読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

芸能人の不倫で公に謝罪する必要はあるの?むしろマスコミが謝るべきでは?

【スポンサードリンク】

タレントのベッキーさんの不倫騒動がまだ止まない。個人的にはずっと静観しているつもりではあったが、どうしても腑に落ちない点も多々あり、この場で言わせてもらいたいと思います。例えば、そもそも不倫をした事実を公の場で釈明、謝罪しないといけないのか?という点です。あるテレビ番組でお笑い芸人オリエンタルラジオ中田敦彦さんと女優の真矢みきさんが激論をしていたようだが、それが「真矢ミキ オリラジ中田敦彦とベッキーめぐる意見が真っ向から対立 - ライブドアニュース」に載っています。

 

>中田は先週の同番組で、ベッキーが騒動の発端となった週刊文春編集部へ直筆の手紙を届けたとの報道に対し、「あざとく感じる」と語った。その発言に真矢は「最低限の礼は尽くしてる」とフォロー。不倫したことを公的に認めるべきだという中田に「あっちゃん、私たち何も被害被ってないし」というやりとりがあった。

(中略)
 この日も中田の「不誠実でずるがしこい対応。公的に説明するべき」という発言に対し、真矢は「公的に謝れというのは違う」と持論を展開。「まず奥様に謝るべき。そして迷惑をかけたお仕事関係、ファンには謝っても、私たち全員に説明なくてもいい」と、中田が求める記者会見には首をかしげた。

 だがその言葉に、中田はわざわざ手を挙げて発言機会を求めると、再度「公的な説明は必要」と反論した。国の仕事をし権力を持った公人に準じ、ベッキーは準公人で影響力を持った人であると定義した中田。「その影響力に企業はお金を払っていた。なぜそんな力を持っていたか。国民の信任に由来している。いろんな人がベッキーが素晴らしい人間で、実績があるからと信じていた。その言葉を信じてたんです。それを裏切った事に対して説明する責任がある」と語気を強めた。

 

そもそもベッキーさんが週刊文春側に渡したとされる手紙というのが、個人的によく分からない。何を意図したものなのか?が。だから、その点に関しては触れないが、オリラジの中田さんは不倫をしたということを公的に認めるべきと発言しているのですが、真矢さんはそれをする必要ないということらしい。世論的には、中田さんの方を支持するほうが多いみたいだが、理屈から考えたらいちいち公に謝罪をする必要はないと思われます。謝罪をする必要があるとするならば、結局はそれをした方が得策だと判断した場合に限るでしょう。例えば、数年前に大騒ぎになった次長課長河本準一さんの母親の生活保護不正受給疑惑に関しては、河本さんは公で謝罪をしました。しかし、事の真相は河本さんの母親のケースはそもそも不正受給ではないし、河本さんが母親を養う法的義務は存在しないというものだったと思います。ケースワーカーが河本さんに援助してあげてくれないか?と言えるだけであり、確か義務はなかった。そして、これは本当か?どうかは分からないが、河本さんは一部援助をしていたという記述もありました。つまり、客観的に見て、謝罪する必要がまるでない人間がなぜ謝罪をしたのか?答えは簡単ですね。仕事の影響を考慮したためです。

 

痴漢冤罪の被害を被ったら99%有罪になるという事実がある。だから、無実だけどやったと認めてしまおうという例に似ていると思います。河本さんの場合は、ちょっと調べれば彼が無実であることは分かると思うのですが、完全に世の中のイメージとして河本=生活保護の不正受給を奨めるような男という構図が出来上がってしまい、それを覆すのは不可能というか、いくら説明をしても、1度出来上がってしまった印象を変えるのは困難と言わざるを得ません。つまり、彼がなぜ謝罪をしたか?というと、正論を突き通しても、世の中の心象を悪くするだけであり、そんな好感度の低い、イメージの悪い人間をテレビ局なども使うわけにもいかないと判断されると見越して、謝ってしまった方が今後の自分のために得策だと判断したから。そうじゃないか?と思います。ベッキーさんの場合も別に不倫をしたら、公に出て謝罪をしないといけない法律はないので、あとはモラルや道徳という名の感情論しかない。本来はベッキーさんが謝罪をするのが得策か?否か?の問題でしかないのです。つまり、「謝罪をすべきだ」とか、「謝罪をしないといけない」というのは事実としては存在しないので、各自の意見として、考えとして表明するレベルになります。今後の自身の芸能界での立場を考えた場合に謝罪をすべきか?すべきじゃないか?の問題が初めて生まれます。

 

そもそも、一般人が不倫をしても公で謝罪する必要ないのに、芸能人の場合には公で謝罪を要求される意味もよく分かりません。中田さんは準公人で影響力があるから。としているけど、影響力があったら謝罪をしないといけない理由もよく分からないのです。一般人の不倫なんて私たちは知る由もないけど、芸能人の不倫はみんなに伝わる。でも、伝わったからといって、私たちが困るわけじゃないし。影響力があろうが、別に何も被害はない。そもそも、芸能人の不倫が伝わるのが個人の影響力か?っていうと、違うと思う。結局は、間を媒介する人間がいるからでしょう。それがマスコミです。つまり、芸能人の不倫の事実を嗅ぎつけても、マスコミが報道しなければ、世の中には伝わらず、事実上の影響力はないことになる。そうなると、影響力があるから謝罪をしないといけないならば、その原因は不倫をした本人ではなくマスコミであり、マスコミが謝罪をすべきなのでは?と思います。事を大きくした張本人はマスコミなんですからね。

 

そして、仕事関係やファンへの迷惑も、結局なんで生じたか?って言ったら、マスコミが事を大きくしたから。でしょう。事の発端を作ったのは本人だから、全く迷惑をかけていないとは言えないが、そもそも人に言えない、バレてほしくない隠し事の1つや2つは誰にもあるはずで、たいていのケースはそれはバレないわけだ。バレでも一部の人間のみとか。でも、そういう状況では済まない状況があって、それがマスコミがかかわる場合なんですよね。影響力云々の話があったけど、ベッキーさんが不倫をしただけでは世の中には浸透しない。マスコミが伝えて初めて浸透するという意味では、ベッキーさんに影響力はそこまでないということになる。真の影響力を持っているのはマスコミであり、中田さんが影響力を理由に謝罪を要求するならば、さっきも言ったけど、やっぱり謝罪すべきなのはマスコミになりますよ。だいたい企業がその影響力に期待してお金を払っている。というが、影響力があるってことは、CM等で起用すればそれだけで商品が売れる。しかし、本人のスキャンダルが発生すれば、それは負の打撃になる。単なるハイリスクハイリターンです。そんなことは誰にでも分かると思いますし、企業にも予想できますよね。あらかじめリスクが分かっているのに、そのリスクが顕在化したら、本人が謝らないといけない必要性はないと思う。本人が謝りたいなら謝れば良いが、周りが強制する性質のものとは思えない。そういうリスクが嫌ならば、最初から有名人を使わなければ良いだけの話なのです。リスクがあると分かっていながら特定の人物を起用して、実際にリスクが顕在化したら文句を言われるのは腑に落ちないのです。

 

はじめての不倫学 「社会問題」として考える (光文社新書)

はじめての不倫学 「社会問題」として考える (光文社新書)

 

 

あわせて読みたい記事