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箸の持ち方が汚い、おかしい=育ちが悪い人の特徴?こんな悪口を言う人こそ育ちが悪いよね

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「育ちが悪い」という言葉をたまに聞くが、言っている人たちに聞きたいのは、どういう意図で使っているんですかね?私なりに想像をすると、社会一般で掲げられているマナーや礼儀に沿っていない少数派の人間を弾圧するために用いられている、非常に抽象的な用語に思える。こんな言葉を使うのもいかにも日本人らしいなと思うところではあるが。育ち悪い人の特徴として言われているのはいろいろあるけど、そのうちの1つに箸の持ち方がある。箸の持ち方が多数派と違うと、それは=育ちが悪いとして弾圧の対象になるらしい。箸の持ち方が他人と違うだけで批判されるのが日本なわけだ。そういった状況を、風潮をおかしいと嘆いている人が、はてな匿名ダイアリーに投稿したら、物凄く反響があったらしくて、それが「「『箸がきちんと持てない=育ちが悪い』っていう風潮ムカつく」 ネットで議論、「正しい持ち方に直せばいいだけ」という声も | キャリコネニュース

 

>2013年にユネスコ無形文化遺産に登録された和食。その和食に欠かせないものといえばやはり箸。美しい箸さばきには惚れ惚れするという人もいるのではないだろうか。 その反面、箸をうまく使えない人に冷たい視線が浴びせられることもある。6月28日、はてな匿名ダイアリーに「箸マウンティングってなんなの?」という投稿が寄せられた。投稿者は、「世間では『箸をきちんと使えない=育ちが悪い、家柄が悪い』みたいな風潮が定着してるのがムカつく」と語っている。

 

投稿者自身、箸の持ち方が上手くないという。友人から「箸の持ち方変だよー」と言われたときはマウンティングに感じたそうだ。 「正直、私はその友人より親の収入も家の大きさも持ってる車も家柄も全て上だ。なのになんでたかが箸の持ち方一つでマウンティングされないといけないのか意味がわからない」 と憤りを露わにし、「箸づかいが上手くない人へのヘイトスピーチ、やめてください」と訴えかけている。一見するともっともではあるが、この投稿には、「いやなら、正常な箸の持ち方に直せばいいだけだろ」と反論が相次いだ。

 

投稿者は「箸の持ち方が汚い、他人と違う」ことだけで批判されるのが嫌らしい。箸の持ち方っていうのは育ちの悪い人の特徴としてよく挙げられているわな。だから、ヘイトスピーチをやめろと。箸の持ち方が変といことが育ちが悪い人の特徴として存在する風潮は確かにある。そして、投稿者の主張に対して、返ってきた反論は多くが「嫌ならば箸の持ち方を変えろ」ということらしい。まず、このやりとりを見て、思ったのはこれはそもそもヘイトスピーチに当てはまるのか?は分からないが、差別的な発言には思えてくるということ。そして、箸の持ち方がおかしい、他人と違っていても、それが直接誰かを不快にするわけではない。というか、この程度を不快と言われて他人を否定して良いということになれば、この投稿者も日常的に感じる他人の不快を小さいものから1つ1つ全部指摘していけば良いんじゃなか?育ちが悪いっていうのは、言ってしまえば、他人を不快にする行為をする人間を弾圧するために作られた言葉だろうから。同じ理由で、この人も不快に感じたものを理由に、他人を弾圧していっても良いってことになる。この投稿者も実際に他人から言われたみたいだから、その人に同じ理屈でヘイトスピーチをすれば、そのときに相手から何て返ってくるか?は個人的には注目だがね。

 

ただ、このやりとりを見て1番不思議な部分がある。箸の持ち方がおかしい人は育ちが悪いとするヘイトスピーチをやめてください!→嫌ならば箸の持ち方を直せ。という構図になっていると思うけど、これはもはや反論なのか?が疑問です。というのも、(ヘイトスピーチが)嫌なら直せば良い。と言ってしまっている時点で、この人たちはヘイトスピーチ自体は否定していないわけでしょう?つまり、自分たちがやっていることはヘイトスピーチだって認めてしまっているってことでしょうから。そうなると、おいおいwwwって話になる。ヘイトスピーチっていうのは、今まさに世界中で非難の対象になっていることであって、それ自体が風潮的に「よくない」こととして扱われている。そんな世界中から非難を浴びる行為をしている人たちが、他人の作法に対して「育ちが良い」とか、「育ちが悪い」とか、批評している光景は、何とも滑稽だ。箸の持ち方を基準に「育ちが悪いと」と、他人を罵る人間は、まさに今世界中から批判を浴びる行為をしているわけで、そんな人間は果たして育ちが良いって言えるのだろうか?育ちが悪いのはどっちなんでしょうかね?と、すごい疑問なんだけど。

