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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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林修氏が浪人制度を否定し、廃止した方が良いと言っているが何のメリットがあるの?

受験勉強、大学の選び方 大学生活、教育問題
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大学受験は現役で入る者とそうじゃない者に分かれる。いわゆる浪人をして大学に入る人間が入るわけだが、ちょっと前の記事になるけど、林修氏が以前番組で浪人制度を否定する発言をして話題になった。それが「林修氏が大学受験における浪人制度を否定 必要ないと断言する根拠は - ライブドアニュース」でまとめられていたので、それを引用したいと思う。

 

>9日放送の「初耳学」(TBS系)で、林修氏が大学受験における浪人制度について持論を展開した。 この日は、スタジオに都心大学に通う女子学生が18人おり、そのうち6人が浪人時代を経て東京大学に入学したということだ。

すると林氏は「僕は浪人制度は廃止した方がいいと思っています」と主張した。その理由について、現代は入学者数が現役受験者数を上回っているからというのだ。つまり浪人生制度がなければ現役生はもれなく入学できるという。

林氏は「逆に言えば、浪人制度があるから浪人が次の(来年の)浪人を押し出すシステムになってる」と統計データを用いながら説明。希望する大学ではなく、高校3年間で培った学力に見合う大学に必ず入学するというシステムに移行すれば、高校時代の勉強の質が変わると力説した。 林氏は浪人制度を廃止するタイミングは「難しい」としつつも、「この数字を見ると浪人制度はなくてもいいだろう」と断言していた。

 

林修氏は浪人制度を廃した方が良いとしているが、その根拠はよく分からない。高校時代の勉強の質が上がるとしているけれども、高校時代の勉強の質を上げないといけない理由もよく分からないのです。そもそも高校で勉強することって、高校を卒業するとほとんどやらないと思うんだけど。理系はよく分からないが、文系は大学に入ってしまうと、大半はやらなくなると思うのだがね。いずれ全くやらなくなる学問を高校時代に一生懸命やる意味がそもそも分からないし、浪人したって一生懸命やっているんだから、いつやるか?の時期の違いの問題であって、高校時代に限定する意味も分からなければ、そもそも浪人している人が高校時代に一生懸命勉強をしていなかったという理由にもならない。浪人ができなくなると、高校時代にたくさん勉強をする人が増えるという理屈は理解できない話ではないものの、それをやる必要がどこにある?という部分が何も書かれていないので、それって必要性がそんなにあるもの?というのが疑問です。

 

そもそもすでに言ったように、結果的に浪人をしている人だって現役のときにはそれなりには勉強していたんじゃないか?と思う。勉強をしていたと思うし、高校時代にやったことも浪人時代にやったことも、いずれ全くやらなくなるのに、そんなに一生懸命やる意味は何なんだろうか?それで飯が食える人間はなかなかいないだろうし。そして、そして、林先生は気付いていないかもしれないが、浪人というやり方を完全に廃した場合、1番の問題って何か?っていうと、間違いなく自殺者数が増えるということです。つまり、1回のチャンスを逃したら、もう希望の大学には絶対に行けないとなるならば、間違いなく自殺する人が増えると思う。今だって大学受験に失敗して自殺する人いますよね。でも、まだ来年以降もチャンスがあると分かっているから頑張れるが、あれだけ勉強したのに何らかのミスで受験の失敗したら、死ぬ人間は増えるだろうね。新卒カードを失った就活生みたいな状況が増えて、全国でこういった問題が頻発しそうな気がする。

 

おまけに林先生は現役の受験者数だけで全ての大学に入ることができるとしているが、それは事実だけれども、それって東大からFランまでの全ての大学の話をしているわけじゃないですか?つまり、各大学に定員がある以上、全員が同じだけ頑張っても、同じ結果にはならないわけ。つまり、浪人を廃止すると実力と結果がより比例しない状況が生まれるわけ。高校3年間で培った学力に見合うところを選ぶべきと言っているが、それができないでしょう。今言ったように各大学に定員がある以上、ある世代の受験生全員が全く同じ学力だとしても、全員が同じ大学には入れません。全員が同じ学力なのに東大とFランっていう差が出てきてしまう。浪人ができるからこそ、ある世代の東大に入った学力と同じ人が、その世代では東大に入れなかったが、別の年に東大に入れるようなことが起きる。学力に見合った大学っていうのが、その生徒の学力と大学の偏差値や難易度という部分で決まるならば、浪人制度を否定すると、より実現されなくなると思うのですが。実際、浪人制度がなくなると、現役の間に勉強をしないと時既に遅しになってしまうから、同じ時期にみんなが勉強するようになってしまい、各受験生ごとの学力の差がそれだけ小さくなりやすいと思う。そうなると、学力は大して変わらないのに、一方は東大で、一方は早慶で、一方はMARCHみたいなことが起き得る。各大学の定員が無制限ならまだしも、定員がある以上は学力に見合ったところに全員が入れるという状況が生じづらくなるのです。

 

そして、最後の問題になるが、林先生が浪人制度は「なくてもいい」と表現していることについて、全く分からないのが、浪人という制度というかやり方に関しては、受験生側のニーズと受け入れる大学側のニーズが完全にかみ合ったうえで存在しているということなのです。受験生は何度でもチャレンジできた方が好都合だし、大学としても何度もチャレンジしてくれた方が収入が増えて経営的にプラスだと思う。つまり、お互いがWin-Winな関係なのに、それを「なくてもいい」というのは、全く理解ができないというか、どういう見地からの意見なのか?がよく分からない。いやいや、完全になくていいわけないんだけど?という受験生や高校生や大学関係者が全国に多くいるはず。そのお互いのニーズがマッチしている状態をぶち壊すメリットは何なのか?さっぱり分からない。

 

社会的に浪人というやり方はかなりメリットがあって支持されている手法になるが、それをやることが誰か迷惑をかけるものでもなければ、林先生に迷惑がかかっているものでもないだろう。ならば、単なる余計なお世話にしかなっていないと思うのだが。そして、こういう林先生のような意見を言うと、じゃあ留年を1回したら除籍で良いんじゃ?って話にもなりかねない。林先生が高校時代の勉強の質が上がると言っていたように、留年は1回でもしたら除籍っていう制度にしたら、大学時代の勉強の質は上がるんじゃないですか?ただ、そんなことを林先生が言うわけないだろうなと思う。林先生も留年をしているようなので、そんなことを言ってしまうと、東大卒という林先生の学歴はなかったことになるからだ。でも、浪人制度を否定するならば、じゃあ留年制度も是非否定してもらいたいというのが、個人的な感想です。

 

 

林修の仕事原論 (青春新書インテリジェンス)

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