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就活や保育園で「日本死ね」が流行語大賞トップテンへの批判はやらせ擁護?

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毎年恒例のユーキャン主催の流行語大賞が発表され、広島東洋カープ鈴木誠也選手を表した「神ってる」が大賞に選ばれました。その一方でトップテンには、以前ネット上を騒がせた「日本死ね」が選ばれ、そのことを物議を醸しています。批判も多くあるようですね。そして、選考委員にまで火種が及んでいるのです。それが「「日本死ね」議論 流行語大賞の審査委員・俵万智氏に批判相次ぐ - ライブドアニュース」に載っていますが。

 

>12月1日に発表された「2016ユーキャン新語・流行語大賞」で、トップテンに「保育園落ちた日本死ね」が選ばれたことについて、審査委員を務めた歌人俵万智さん(53)に対し、「俵万智さんが選んだとは思いたくない」などとネット上で批判の書き込みが相次いでいる。  

俵さんは審査委員6人のうちの1人。ツイッターには、「俵万智さん好きなだけに残念で仕方無い」といった批判がつづられた。特に俵さんが歌人であることから「日本の心や日本の言葉を大切にしているであろう俵万智さんが(審査委員に)入っていたのはショックだった」「日本語に対して最も研ぎ澄まされた感性を持っていなければならない職業のお方がこの様ですか」「俵万智さんのような歌人がこんな直接的な死ねって言葉を評価するとはね」と失望感をあらわにする意見が寄せられた。

俵さんは大学卒業後、神奈川県の公立高校で国語教師として働いていた。このため「俵万智さんが選んだとは思いたくないですよね。彼女は神奈川県の高校で子供相手に教師をしていた人ですからね」といった意見も。

中には「大賞の審査員を辞めたほうがいいと思うな。言葉を紡ぐ歌人としての経歴に傷がついてしまいますよ」という忠告もあった。  「日本死ね」の流行語大賞トップテン入りをめぐっては、タレントのつるの剛士さん(41)が自身のツイッターで「とても悲しい気持ちになった」と投稿し、波紋を呼んでいた。

 

日本死ねという言葉は保育園や就活で使われたのが話題になってネット上で主に広がったものです。こういう批判に関しては古市憲寿氏が「死ね」という表現はあくまでも比喩であり、単語自体を切り取るのではなくて、文脈で理解しないといけないと反論していたが、それも分からないでもないものの、個人的には問題はそこではないと思います。私自身はこの言葉が流行語大賞のトップテンに選ばれたことについては特に感想はない。別に選ばれることが間違っているとも思っていない。確かに綺麗な言葉ではないが、流行語大賞は流行語を選ぶイベントであって、社会的に評価された言葉を選ぶ場ではない。実際に、就活や保育園での「日本死ね」が流行した言葉と言えるか?どうかは別にあるとして、審査員がそれを流行語だと感じたならば、それを選ぶのは差し支えないだろう。むしろ、流行していると認めているのに、あえて外したとしたら、それはやらせになる。流行語大賞日本死ねにやらせなんてあったら、そっちの方が個人的には不適切に感じる。だから、これが選ばれたことに関して、私は何の悲しみもない。実際、日本という国において、そういう不満が渦巻いているのは事実だろう。就活や保育園で日本死ねに近い思いを抱いている層は別に少なくないと思うし、この2つだけに限らない。あらゆる不満が渦巻いているのがこの国であり、それが流行語大賞に選ばれるっていうのは、問題の周知としてはちゃんと機能は果たしていることになる。

 

個人的に思うのは、この日本死ねが不適切だとしたら、今年の1年の漢字で「災」とかもあまりいい気がしないと思うんですけどね。あと、「偽」とかも。あれもマイナスイメージを多分に含んでいる一字が選ばれることがあるが、そんな漢字を選んだら、今年の日本はそういう一年だったの?と悲しい気持ちになる人もいるんじゃないか?と思います。日本死ねという言葉についても、悲しいとか、憤りを覚える人がいるのは事実だろうが、特定の誰かに向けられていないならば、それを使っている人間も法的には何の問題もないはずで、単なる憂さ晴らしの発言でしかないだろうね。個人的には死ねというのはどうか?って感じもするけど、本音をもっと言えるような世の中になってほしいと思う。不適切とか、悲しいとか言うのは簡単だ。それを言うだけで誰かを否定できるんだから。ただ、それだけの否定が批判として意味を持たれては、気に入らない言動の多くを簡単に否定できてしまう。そして、押さえつけられてしまう。多くの人は現実的に、こういう否定がくるのを恐れたり、誰かに嫌われるのを恐れるあまり、本音を言おうとしても言えない。ネット上だからこそ生まれた言葉とも言えるかもしれないが、あまり北朝鮮みたいな状態になってほしくないので、不適切や悲しいだけが理由ならば、個人的にはあまり問題視する必要はないと思う。個人が不適切や悲しい感じるものを全て否定されてしまったら、もはやまとな生活はできない。酒を飲んでいる人を見て、飲酒運転で亡くなっている人がいるっていうのに悲しいわ。とか言われても、多くは賛同しないだろう。それは結局多数決の原理なんですけどね。

 

今回の日本死ねに関しては言葉選びはともかく、言いたいことの中身に関しては共感するレベルでもある。それに冒頭でも言ったように、流行語を選ぶイベントなので、流行した言葉ならしょうがない。それが流行してしまった原因を作った側(この場合は政府か)を叩くならばまだしも、何で流行語を選んだ側が叩かれないといけないのは謎ですね。批判者は日本死ねはやらせによって排除した方が良いってことなんだろうから、やらせが正しいって思っているということなんでしょうか?所詮は民間企業が行っているイベントでしかないので、文句があるならば別の団体を作って、そこが別の基準からの流行語大賞を発表すれば良いというだけなんですけどね。ユーキャンが主催する流行語大賞の基準はこうだったというだけの話だと思います。

 

 

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