 

別のブログに書いてあったけど、そもそも本当に育ちが良い人は他人の悪口なんか言わないってこと。ってことは「育ちが悪い」っていう表現は、まさしく冒頭で言ったように多数者が少数者を弾圧するために作られた都合の良い言葉ということだ。箸の持ち方が汚いことは直接、誰かに迷惑をかけるわけではない。嫌なら見なければ良いだろうと言えてしまう。しかし、ヘイトスピーチは誰かに直接迷惑をかける行為であり、国内でも、世界でも規制の対象であると。箸の持ち方は規制されることはないが、ヘイトスピーチは間違いなく規制の対象だ。実際、育ちが悪いという言葉は単なる悪口だという意見もあるし、他人と違う点を指摘してけなすことがOKならば、じゃあ障がい者とか、特定の人種の人間を同じようにけなしてもOKなのかね?というと、後者はダメだと否定するだろう。でも、何で箸の持ち方はOKで、障がい者や人種を理由をけなすことはいけないんだろうか?説明できるのかな?「箸の持ち方は直せるから」とかいう意見がまたどうせ出てくるだろうから、前もって言っておくと、箸の持ち方は確かに直そうと思えば直せる。しかし、箸の持ち方を直さないといけない理由を聞いているのに、それは箸の持ち方を直そうと思えば直せるという可能性の回答にしかなっていないのです。人種や障害は直せない。だから、そっちはけなしてはダメだが、箸の持ち方は直せるだろう?という理屈かもしれないけど、その理屈は通じないってことだ。直そうと思えば直せる=直さないといけない理由にはならないからだ。箸の持ち方が直せることは、直接箸の持ち方がおかしいことで他人を貶して良い理由にはならない。直せるから否定して良いならば、直せるものは直さないといけないという理屈ならば「顔が不快だから、お前整形してこいよ!オレが治療費出すからさ!」というのも当然OKになるし、それを言われた側は直すべきとなってしまう。箸の持ち方を矯正させるのはよくて、顔の矯正は何でダメなのか?明確な理由、感情論以外の理由は説明できるのかね?

 

上記の投稿者の主張に対する反論には、別の人間が育ちが悪いのは「礼儀作法になっていないから」としていたが、そもそも礼儀作法っていうのは、もはや「育ち」を別の言い方に変えたに過ぎない。礼儀作法って、法律みたいな公式的なルールじゃないでしょう。これも同じで多数派が持っている共通の価値観と相容れない人間を弾圧するための基準でしかない。つまり、礼儀作法に反する行為をした人間を何で否定して良いのか?貶して良いのか?ヘイトスピーチでつるし上げて良いのか?の理由はどう説明するんだろうか?礼儀作法に沿っていなければ、他人を弾圧して良い法律があるの?ないんだったら、単なるオレルールだよね。育ちが悪いっていうのは単なる悪口であり、いじめと同じだ。具体的な理由、きちんとした根拠を提示できないが、とりあえず気に入らない人間は叩くという、感情論でこういうことをする人間が、本当に日本人は多いと思う。いじめの理由だって結局は個人的に気に入らない人間を弾圧する行為であり、根底にあるのは感情論なんだけどね。感情論で人を叩く行為を正当化するならば、そういう人間は当然学校のいじめも肯定してもらわないと困る。そうしないと主義主張に一貫性がない。本当に日本人っていうのは、他人と違うところを見つけ出して、そこを徹底的に叩きのめす天才ですね。だから、私自身もこんな国は早く出て行きたいと思うんだろうな。最後にまた言うけど、育ちが良い人ならば、礼儀作法が本当になっている人なら、感情論で人を弾圧する行為なんかしないんじゃないか?特定の人間に対して育ちが悪いなんて平気で言っている人間は、自分で自分のことを育ちが悪いですよ僕は。はい。って言っているよんなもんだね。

 

 

 

 

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