわらず、そういう行為を6割は支持しているというテータが、あるニュースサイトに載っていて、結構驚きました。日本人ってやっぱりそんなもんなんだね。と思いました。最近になって、また同じような事件があって、それが「羊一頭かついで盗む 怒ったモンゴル人店主、カメラ映像をHPで公開 - withnews(ウィズニュース)」に載っていました。

 

>食材の盗難に遭ったのは東京・赤坂のモンゴル料理店「スーホダイニングバー」。9日午前、店主でモンゴル人のスーホさん(48)がいつまでたっても羊の肉が業者から届かないのを不審に思い、業者に確認したところ、すでに店への配達が完了していたことが判明。

 店の前に設置していた防犯カメラの映像を見ると、青い上着にジーパン姿の男が、ビニールで密封された肉塊(重さ約30キロ、長さ1・2メートル)を持ち出す様子が写っていました。スーホさんはテナントビルの管理人と相談の上、110番通報し、警察に被害届を出しました。「1分でも早く返してほしい」とビデオの映像を店のホームページやツイッターで公開しました。

 羊の肉はこの日の夜に30人のお客さんで予定していた「羊一頭 食べ尽くす大宴会」で調理するはずでした。店の都合で宴会を中止するわけにはいかず、スーホさんは新たに注文し直さなくてはなりませんでした。

 

結局、羊の肉は同日夕、店から約300メートル離れた路地裏で見つかりました。それでもスーホさんの怒りは収まりません。

 「たまたま在庫があったからよかった。どんな店でもその日に必要な物を考えて仕入れをしている。それを盗まれるととても迷惑。お店をやるというのは簡単なことじゃないんです!」

 スーホさんは11日午後3時現在もネット上で、男の顔を公開しています。「他の店でも盗んできたかもしれないし、これからも盗みをやるかもしれない。もう二度とやらないと約束させるまで、公開したい」と話しています。

 スーホさんによると、羊の肉約30キロの仕入れ値は2~3万円。戻ってきた肉は店の関係者らで食べるようです。

 

詳しくは後述するが、こういった晒し行為は多くの場合で犯罪になる。しかし、この店主もそうだけど、それ以外の人間もしょうがないみたいな感じで見ている人が多いんじゃないか?と思います。先ほど言ったように、「全文表示 | 犯罪者に対する「ネット私刑」、6割以上が「理解」 J-CAST調査 : J-CASTニュース」のアンケート調査で約6割はこういうネット晒し行為を肯定しているのだから、今回に関してもある程度是認している人間は多そう。しかし、これは論理として明らかにおかしいと思う。それはネット私刑、ネットリンチと呼ばれる行為は基本的に犯罪になる。つまり、彼らは犯罪行為を支持しているということ。犯罪行為を支持することが一概におかしいとも言えないかもしれない。それは法律自体がおかしいんだという見方をすると、犯罪行為を是認するのも、論理には矛盾はないから。しかし、ある場面では法律を支持し、別の場面では法律を否定したとしたら、それは随分都合が良い理屈だなと思えてしまう。たいていの人間はこのパターンでしょう。

 

つまり、こういったネット晒し行為などの私刑は、やられている犯人にとっては問題のある行為だが、それ以外の支持する人間にとっては、ある意味高みの見物にも近い。つまり、これって加担するわけではないから、心の中で支持していたって、その気持ち自体が犯罪になるわけじゃない。加担さえしなければ犯罪ではないから、自分が何らかの処罰を受ける心配もない。そして、犯人がこうやってネット私刑によって追い込まれれば、確かに犯罪の抑止力にはなる可能性もあるかもしれない。そうなれば、ネット私刑を支持する人たちにとっては、ノーリスクでハイリターンの現実が待っているわけだ。ネット私刑を実行している人間はハイリスクハイリターンかもしれないけど、ただ傍観していて、心の中で支持しているだけの人間はノーリスクハイリターンですよ。だから、支持しているんじゃないの?と思えるけど、結局、法律に違反する行為を支持しているのだから、こういう事件に限ってみれば、法律に違反する行為こそが正義だという主張になってしまう。でも、こういうネット私刑を肯定する人間は、全ての場面で法律を破ることを支持しているわけではないはず。法律を破られると自分にも被害が及ぶかもしれないからだ。だから、自分にとって被害が及ぶような行為については、恐らく法律を支持するはず。でも、今回みたいに自分にとってノーリスクハイリターンな場合には法律を破ることを支持する。

