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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

高齢出産はエゴ?子供が可哀想という理由で諦める、産まない選択を強いられる疑問

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インドで70歳を越える女性が子供を出産したことで話題になりました。賞賛の声があがると同時に、子供がかわいそうだと、育児はどうするんだ?子供が多きくる前に親が死ぬんじゃないか?といった非難の声もありました。高齢出産はいろいろなリスクをはらんでいますが、私はこの問題に関しては、ほとんど無意味だと思っています。高齢出産になれば、そりゃ上記の問題は起きやすいというのは間違いない、だからこそ、高齢出産をエゴだと言う人もいるが、それを言うならば、高齢出産がエゴならば、それ以外の出産もエゴだろうと思います。世の中には、親は子供が成人するまではきちんと面倒を見るべきだという風潮がある。この20歳という年齢に子供が達する前に親が死ぬと、それが達成できなくなるから、70歳の人が子供を産むと、確かに20歳を越えるまで生きていない可能性も十分ありそうだ。

 

しかしだ、じゃあ何で20歳を越えたら面倒見なくて良いのよ?という疑問がある。20歳を越えると、心も身体も大分大人になるから、1人生きていこうと思えばできなくはない年齢にはなると思うが、それはそういう人が多いというだけであって、そうはならない人もいる。つまり、20歳を越えたら、普通なら1人で生きていく術を身に付けて、それでなんとかやってくれるだろうという親の期待を強制的に背負わされている状態だということ。その気になれば誰でも就職できるわけじゃないし、簡単に生きていける世の中ではない。普通に生きるだけでも相当な苦労をしないといけないのが日本であり、その苦労をテイクしても、普通の生き方すらまともにできない大人だって大勢いる。つまり、今の日本の社会状況を考慮すると、20歳を超えたらお役の役割は終わりっていうのは、責任放棄も甚だしいだろうと思う。20歳を越えたら、誰でも簡単に生きていけるような世の中なら、それでも良いかもしれないが、そうはなっていない、今後はそうはならないだろう。

 

20歳を越えるまでは親が子の面倒を見るべきで、それを越えたらもうその必要はないという謎の風潮は、全て子供が決めたわけじゃなくて、親の世代の人間が決めたことであり、子供はそれに翻弄されている。仕方なく諦めて、親を頼りにしないで生きていく人も大勢いるが、何歳になっても親を頼りにしている人もいる。後者の人間は社会の中では甘えを罵られやすいが、それは親の世代の人間らが勝手に作ったルールに当てはめて、そういう人間を甘えと罵っているだけであり、甘えてはいけない理由は、何歳になっても親を頼ってはいけない理由は説明できないだろう。むしろ、誰だって容易く生きていけない世の中を分かった上で子供を産んでいるんだから、自身が生きている限り、子供の面倒は一生かけて行っていくべきという理屈の方が全然しっくりくる。子供が生まれるか?生まれないか?は親の匙加減で全てが決まるならば、子供はその選択に介入する余地がない。余地がない問題だけに、子供の面倒を一生かけて見ていくのは全くおかしくないと思う。むしろ、20歳過ぎれば、親の役割はもはや果たし終えたという風潮の方が意味分からない。ただの子供を産んだ親としての責任逃れだろう。それが普通として、当たり前として世の中で通っている現状が非常に恐ろしい。これ自体がもはや子供をよりかわいそうな存在として追いやっている気がするけどね。

 

そういう状況が普通に起きていることを考えると、70歳を越えて出産した人が、子供が可哀想とかいうのは事実かもしれないけど、それが仮に事実ならば、今世界中で起きている普通とされている親のあり方だって、結果的に子供を幸せにはしてないケースが多々あるはず。そもそも高齢出産は子供がかわいそうとか言うならば、子供がかわいそうになりそうな兆候は山ほどあって、挙げられない。その兆候が1つでも見えている親が子供を産んだら、結局高齢出産と同様に子供がかわいそうという理由で否定されるべき話でしょう。親が貧乏だとか、親の容姿がよくないとか、親がキラキラネームをつけたがっているとか、親が高齢というのも、子供が可哀想な状況になるかもしれない兆候の1つだろう。これらの中で1個も当てはまっていない親がどれだけいるだるか?ほとんどいないんじゃないか?と思います。高齢出産になると諦めて産まない選択を女性もいますが、それはそれで1つの選択肢なので、別に正解とも、不正解と言うつもりもないが、高齢出産を含めて、出産そのものがもはやリスクになる。子供が将来どうなるか?どういう感情を持つか?どういう生き方をするのか?(できるのか?)はそのときになってみないと分からないが、たいていの親は子供がどういう状況になっても、一生養っていく覚悟なんかないでしょうから、その時点で子供が可哀想になるフラグが立ちはじめている。つまり、子供がいわゆる社会不適合者になったときには、子供は親の援助なしではまともな生き方がかなりしづらい。そういう状況になるのは、高齢出産だろうが関係ない。出産そのものに、全てのケースでつきまとう問題になるということです。

 

高齢出産は何歳まで可能なのか?というと、事実上の制限はないのだろうか?体外受精などに頼る場合には、制限があるみたいだが。体外受精も晩婚化を促進するといった理由で年齢制限があり、それによって高齢出産を諦めるという選択をする人が多く出てくる。高齢出産は年齢を理由に産まない選択をするということがあるが、それはリスクがあるとともに、子供が可哀想ということを考えたためというのもあると思う。しかし、子供が可哀想というのは別に年齢だけの問題ではないので、年齢だけを理由にこうれえい出産になってしまう人が産まない選択を強いられるのは傍から見ていて腑に落ちない。高齢出産は親のエゴと言われることもあるけど、これがエゴになるならエゴにならない出産って皆無だろうと思います。先ほど言ったように、子供が可哀想かもしれない要素はもっとあるはずで、それらに関しても非難されないと見ていて不公平に思うからです。私は高齢出産を含めて、いずれの理由でも否定をするつもりはないが、多数が行っているものは否定されづらい傾向があるということを踏まえると、高齢出産がそれだけ珍しい存在だということ。逆に自分たちの容姿や所得に関しては気にしないで出産してきた人たちが多いんじゃないか?ということが言えるのです。キラキラネームに関しては近年ようやく非難の対象になってきたが、所得や容姿に関して子供が可哀想だから、出産するなという声は今後聞かれることはほとんどないだろうと思う。ネット上ではそう主張している人も一部いますけどね。

 

 

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