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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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日本の教育はおかしい?特徴や問題点はどこ?洗脳や腐っている点は個人的には校則の部分

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日本の教育はおかしいと感じている人も多いのかもしれないが、やはりそれは個人的にも否めないです。日本の教育は腐っていると言う人もいます。なぜ日本の教育はおかしいと考えるか?ここで言う教育というのは学校で学ぶこと全般にわたっての話ではない。一部に限定しての話になるが、例えば校則です。校則は学校や世の中の都合によって大人たちが決定して、子どもたちに強制している。その現状をいちいち疑う人は少ないと思います。私自身もかなり素直に校則にはしたがっている方だったと思います。高校生の頃には襟足が長くて2回くらい注意されたことがあったけど、ちゃんと切っていきましたからね。ただ、あのときの自分の現状を見ると、学校や社会の奴隷だったなと思っています。今更振り返ってみると、都合のいいように操られていたのかな?と。大人になると、私はある疑問を抱くわけですね。校則の存在意義や根拠って一体どこにあるのか?ということです。日本の教育の問題点はまずここにあるんですよ。学校生活の根底である校則について誰も教えないということです。

 

生徒手帳とかに書いてあって、それを各自チェックして遵守しろというくらいでしょうか?たいていはそういう感じじゃないですか?子どもは素直だし、思考力もそこまで長けていないから、それを守る子が多い。疑問も抱かない。しかし、子どもから見て疑問に思わなくても、大人から見ると疑問に思う校則は実はいくらでもあると思う。以前、どこかの学校の教師が新聞に投書していたのがネットでも話題になったことがありました。それは生徒のピアス禁止や髪型や髪色を拘束する校則に対する是非についてのもので、戦前の統制主義と同じだとするものでした。こういうのを大の大人が、しかも教育関係者が放ってくれたことについては個人的には称賛したい。しかし、ネット上の反応は否定的な意見が目立っていたと思います。でも、ここで重要なのはその否定的な意見の中に、そういった校則が存在する正当性を示すものが何1つないってことです。『その程度の校則を守れない奴に将来なんかない」とか、もはや論題と関係ない(その程度の校則がなぜ必要なのか?の議論なのに)ところからの意見も目立ったりと、やはりこの教師の目の付け所は間違っていなかったんだなと私は確信した。日本の教育の問題点やおかしいところは、根拠を提示しない人間が増えることなんですよ。

 

ある意味、学校での教育は「なぜ?」と問うケースが少ないように思います。校則はその一例です。その校則がなぜ必要なのか?を大人たちが誰も説明しない。それが存在するのが当然のように作って、守らせるだけ。中には校則の存在意義を聞く生徒もいるだろう。しかし、納得のいく答えが返ってこないならば、これは教育ではない。脅迫だと。大人という権力を武器にして無理矢理守らせているだけなのだ。脅迫という言い方もできれば洗脳という揶揄の仕方をする人もいます。洗脳と説得の違いがよく分からないので、日本の教育は洗脳という見方もできるのかもしれないが、私はこういった面に限って言えば、脅迫に近いと思います。私自身大人になってから、あるネット上の場所である人に「なぜ髪の毛を染めてはいけない校則があるのですか?」と質問してきたら、「風紀が乱れるからです」と予想通りの回答が返ってきた。その後、「風紀が乱れるってなんですか?どういう状況ですか?その風紀が乱れるとどういう困ることがあるんですか?」と、かなり具体的な質問をしたら、それ以降返信がこなかった。そらそうだろう。私がこの質問をされたら何も答えられない。たいていの大人は返答に困るとアバウトな用語を使いたがる。非常識とかがいい例かな?今回の場合は「風紀が乱れる」です。そういうアバウトな言葉で誤魔化す大人が多い。逆に黒髪が風紀が乱れないと言える根拠なんかを問うなたら、どう反論してくるのか?というのも気になる。髪の毛を染めた生徒がクラスにいる=風紀が乱れるなんて定義はない。勝手に大人がそう決め付けているに過ぎない。

 

大の大人が髪の毛を染めることを禁止する拘束の正当性を説明できないのだ。恐らく教師も同様ではないか?と思う。風紀が乱れるが定番の常套句だけど、世の中の都合に合わせるように、子どもに対して正当性のないルールを強制する。これが日本の教育の腐っているところだと思う。誰だって、何でこんな法律があるの?と疑問に思えば、根拠が知りたくなるだろう。しかし、まともな根拠が仮に存在していないとなれば、何でそんな法律があるのか?何でそんな法律を守らないといけないのか?と思うはずだ。そういった根拠に対する疑問を全く抱かないで生きてきた人はまずいないと思う。ってことは、こういった校則に関しての根拠に疑問を抱くのも当然で、それを説明する人間がいなければならない。しかし、私は今のところちゃんとした説明をする人間に出会ったことがない。理屈で言えば、学校のルールは学校が法律に反しない範囲で自由に決められるので、それが正当性にはなる。しかし、この理屈を支持する者は、同様の理屈に当てはまるケースで全て支持しないといけない。つまり、憲法に反しない法律は同様に文句を言うべきではないとなり、例えば年金制度に文句を言っている人間は、この理屈を支持していないわけだから、当然髪の毛を染めないといけない校則を、「学校が決めたことだから」という理屈のみでは是認してはいけないことになる。別途ちゃんとした理由が必要なのだ。

 

そういった間で矛盾する行動をとる大人が非常に多いし、そういう大人を育成する日本の教育は問題点が大きい。そういう大人を育成するための洗脳が日本の教育にはあるということだろうか?日本の教育の特徴はやはり根拠を教えないところにある。外国でもそういった点はあるかもしれないが、なんとなく日本の教育の特徴のような気がしてくる。日本の教育に限らないけどこういう点は本当に腐っていると思えてくる。都合のいい大人が都合のいい子どもに仕立て上げて、都合のいい大人に誘うわけだ。そして、大人になって都合のいいことしか言わない。本当に日本の教育は腐っていると感じる側面に感じる。実際、さっきの新聞の投書みたいに世の中の常識とずれている意見を堂々と言ってくれる教育者なんてなかなかいないでしょう。教育者自身が問題提起をして、問題点があるならばそこを変えていく努力をしないととなかなか変わらない。しかし、そういった常識から逸脱する意見はなんやかんやで否定される。その否定意見の中に正当性が含まれているケースはそんなに多くないと感じるが、多数決の力で押し切ることが可能であり、正当性のないルールなどがその後も維持されるという仕組みになっているのです。そして、それは大人の社会でも存在していると。

 

日本で同調圧力がすごい原因として、私は過去に「息苦しい社会の同調圧力が嫌い、気持ち悪い、ウザいとする原因は出る杭を打つ教育にある - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事で、教育を問題点として挙げたが、それと同じようなことかな?と思えてきます。日本の教育の特徴はすでに述べたようなところにあると思います。日本の教育はあるべき姿というのがかなり狭い範囲で存在していて、そこから逸脱しないように作り上げていく過程になっている。それが洗脳と呼ばれる所以でもあるのかもしれないが、個人的にはそれは日本の教育の問題点だと感じる。日本の教育のおかしいところは誰もが感じているのではないか?と思います。その理由は異なる可能性があるが、少なからず問題視している面があるならば、多くにとって日本の教育はおかしい面があると言えるのではないでしょうか?教育っていうのは子どもが受けるので、1番反論できない年齢の子たちが良いように扱われてしまうものです。だからこそ、反論できる存在である大人はもっと自分が持っている意見を言って欲しいと思います。

 

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