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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

人を見た目で判断する人は間違い?正しい?人を見た目で判断しない人の言い分の方が圧倒しそう

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人を見た目で判断してはいけないといわれることもありますが、多くの人は先入観で、人を見た目で判断している瞬間があると思います。人を見た目で判断することは、別の良い方をすると偏見とも言われそうですが、そもそも人を見た目で判断する人は正しいのでしょうか?正しいか?というか、それは合理的なんでしょうか?ザブングルというお笑いコンビが非常に面白いコントを以前やっていて、それがまさに今回のテーマに合致するものだったんですよね。設定はザブングルの松尾さんと加藤さん(以下敬称略)が、東京五輪の組織委員会のメンバーかなんかになったというもので、この度偉い人が見えるそうなんだが、その場において松尾がピアスをしているというので、加藤がそれを「お前、やる気ないやろ?」と注意する。しかし、松尾は「いや、やる気はあります」と返す。加藤は「だって、森(嘉朗)さんとか来るんやで?やる気ないと思われるよ?」と諭すと、松尾は「いや、ピアスとやる気は関係ないのでは?」と反論する。すると加藤は「じゃあ、極論言うわ!AもBもやる気あります!と言っているが、Bは全身タトゥーだらけ、どっちがやる気あると思う?」と問うと、松尾は「いや、どっちもやる気あるんじゃないですか?」と返すと、すかさず加藤が「いや、Aやん!Aに決まってるやん!」と返す。

 

しかし、ここで松尾は「タトゥーなら僕も入ってますけど?」と言うと、唖然とした顔で加藤が「え?お前・・・ピアスしててタトゥーも入っているの?完全にやる気ないやん!いや、やる気ないどころじゃないよ!で、何のタトゥー入っているの?」と聞くと、松尾は「東京五輪のエンブレム」と答えると、加藤は「めっちゃやる気あるやん!」と態度が豹変する。その後、加藤がその松尾のタトゥーを見ると、「これ、落選したやつやん・・・」と言って、会場から大爆笑となるのだが、コントとしての内容はともかく、人を見た目で判断するケースの好例のように思います。結局、ピアスをしている人間はやる気ないと判断し、何もしていない人間は相対的にやる気が上と判断される。しかし、そこに合理的な説明はなされていない。完全にイメージで決められてしまっているということであり、いわゆる偏見ということになってしまいます。ピアスの有無とやる気の問題は因果関係を説明できないので、松尾の言うようにピアスの有無にかかわらず、どっちもやる気はあるんじゃないですか?という発言は客観的に見て間違いとは言えない。人を見た目で判断する人は加藤のような言動になってしまう可能性があるが、人を見た目で判断しない人は松尾のような言い分になる可能性がある。なぜピアスやタトゥーをしているとやる気がないように思われてしまうのか?確かに謎である。やる気とどう関係があるのか?

 

やる気っていうのはあくまでも仕事への取り組みを見て評価すべきだと思うが、この紺とではもはや仕事に入る以前に、それを判断されてしまっているのです。人を見た目で判断してはいけないのならば、ピアスをしていようが、タトゥーをしていようが、やる気の判断材料にしてはいけないし、普通に考えたらならない。なぜピアスやタトゥーをしていたらやる気がないことになるのか?のちゃんとした説明はできるのだろうか?強いて言うならば、ピアスやタトゥーは世間的に見て評判がよくない見た目であり、それをすると他の人間が不快に感じる可能性がある。ただ、それは不快に感じたり、イメージが良くないということであって、やる気がないと断じることは厳しい。実際、これが仮に正当化されるためには、そもそも他人を不快にするような見た目をしてはいけない理由を説明しないといけないが、それは無理だろう。完全に感覚の問題だからだ。だからこそ、結局「偏見」と言われてしまうのだ。感覚以外で、主観以外で説明できないものはおおよそ偏見になるでしょう。

 

実際、ピアスやタトゥーをしていた人が過去にも多くいて、彼らが全員仕事を真面目にやってこなかったといったデータがあれば、とりあえず相関関係は見出せる。つまり、それが偏見とは言いづらくなる要素になるが、まずそんなデータはないだろう。すると、このケースでは紛れもなく人を見た目で判断する人という烙印を押されてしまうのでしょう。人を見た目で判断してはいけないか?どうかはともかく、どうしても人間の性質として、無意識のうちに人を見た目で判断してしまう部分はありますよね。それは何らかの固定観念みたいなイメージが出来上がってしまっているからでしょう。ピアスやタトゥーは世間的に印象が良くない。だから、そんなものをして来る奴はやる気がないに決まっている!という見方の前には、ピアスやタトゥーがなぜ印象がよくないのか?という部分が存在するわけですが、これに関しては多くがやらないってことも含まれているかもしれません。ピアスやタトゥーをしていることの何がいけないのか?と言われれば、何がダメとは言い難いが、単純に見た目がよくないというか、見た目が不快に思う人がいるというだけの話である。

 

ただ、これを言ってくる人間に対して、「お前の洋服気持ち悪いわ!そんなの着てくるなんてやる気ないやろ!?」と言い返したらどうなるのか?相手は間違いなく反論するだろうが、その反論の内容は結局、ザブングルのコントでいうところの松尾の反論と同じになりがちだと思います。いやいや、洋服が何か?っていうのはやる気と関係ないだろ!という話でしかないし、そもそも俺の洋服は気持ち悪くないし!といった反論になると思う。結局、指摘する側も感情論だが、反論する方も感情論以外には難しい。つまり、こういった話題で議論をしても何の解決にもならないのだ。指摘する側がやる気ないというからには、なぜそれでやる気がないと言えるのか?の根拠を提示すべきだが、感情論相手にそれを言ってもどうせ無駄だろう。正直、感情論を多用する人間には人を見た目で判断する人は多いと思います。人を見た目で判断してはいけないのか?どうかすらも感情論な気もするけど、私は人を見た目で判断しない人手ありたいとは思ってはいるが、それは結局表立っては言わないというだけであって、無意識のうちに心で判断している部分は否定できない。人を見た目で判断するなという人も心のうちでは人を見た目で判断している可能性もあるし、結局無意識のうちに人の印象は自動的に形成されているのです。そこはしょうがない部分もしてくる。教育的には人を見た目で判断するなと教えられることも多いが、大人は多くを見た目で判断していることは否定できないし、それが現実なのか?という気もしてくる。それが本当に正しいか?どうかは分かりません。

 

 

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