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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

嘘はなぜいけない?なにが悪いのか?自己防衛や自己保身に走るのがイメージとしてよくない?

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嘘をつくことは悪いことなんだろうか?という、すごい哲学的なテーマになってしまうが、ふと思ったので考えてみたい。嘘をつくということは悪いネガティブなイメージで捉えられることが多い。しかし、私は嘘をつくことは悪いとは思わない。それは場面を限定しての話ではない。犯罪に当たらない嘘という枠組みで言うならば、常に悪くないと思っています。嘘をつくことは人から嫌われる可能性があるということが挙げられているが、その可能性は否定しないものの、人から嫌われるのを何とも思わないのであれば、別に嘘が悪いことにはならない。それは嘘が嫌いな人がいるというだけの話である。ピーマンが嫌いな子どもがいたところで、ピーマンが悪者になるわけではないのです。世の中の多くの人は嘘はついてもいいものとそうじゃないものがあると捉えているのではないか?例えば、他人にメリットをもたらす嘘などがその代表かもしれない。嘘はなにが悪いのか?と言えば、そういう他人にメリットをもたらさない自己保身に走るような嘘が挙げられることが多い。その嘘は自己中のイメージがあるからだろうか?ただ、自己中で終わらしてしまうのは何とも思考停止な感じもしてきますね。

 

そう、自己中はなぜいけないのか?そこまで考えるべきだ。基本的に自己中=悪い存在と捉えられることも多いが、自己中じゃない人間はそうはいないと思っているので、私はある人間が自己中だからといって否定はしない。ある人が自己中を否定しているのに、自己中と思われる振る舞いをしたら否定するが、自己中を肯定している人間が自己中に振舞うのも何とも思わない。筋が通っているか?が私にとっては重要なのです。ちょっと話が逸れたので戻すけれども、自己保身に走る嘘はなぜいけないのか?説明ができるだろうか?自己保身に走る嘘というのは、例えば自分が寝坊で遅刻したのに、電車が遅れたことにしてしまうようなものがそれに当たる気がする。これは間違いなく自己保身や自己中と呼べる嘘になる気がするが、これはなぜいけないのだろうか?イメージはよくないですよね。他人のせいにしているような感じがあるから。他人のせいにしているとは言っても、この場合には鉄道会社にこれといって損害が出るということはない。基本的に困る人がいない。遅刻の理由が寝坊だろうが、電車の遅延だろうが、遅刻をした事実は揺るぎない。そして、遅刻をしたことによる会社に対する損害はどっちにしろ同じだけ生じてしまう。本人にとってみれば遅刻をしたという事実はもう覆せるものではない。あとは自分がどれだけ怒られるか?の問題でしかない。

 

そして、本人が一応反省している場合、その遅刻をした社員を上司が怒る意味というのが実はあまりない。つまり、怒られないといけない必要性が乏しいならば、少しでも起こられない言い訳をするというのは自己防衛の手段ではあるが、別に何が悪いとは言いづらいのです。自分が少しでも責められづらい嘘をついたという話になるが、反省をすでにしている前提ならば、その遅刻をした社員を責める意味合いがほとんど存在しない。怒る理由は2度と同じミスを繰り返さないためにという意味合いが強いだろうが、本人が反省をしているならば、責める理由がもうないわけだ。しかし、「私はすでに反省しているので、あなたが怒る意味はないですから、怒らないでくれますか?」と言ってもまともに聞き合ってくれる上司はいないだろう。つまり、怒られる意味がない状況でも怒られることを受け入れないといけないならば、少しでも怒られないようなシチュエーションを作るのは間違っているともあまり思えない。こういう嘘が間違っているならば、反省をしていると言っているのにまた遅刻してきたとかのケースはともかく、初回の遅刻ならば、反省をしている部下を上司が怒ることまずおかしいというか、意味がない行為とも言える。

 

つまり、この場合には嘘をつかせる原因が別にあるってことになる。実際、この場合の嘘は客観的になにいけないと言えるだろうか?強いて言うならば、鉄道会社の信頼を失わせるような発言をしているということだろうか?確かに電車が遅延をしたという事実がないのに、それを発言すると鉄道会社の信頼は多少失われる可能性がある。それは嘘のなぜいけないか?に対する回答の1つになるでしょう。しかし、それは別に嘘でないとしても同じである。本当に電車が遅延をした場合に、電車が遅れたんですけど?と理由を話せば、どっちにしろ鉄道会社の信頼は失われてしまう。何か特定のものの信頼が失われる行為がダメならば、それは嘘か?本当か?は関係なくなる。嘘をついて特定のものの信頼を貶めてはいけないと主張する人もいるだろう。そういう人に聞きたい。じゃあ、事実ならば良いのか?という話になる。芸能人のゴシップ記事などを書いている出版社がたまに訴えられることがあるが、これは書いた内容が事実であるケースも多分に含まれているだろう。名誉毀損罪は指摘された内容が事実か?嘘か?は問われない。つまり、日本の法律を基準にすると、特定の人物や団体などの名誉を損ねる発言や指摘は事実であってもダメなのだ。

