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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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「5割」を「÷2」にしてはいけない?日本の算数教育の理解できないところ

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算数や数学では答えそのものよりも求め方の正確性が必要とされることがあるという。そういった状況は多くが子どもの頃から体感してきたんじゃないか?と思うけど、たまたま面白いトピックを見つけてきた。算数の問題の教師の指導方法によるもので、「みかんを4人に3個ずつ配る場合には、4×3にしないとダメで、3×4は×という指導方法」、「800円の5割はいくらか?を求めるときには、800×0・5をしないとダメで、800÷2は間違いとする指導方法」という2つが論題に上がっていたのだが、この2つの指導方法に賛同するか?どうかが争われていた。文系の私に言わせれば、この指導方法はどちらも賛同しないという結論になる。算数や数学において計算の過程が大事というのは一応理解するが、この2つのNGのケースは、そこを越えている気がする。言うなれば、みかんを4つずつ3人に配る式を3×4にしたらダメとか、800円の5割を求めるときに800を半分にしてはいけないといわれたら、この過程を大事にする意味すら分からなくなってくる。

 

特に800円の5割の方は多くの人が特に取り上げていたのだが、5割は半分だと理解し、÷2をしているは賢いのでは?という意見もあったり、÷2はどこから出てきたのか?の説明が必要とする声もある。私はさっきも言ったように5割を÷2と表現しても問題ないと考えている。÷2はどこから出てきたのか?という反論を許してしまうと、そもそもじゃあ0.5もどこから出てきたの?という話になる。5割は0.5と表すのに説明がいらないならば、5割を2分の1と表すの説明はいらないと思うのだが。また、別の例になるけど、例えば三角形の面積を求めるときに三角形の面積の公式を使うじゃないですか?でも、その三角形の面積の公式はどこから出てきたの?とか、何でそれが正しいの?なんてことは問われないわけじゃないですか?それは三角形の面積の公式は人類共通の認識だからです。だから、三角形の面積を解くときに、三角形の面積の公式を導出するところから始めなくて良いわけじゃないですか?いきなり底辺×高さ÷2という式を使って良いわけでしょ?すると、5割=2分の1っていうのも人類共通の認識なのだから、いちいち説明なんかいらないと思うんですよね。

 

というのが、私の意見なのだが、皆さんはどう考えるのでしょうね?ただ、このトピックについて考えたときに、私はそもそも算数や数学って何のために学んでいるのか?が分からなくなってきた。800円の5割は2分の1ではなく。0.5をかけないといけないとする派は、算数を通じて何を学ばせようとしているのか?が理解できないのだ。2分の1はダメで。0.5にこだわらないといけない理由はなんなんだろうと思うわけです。2分の1と0.5は=とできる数字だと思うんですよ。例えば10分の5または0.5が正解になる問題で、10分の5と0.5は同じなのだから、回答にどっちが書いてあっても、私は正解にすべきだと思う。分数で書くこととか、小数で書くこととか、指定がない以上は私の感覚だと、どちらも正解にすべきなように思う。それは「=」で結び付けられるからです。同じだからです。つまり。0.5が正解ならば、=で結び付けられる2分の1を認めない理由がないというのが、私の感覚なのです。

 

今回は数式においての話だが、例えば私が受験生時代に受けた大学の入試問題の英語の日本語訳の問題で、「be absorbed in」という部分が使われていたことがあるんですよ。実際に訳すのはこの熟語を含めたもっと長い文章全体なのだが、これは大学受験においてはよく使われる熟語として有名で「没頭する」という意味になります。私はその日本語訳の問題で、この熟語の部分は「没頭する」と書いた記憶があります。でも、別に「集中する」とかでも良いと思うんですよ。「夢中になる」とかでも、文脈的に正解に含まれるかもしれないです。結局、これらって言い方は違うけど、意味はほぼ一緒じゃないですか?恐らくこういった表現を使っても〇になる可能性は高いと思うんですよ。こういう訳の問題では一通りの訳し方しか認めていないとは思えません。意味が一緒と捉えられるならば、別の表現でも良いはずです。でも、算数や数学ではそれを認めませんって言っている等しいわけですよね。没頭すると集中するは=で結び付けられるか?どうかは分かりません。ほぼ同じ意味ということは言えるかもしれないが、全く同じか?というと分からない。ただ、0.5と2分の1は紛れもなく=だと思う。そうなると、この問題は0.5じゃないとダメで、2分の1ではいけないと主張する人は、さっきの英語の問題で「be absorbed in」の部分の訳し方で、例えば「没頭する」はOKだが、それ以外の表現は一切認めないと言っているに等しい気がしてきて、学問的に変な感覚になってしまうのです。集中するも、熱中するも、夢中になるも全部×とか△にされたら、納得しない人も多いんじゃないか?と思うのです。そういう細かいところまで問う意味が分からないというのが、文系の私の感覚ということになります。理系の人だとまた感覚が違うのでしょうかね?その辺はちょっと分かりませんが。

 

小学校6年分の算数が教えられるほどよくわかる (BERET SCIENCE)

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