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中田宏氏の生活保護費でのパチンコ糾弾の根拠がまるでなく、差別やいじめでしかない件

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人権派”曰く、生活保護費でギャンブルに興じるのは「人として当然の権利」らしい。だが、前・横浜市長中田宏氏は「自由と権利」が一人歩きする日本社会の風潮を疑問視する。

(中略)

大分県別府市は昨秋、市の職員らがパチンコ店などを巡回。生活保護の受給者を見つけたらまず口頭注意、複数回繰り返した場合は書面での警告を経て保護費の一部の支給を1~2か月間停止していた。大分県中津市も同様の手順を経て、パチンコなどで遊ぶ受給者の保護費の一部を1か月分、減額していた。  

この対応に「当然だ」「よくやった」との声がある一方、「パチンコは個人の自由だ」「人権侵害につながる」と猛反発したのがいわゆる“人権派”の面々だ。結局、厚労省が「受給の停廃止は不適切」との方針を示し、今年度から両市はこの施策を中止した。  日本国憲法第25条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定める。生活保護制度は国民にとって最後の砦で、重要なセーフティネットであることは言うまでもない。  

だが、判例がないので私の価値観に基づいて言うが、パチンコが「文化的最低限度の生活」に必要とは思えない。私の基準では、金銭の増加によって精神的な満足を得る行為、つまりギャンブルは憲法第25条の範疇に入らない。ゆえに映画や演劇に保護費を使うのはOKだが、パチンコや競馬はダメであり、「馬の走る姿が美しい」などと訴えても、保護費で馬券を買った時点でアウトなのだ。

 

「生活保護費でパチンコ」に中田宏氏が苦言 自分のカネで遊ぶべき - ライブドアニュース」に載っていた記事だが、中田宏氏は以前から生活保護費のパチンコしように何度も苦言を呈していることで有名だが、何とも酷い感情論しか言わないな。と、私は毎回呆れている。そもそもこの人は、自身が主張する生活保護費でのパチンコ使用の問題点を、価値観によるところと認めている。悪いけど、この時点でアウトですよね。この人も議員だったならば、なぜ法律を改正しようという試みをしないのだろうか?判例がないのは当然ではないのか?生活保護法はパチンコも含めて、使途が基本的に決められていない。法律上、今のところは生活保護費でパチンコは使用OKなのだ。つまり、文句を言う先は法律を作っている国会議員らであって、生活保護をパチンコに使っている人たちではない。法律を改正しろという主張の意味で言っているならば、まだ理解できる。しかし、その場合でもなぜパチンコだけダメで、映画や演劇は良いの?のちゃんとりた理由がいると思うけどね。

 

そもそも謎なのは映画や演劇はOKだが、パチンコはダメという部分です。何で?という疑問しかない。パチンコがダメで、映画や演劇が良い理由はどこにあるんだ?何でそうやって差別をするのか?パチンコを許すことで何か致命的な問題でもあるんだろうか?この人の主張には何の理由もないのだ。パチンコを望ましくないと思うのは勝手だとしても、望ましくないが理由だけで否定されたらたまったもんじゃない。それでいて平気で差別をしているんだ。パチンコが文化的で最低限の生活に必要ないと感じるのは勝手だが、なぜそれでパチンコは不要と断じることができるのか?が不思議でしょうがない。パチンコに一体何の不利益があるのか?もっと言うと、本当ならば何でパチンコが文化的で最低限の生活に必要ないと言えるのか?についても根拠を提示すべきだと思うけどね。パチンコが文化的じゃないという発想は私は全くない。そして、何で映画や演劇は文化的で最低限の生活に入るのか?その差はどこで生まれるのか?はっきりさせてほしい。パチンコのここが文化的じゃないという指摘を是非してもらいたい。逆に映画や演劇のどの部分が文化的と言えるのか?その部分はパチンコに一切ないのか?話はそれからだ。この人が言っているのは、根拠がないで望ましくないの言葉だけで、もはや単なる悪口でしかない。最低生活費以外の娯楽は全部禁止と主張するならば話は全然分かる。それはあるジャンルを一纏めにしている主張だから。しかし、娯楽の中でこれはOK、これはダメと、なぜ同一ジャンルの中でも差異を設けるのだ?生活保護差別をさらに推し進めるような悪質な悪口だなと思う。マジでやめてもらいたい。

 

生活保護法が定める制度の趣旨は、諸々の理由で生活が困窮した人を保護し、その自立を支援することだ。だが、困窮の度合いに応じて支給される生活費をパチンコに投入すれば、さらに生活が困窮する可能性が高い。これは元々の趣旨にもとる行為ゆえ、遊ぶなら公金ではなく自分のカネで遊ぶべきである。  

私は、「生活保護受給者にパチンコは必要ない」との考えは常識だと思っていたが、世の中には違う考えの人もいることを今回の件で痛感した。受給者のパチンコ禁止を「人権侵害」と難じる人々は、「権力=悪」という強い思想を持ち、権力による市民の行動抑制に徹底して反対する。個人の「自由」を最大限に尊重する立場の人々である。  そもそも、「自由と責任」、「権利と義務」はワンセットであるはずだが、戦後の日本では、自由と権利がひとり歩きする。「国民の権利及び義務」を定めた日本国憲法第3章には「権利」が16回、「自由」が9回登場するが、「責任」と「義務」は各3回のみである。これ以上、人権派を跋扈させないためにも、この点が今後の憲法改正のポイントとなるだろう。  