 

随分、都合が良いですね。結局、こういう何が問題か?っていうと、法律はやっていいことと悪いことの線引きをしたものなのに、その上から自分たちの正義でその線引きを変えているわけじゃないですか?で、彼らにそんな権利あるか?って言ったらないわけですよ。つまり、こういう行為を正当化すると、どういうことが起きるか?それぞれの人間がそれぞれの正義を根拠にして、法律の線引きを変えて良いってことになる。ある場面では法律を守るべきと考えるが、ある場面では法律を破っても構わない。そういう解釈をそれぞれの人間がみんなしていいということ。実際、今している人間がいるわけで、彼らと対等の別の人間が同様の行為をしても、今している人間はもはや文句を言えない。自分もしているから。つまり、自分なりの正義を貫いた結果、人殺しをするようなケースが出てくるかもしれない。それもその人自身の正義を根拠にしているならば、結局やっている行為はネットさらしをしている人間やそれを支持している人間と変わらない。したがって、今回のモンゴル料理店の店主も、法律に違反する行為を自らの正義によって正当化しようとしているわけだから、同様に誰かの正義によって、この人自身が何らかの法律を破る行為による被害を受けてももはや文句は言えない。

 

>盗難被害を受けた店側が、防犯ビデオに写り込んだ人物の映像をネット上でさらす――。こうした事態を受けて思い出されるのは、約2年前にマンガやフィギュアを扱う古書店「まんだらけ」(東京都中野区)が取った行動です。

 同社では鉄人28号のブリキ製玩具が万引きされ、「1週間以内に返しに来なければ顔写真を公開する」とHP上で発表しました。同社には連日、賛否の意見が寄せられ、結局は警視庁の要請を受けて公開を中止しました。

 今回のモンゴル料理店は被害後、ほとんど時間を置かずしてネットに画像を公開しました。スーホさんは「とにかくすぐに1分でも早く返してという思いだった。肖像権や人権の問題があるかもしれないが、それはルールを守る人にあるものだ」と主張しています。

 インターネットの問題点に詳しい森亮二弁護士は「まんだらけの問題と違い、今回は最初から映像を公開していて、社会的に制裁しているということだと思います。盗んだ人が悪いということはもちろんありますが、形式的に見た場合、店側の行為は違法とされる可能性が高いのではと考えます」と話しています。

 

弁護士による解説では違法性を帯びる可能性が高いと。そして、この店主は肖像権や人権はルールを守る人間にだけあるものだという勝手な解釈によって犯罪行為に及んでいるわけですから、そういう勝手な解釈を許すならば、結局、この店主もルール守っていないわけだから、同様に人権や肖像権が侵されることをされたって文句を言えなくなる。それで良いというのならば、まだ主張に矛盾はないが、それを受忍するとは思えない。冒頭でも述べたけど、こういうネット私刑、ネット晒し行為による、特定の人間への集団リンチは、いくら犯罪者であっても、法律を基準にするならばやってはいけない行為になる。つまり、こういうことを肯定するような人は、法律の線引き自体を肯定しないわけだから、もはや法律に違反する行為に対して「法律で禁止されているから」を理由に非難はできない。法律で禁止されているものは何だって禁止なんだという主張をするからこそ、法律で禁止された行為に関して、法律を基準に改めて非難しても矛盾がないが、人殺しを法律を根拠にダメだと非難しているのに、ネット私刑は自らの正義でOKとするならば、自らの判断で法律を破っても良い場合もあるという解釈になり、その人はもはや法律を絶対視していないので、法律を絶対に守るべきだとは言えず、人殺しを非難する場合も法律を根拠にはできない。別の角度からの理由を述べないといけないとなるのでしょう。そうしないと、自らの都合によって法律を絶対視する場合もあれば、しなくても良い場合に分かれてしまい、主張に矛盾が出るのです。

 

 

 

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