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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

過労死を防ぐには?防ぐ方法は?どうやっても無理だという結論に至った

働くことへの意識
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過労死を防ぐにはどうしたら良いのでしょうか?日本を誇る大企業である電通で入社1年目での女子社員が過労自殺したというニュースがありましたが、過労死自体はこの国ではたびたび報告されており、そんなに珍しいという感覚でもなくなってきているのですが、過労死を防ぐには1つしかないです。はい、働くのを辞めるしかありません。これ以外はないと私は思います。過労死を防ぐ方法についてはいろいろな識者がアイデアを出していますが、はっきり言ってそれらは全て過労死を減少させる方法であって、消滅させられる方法ではないのです。私も以前はベーシックインカムなどの生活保障を与えれば、ブラック企業だと、ここはヤバイと思った時点で気軽に辞められるから、過労死対策にもなるんじゃないか?と思っていたが、これも結局は過労死を減らすことはできても、0にはできないのでしょう。0にはできないのならば、減ったは減ったで良いけど、また別のアイデアが結局必要になるのだろうから、二度手間なんですよね。だったら、最初から過労死を防ぐ方法として0にできるものを考案していかないといけないということになりますが、そうなると「働くのを辞めるしかない」というのが、私の結論ですね。

 

人間というのは、誰しもが都合の良いように振る舞いがちで、それによってブラック企業って生まれているし、長時間労働も生まれていると思うんですよ。「洗脳」って言い方をされることもあるけど、企業だってそうやって自社に都合の良い社員でいてほしいから、洗脳と言って良いのか?は分からないが、操ろうとするわけでしょう。それはそういう思考の人間がいる限り消滅しないでしょうね。で、そういう思考の人間は消滅するか?っていうと、消滅するわけがない。だから、会社で働く人間、雇用される人間は常にその洗脳のリスクがあるということ。過労死まで追いやられるリスクがわずかでも存在すれば、過労死は防ぐことはできない。絶対におきないとは言えない。仮に自営業だったとしても、過労死のリスクは0にはならない。働く時間をコントロールすることが理論上はできるが、実際それが可能か?どうかは別なのだ。切羽詰った状態ならば、無理して働くことを選ぶ人間は絶対にいるはず。そういった肉体的に負担の重い労働をしないとお金を稼ぐのが難しいような人だって中にはいるはずで、そういう人はやっぱり過労死のリスクは付きまとう。その場合にはただの自己責任として片付けられてしまう可能性があるが、そういう状況に追いやっているのは働かないと生きていけない社会が原因ですよね。

 

だから、どっちにしろ仕事をする人間は過労死のリスクと常に向き合っている状態になる。だからこそ、働くのを完全にシャットアウトできる金銭的余裕や精神的余裕などがないと、過労死のリスクには0にはならないだろうと。過労死はどうやって防ぐか?というので、減れば良いっていうアイデアならばいくらでもありそうだけど、0にするという意味での防ぐ方法ならば、労働するという概念を完全に私たちの脳内から取り払うしかないのだ。それが現実的に可能か?どうかの問題は別にあるけれどもこれが無理だってことになると、過労死を防ぐ方法はないという結論になると思う。交通事故を0にしたい言っている中では、車を運転する人がいなくなるしかないという結論と個人的には同じだと思う。車を運転するドライバーいれば、そりゃ交通事故が0になるなんてことを信じられる方がおかしいと想う。過労死を防ぐ方法に関してはいろいろな識者が議論していますよ。でも、それって0にはならない方法ばかり。彼らがそもそも0を目指していないという可能性もあるけれども、0にする必要はないって話しになると、じゃあ、今の発生件数でダメな理由がそれだけ乏しくなってしまいます。0にする必要はないけど、10くらいで減らす必要はあると言っている人に対してじゃあ11じゃダメなの?と言うと、どういう合理的な理由が返ってくるだろうか?そりゃ11より10の方が良いに決まっているだろ!と言うかもしれないが、でも10なら9の方が良いし、それを突き詰めると0が1番良いよねという話に結局なる。

 

だから、仮に過労死を減らそうと目指しているが、0にする必要はないと思っている人がいるならば、その人は何を理想としているのか?が分からなくなる。0にする必要がないと言っている時点で、(わずかならば)過労死が起きても良いという発言になるからだ。過労死を0にするには、すでに話したように多大な犠牲を払わないといけない。それはさっき挙げた例でも同じで、交通事故を0にするには運転を全員が放棄するくらいの策しかないと思う。でも、そんな犠牲は払っていられないと誰もが思うだろう。だから、交通事故が起きる可能性がわずかならばそれを黙認しているように、みんな車を運転するわけです。過労死を防ぐにはというときに、過労死を0にする案を意図的に提示しない人は結局こういう気概なのかもしれないが、だったら過労死が起きることを本当に問題として捉えているのか?は疑問です。過労死は現実的に防ぐには方法論自体はあるが、それを実行することに賛成する人間があまりにも少ないという懸念はある。しかし、それに賛成しないってことは、実際過労死が起きることを防ぐ手立てが事実上ないことになる。過労死はどうやって防ぐのか?は現実的にとれる策はほぼないのかもしれない。

 

仮に働かないでも全員が生きられる社会が作られたとしても、現代人は働くのを辞めるとうことはないでしょう。働くことにこれだけ慣れてしまった以上は、これ自体も1つの洗脳かもしれない。大人になれば働くのが当たり前だし、働かないと生きていけない、という2つの現実問題が世の中には潜んでいる。この2つが取っ払われない限り、働かなくても良い状態が仮に生まれても、人々は働くのを辞めない。すなわち、過労死のリスクは0にはならないのです。つまり、過労死を防ぐ方法は一応あるが、それを現実的にとれる可能性は限りなく0に近いとなれば、この国では(他国でも同様だと思うけど)、過労死をどうやって防ぐのか?の方法はない。と結論付けるのが、妥当なようにも思えてきます。残念ながらね。この先、過労死の報道が全く聞かれなくなるとは誰もが思えないでしょうからね。

 

働かざるもの、飢えるべからず。

働かざるもの、飢えるべからず。

 

 

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