この一件で腹立たしいのは、厚労省が「生活保護費でパチンコ」の是非について何の枠組みも提示せず、ただ「受給の停廃止は不適切」としたことだ。生活保護費の4分の1を負担する自治体がせっかく「けじめ」をつけさせようと頑張ったのに、国の事なかれ主義が自立支援の道を閉ざしたのである。

 

保護費をパチンコに投入すれば、益々困窮する可能性が高いっていうのは完全に意味不明なんですけど?逆に言うと、映画や演劇では益々困窮する可能性が高くないと言えるのは何故なんでしょうか?また、ひろゆき氏的に言わせれば、何かそういうデータあるんですかね?仮にデータがあったとしても、それは困窮を招くような人に対してのみ個別名対応が可能なのだから、それをやれば良い。酒を飲んだら酔って暴れる人がいるから酒を一切禁止というくらいに、極端すぎる主張だと思うんだけどね。さらに言うと、パチンコなどギャンブルが困窮を招くような存在となっているのならば、この人はなぜ生活保護費のみで使うのをNGとするのか?が分からない。困窮を招く状況=悪いと断じるならば、ギャンブルを法律で全国民に禁止とかならまだ分かるが、なぜ生活保護のみなんだろうか?そこもさっぱり分からない。あと中田氏は生活保護でパチンコ禁止が常識で、それに反対する人々をおかしいと思っているみたいだけど、反対に遭うのは当たり前だ。あなたみたいに感情論しか言わないからでしょ。パチンコを生活保護で行ってはいけないという主張をする人のうち、しかも、他の趣味はOKでパチンコのみをダメとする理由を理屈でちゃんと説明でしている人を私は1人も見たことがない。そういった先入観で、イメージでパチンコを槍玉に挙げて批判する人を「生活保護でパチンコ禁止にみる「正しい貧乏人」のあり」、「パチンコやって何が悪い?|ロンドンで怠惰な生活を送りながら日本を思ふ 「NY 編」」などの記事では批判しているが、言いたいことをいってくれている感じがする。

 

>ここから見えてくるのは、私たちがもつ「正しい貧乏人のあり方」だ。病気や事故、家族の不幸などで働けず、国の支援を受けている人は、「かわいそう=正しい貧乏」。対して、貧しいのに遊んで暮らしている(ようにみえる)人は、「許せない=悪い貧乏」。本来は両者とも、同じ貧困層のはずだ。しかし、この倫理の線引きがあるために、私たちは生活保護費の6割を占める医療費にメスを入れようとしない。議論しようともしない。「よい貧乏、悪い貧乏」のイメージがあるかぎり、「保護費でパチンコ問題」は、定期的にニュースを騒がせるだけだろう。本当の問題は、もっと別にある。    

>そもそもギャンブルをしたいというのは人間が持っている基本的な欲求の一つだろう。酒を飲みたい。タバコを吸いたい。そのようなものと同じでこれを規制するというのは人間の自由の侵害に他ならない。自分の気に入らないことがあったら規制してしまえばいいというのはあまりに安易な発想だ。

 

法律で許されている行為を感情論で否定されたら、法治国家として終わりです。一体、何のために法律があるのか?一体何のために法律がやって良いこととやってはいけないことの線引きをしているのか?その意義すら失われるような行為をしたのが、別府市のありえない試みなのだ。別府市の試みに関しては調べれば出てくるのだが、違法という見方ができるそうだ。別府市の一件に見られるように、公人が法律すら破ってまで生活保護者を差別しようとするんですよ?しかも、それを支持する多数の市民ときたら・・・。これは後に撤回されたみたいだから良かったけど、本当に恐ろしい世の中だ。しかし、中田氏がやっているのも、もはや単なるいじめでしかない。感情論で特定の人たちを否定して良いならば、差別的発言をするならば、それはいじめだ。しかもそれを政治家がやるんだから、この国は一体どうなるのか?せめて生活保護でパチンコはダメだが、他はOKという理由くらいは感情論抜きで説明すべき。この人の場合にはそれが困窮するか?否か?なのかもしれないが、そんなの人によるとしか言いようがない。根拠にならない。私は競馬をやるが、1ヶ月に1レースくらいしか買わないし、ちゃんと節度を守ってやっている。ギャンブルをやる人間=みんな困窮を招くくらいにのめりこむという偏見でもあるんだろうか?一部が問題を起こして全体に規制をかけるならば、酒などはとっくに規制の対象だと思うのだが。逆に映画マニアの人ならば、保護費を映画に使いまくる可能性だって十分あると思うし。パチンコを問題視して、映画や演劇を問題視しない理由としては不適切で、合理性がないと思います。本当に差別的な見方だろう。土人発言は差別とかいちいちうるさいのに、生活保護の使途の差別は問題視するどころか、称賛するばかりのこの国に、私も心底嫌気が差しているが。

 

 

生活保護で生きちゃおう!  ―崖っぷちのあなた!  死んだらダメです

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