 

つまり、先ほどの例をまた持ち出すと、鉄道会社の名誉にかかわるから嘘をついてはいけないとなると、鉄道会社の名誉に同じくかかわるのだから、本当に電車が遅れてもそれを指摘すべきではないとなる。嘘はなぜいけないのか?の理由にはなりえず、他人の信頼を失わせる行為がいけない理由にしかならない。ただ、細かいことを言うと、名誉毀損罪は不特定多数の人間に対しての発言や指摘になっているので、上司だけに話すとかならば問題はない。また、電車の遅延に関しては公共の利益に関する事柄は該当しないと思われるので、その点に関しては例が不適切だったことは申し訳ないと思うが。ただ、言いたいことは分かってくれたのではないか?と思う。嘘をついて他人を貶めるのがダメならば、本当のことだってダメなはずだ。つまり、ほとんどのニュース番組はNGなことを放送していることになる。嘘はなにが悪いのか?という問題で議論される内容は、実は嘘か?どうかはあまり関係ないものが相当含まれている気がするのです。そして、ネットがこれだけ普及している現状では、特定の人物や団体に関する評判などの書き込みはいたるところで行われているが、事実か?そうじゃないか?を問わずその特定の団体や人物の信頼を失わせるような書き込みは常に溢れている。嘘がなぜいけないか?で自己保身に走り、他人の名誉を傷つけるからダメならば、同じくダメな行為がいくらでもある気がするので、そういう人たちが自己保身に走る嘘はダメと言ってもあまり説得力がない気がする。

 

例えば、ごますりとかも嘘の類型になると思うのだが、こういうのは少なからず多くのサラリーマンはやっている気がします。本音を言わないっていう意味での嘘は誰でもつきますよね。残業をやりたくないが、残業を頼まれたら嫌な顔1つせずにやるというのも1つの嘘じゃないですか?業務命令だから簡単に拒否は出来ないものの、やりたくないならば、できればやりたくないんですけど?と言うだけならばとりあえず良いのだが、まず言えないですよね。それは会社内での自分の立場を思いやってのことでしょうけど、これも結局は自己保身じゃないですか?自分を守るために嘘をついているわけでしょう。ただ、こんな嘘はみんながやっているから、いちいち悪いものとしては扱われない。嘘をついているという認識すらないかもしれない。この嘘の連鎖によって、日本ではどんどんブラック企業が増えていくというような指摘もどこかで見たが、こんな感じでこの嘘についてもデメリット部分を探そうと思えばあると思いますよ。嘘は特定の誰かにとってメリットをもたらすが、特定の誰かや不特定多数にとってはデメリットになる可能性があります。

 

残業でやる気をアピールする人たちに対して迷惑している系の記事をキャリコネニュースで見た気がするが、みんながみんなやりたくもない残業をやりたくない素振りを見せないから、いつまで経ってもそういう状況がなくならないのかもしれない。やりたくない残業を嘘をついて嫌な顔一切せずに引き受けると、みんなが同じ残業に苦しむ状況が今後も続くということになってしまう。嘘は別の言い方でお世辞とか、社交辞令っていう言い方もするが、そういった嘘はあまり問題視されていない傾向にあります。それは先ほど言ったような他人にメリットをもたらすから。こういった嘘は誰もなにが悪いとか思わないで、恐らく日常的に使っている。しかし、嘘をついて他人にメリットをもたらすのは良くて、なぜ自分にメリットをもたらすのはダメなんだろうか?後者のような嘘は自己中とか、自己防衛の言い訳とか言われるが、なぜこっちは否定されるのだろうか?何ででしょうかね?私も考えてみたが答えが出ませんでした。例えば、さっきは電車の例を出したが、今度は別の例を出してみる、遅刻の理由が本当は朝方までゲームをしていて夜更かしをしたからなのに、不眠症で寝られなかったからと嘘をついた場合はどうだろうか?この場合も間違いなく自己防衛のための嘘だ。しかし、自分以外の誰かや何かの信頼を貶める要素もないですよね。本人がちゃんと反省している場合、この嘘をついたことによって怒られる度合いが少なくなったとしたら、単純に嘘をついた本人が得をしている状態と言える。しかし、起きているのはそれだけであり、客観的な損害とかはない。でも、この嘘は恐らく大多数の人は否定するだろう。別に嫌うならば良いんですよ。それは人の勝手だから。ただ、悪いものとして扱うならばちゃんと客観的な理由がいるはずですよね。完全にこの嘘は自己防衛のための嘘です。でも、何でダメなんでしょうか?誰も傷つけない、誰も困らせない嘘と言える側面もありそうだが。他人が得する嘘は良いけど、自分が得する嘘はなにが悪いのか?なぜ否定できるのか?簡潔な客観的な回答があれば是非教えてほしいです。

 

 

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