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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

サイレントお祈りをサイレント内定辞退で返すと、サイレントお祈りは正しいとなる

就職活動
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数日前に、大企業の3割がサイレントお祈りをしているというニュースを見て、それに対する就活生の反応は予想通り、かなり憤りの溢れるものだった。私はその状況を冷ややかな目で見ていたが、サイレントお祈りの何がいけないか?理由を尋ねると、恐らく「不誠実」、「迷惑」、「失礼」とか、そういうものしか返ってこないだろう。何か見たような様な光景だなと個人的に思うわけだが、最近の舛添さんの辞任劇のときに、国民が彼に浴びせた感情論と非常に似ている気がする。舛添さんは一応法律上は問題ないことをしていたし、本来非難を浴びせられるようなことはしていないが、国民から集団リンチを食らう羽目になった。サイレントお祈りに関しても、もちろん違法ではないし、お祈りメールなどで、きちんと連絡をしないといけない義務もない。こういった光景で非難を浴びせられるパターンは、毎度よく見ている気がする。私自身サイレントお祈りで構わない。いちいち連絡なんかいらない。

 

そして、怒り新党で同じような怒りの投稿が着たらしいが、番組出演者の有吉さんとマツコさんもサイレントお祈り肯定派だった。私がサイレントお祈りを肯定する理由は、非常に単純な話で、不採用のメールを送られくる方がむかつくからだ。「あなたは不採用です」と直接指摘されるよりも、あれ?まだ合否の連絡来ないのかな?ってことはもしかして不採用なのかな?というよな、こっちが察してあげるような状況の方が、私の場合には怒りがこみ上げてこない。これは同番組でマツコさんも指摘していたが、結局何に怒っているか?というと、不採用という事実に対してであって、サイレントお祈り自体ではない気がしてくる。私自身も怒る先があるとすれば、サイレントお祈りではなく、不採用そのものだ。その不採用の事実に対して、より心身を平穏に保ちやすいのがサイレントお祈りだという話であって、私が怒っているのは結局のところ不採用そのものということになる。

 

この大企業の3割がサイレントお祈りをやっているという事実に対して、就活生の一部が、「就活生に対してはマナーや礼儀を要求するくせに、企業はやり放題なんておかしい」という声も聞こえる。確かにそれはその通りだと思うよ。ただ、マナーや礼儀を要求している企業が、サイレントお祈りをやっている企業か?どうかは分からないけどね。あと、そういうのを要求するのは企業というよりは、学生と企業の間を取り持つ大学、リクナビマイナビなどの就職情報会社、セミナー主催者、就活塾などの社会の方であって、企業ではないケースが多い気がする。企業は別に黒のリクルートスーツを着て来い!とか、ほとんど言わない。そういうのを言ってくるのは先ほど挙げたところになるだろう。ただ、よくよく考えてみると、こういう仕組みこそが世の中っていう感じがする。明らかに立場が弱い方が、そういう状況に追い込まれるのは、何も就職活動だけではない。就活でも学生側はいろいろな要求に耐えながら、企業はやり放題を繰り返すという状況があったとしても、例えば別のところで言うならば、税金を納めないといけないシーンがよくあると思うんだけど、その税金が自分にとって望ましい使われ方をされていると実感できる人は少ないだろう。じゃあ、脱税するわ!ということもできないし、納得いかないならば日本から出て行け!とでも言われるかもしれない。前者は就活生と企業という関係、後者は国民と国という関係で、それぞれ立場が弱い方が納得のいかないシステムの中で不満を抱えている状況だ。前者について、納得いかないならうちは受けなくても良いよ?とか、就職活動辞めたら良いじゃん!という言葉が返ってくるかもしれない。非常に理不尽にも感じるが、世の中の仕組みは常に権力者の都合の良いように作られている。

 

その中で、サイレントお祈りというのも、一見すると不誠実や失礼な対応にも見えるが、企業にとってはそれが手間や効率性の問題からすると1番優れた方法になってしまうというのが理由でしょう。そして、企業の方が立場が上となっています。就活生の立場からすると、サイレントお祈りをやられると、合否がいつはっきりするのか?分からないから就職活動に支障が出ると。それは事実だろう。しかし、また別の事実として存在するのは、企業が就活生のそういう事情を考慮しないといけない理由はないってことだ。残念ながら。サイレントお祈りは学生を困らせる。しかし、企業が学生を困らせるサイレントお祈りをやってはいけない理由は今のところない。感情論で理由を作ることはできるが、感情論が理由になって良いならば、企業側もサイレントお祈りの正当性を感情論で述べるだけであり、結局事態は平行線を辿ることになる。感情論の理屈は脆い。議論では絶対に勝てない。つまり、サイレントお祈りが合法である以上、就活生がすべきなのは、同じく合法の中での対策だろう。中にはサイレント内定辞退をして良いんじゃないのか?という声が聞こえるが、それが合法であるならば、やってはいけないとは言いづらい。それはサイレント祈りが合法であるのと同じ理由だ。サイレント内定辞退も望ましいやり方とは思わないが、それを否定する理由もまた感情論でしかないから。それをやられて企業側が困るならば、サイレントお祈りへの抑止力になるかもしれない。

 

しかし、ここで1つ問題なのは不誠実な対応や、失礼な対応という理由でサイレントお祈りを否定していたのに、その側が最終的に不誠実な失礼な対応で返してしまうと、少なくともサイレントお祈りは間違っていないと認めてしまうに等しいことになってしまう。失礼や不誠実を理由にサイレントお祈りを叩いている側がそっちがやるなら、こっちも同じく不誠実や失礼な対応をするぞ!となってしまうと、学生側のそのサイレント内定辞退に対して、不誠実で失礼な対応には同じく不誠実で失礼な対応で返して良いならば、じゃあこっちもサイレントお祈りだ!と最終的にはサイレントお祈りは間違っていないということになってしまがちだ。それでも構わないという人は良いが、何とも腑に落ちない人もいるかもしれない。1番あるべきなのは、サイレントお祈りを法律など客観的なルールにおいて禁止することであるが、それは現実的に厳しいだろう。国がそんなことで動くとは思えない。何故なら公務員の採用試験でもサイレントお祈りは行われているから。厳密に言うと、合格者のみしか連絡しません。という予告つきのサイレントお祈りになる(もしかしたら予告なしのサイレントお祈りもやっているかもしれない)が、公的な機関も同様の対応をしているってことは、そういうところにとってもサイレントお祈りは欠かせない手段になるのでしょう。あと、最後に言っておきたいのは、サイレントお祈りは今だからこそ非常識な手段として否定されているけど、メールがなかった頃はサイレントお祈りのオンパレードだったんじゃないか?メールがない頃はメールによる一斉送信ができないため、合否の連絡をするとすれば、1人ずつ電話をかけるか?あらかじめ打った文章をコピーして1人1人に郵送するか?という手段しかとれない。こんな面倒なことを受験者が多いであろう大企業がやっていたとは思えない。いや、中小企業もそうだと思うけど。昔はサイレントお祈りこそが常識だった可能性もあるということです。

 

 

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