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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

選ばなければ就職できるし、選ばなければ仕事はある、職あるは根本的に間違い

働くことへの意識 就職活動
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選らばなければ仕事があるのは確かに事実だと思うが、それは選らばなければ採用されるとは違うし、選ばなければまともな企業で働けるとは違う。選ばなければ仕事があるというのはよく言われる言説で、あるディスカッションみたいな機会で、2ちゃんねる元管理人のひろゆき氏と東大の教授が議論をしていたのだが、そのときにひろゆき氏は、巷でよく言われているような「選ばなければ就活は上手くいく」という意見で、東大教授は上手くいっても、就職先がブラック企業では問題がないという意見を言っていた。ひろゆき氏はブラックか?どうかは主観だから、長時間労働でも楽しく働いている人がいるならばそれは良いんじゃないの?と、以前話題になったエイベックスの松浦社長だっけ?あの人と同じような考えを話していたのです。この意見自体は一概に間違っているとは思えないけど、裏を返せば全員が長時間労働で満足しているわけではないので、それを問題だと感じている人も一定割合は絶対にいるはずだということになる。

 

したがって、長時間労働でも楽しく働いている人がいるから、長時間労働が問題ではないとは言えないのではないか?別の例を挙げると、タバコやお酒が年齢制限になっているのも、本人が健康リスクを負うならば、20歳未満の人間が嗜んでも良いじゃないか?という理屈と同じな気がします。子供は思考力が発達していないから、健康リスクについて正しく考えられないといった反論もあるかもしれない。しかし、長時間労働がどこから自分の健康リスクになるか?というのは、大人であっても判断は容易ではない。国が目安として一応基準は出してはいるが、それは一般的な平均値に近いようなものだと考えられ、全員がそのラインを越えたらいきなり健康被害を感じるわけではないから。楽しく長時間労働をしている人も死ぬことまで肯定しているわけじゃないだろうから、結局楽しく働いていれば長時間労働が問題ないという理屈ならば、健康リスクがあったって本人が楽しんでいるならば子供が酒やタバコを嗜んでも良いんじゃね?って理屈になってしまうのです。ひろゆき氏がこの理屈を肯定できるか?ですね。あと、ひろゆき氏が言っていたのは、ブラック企業であっても、そこで働いてダメだと感じたならば辞めて再就職をするとか、労基署に駆け込めば良いとも言っていました。

 

労基署に駆け込むというやり方については、東大教授が「労基署はそう簡単には動いてくれない」とすかさず反論するが、ひろゆき氏は「弁護士を連れていけば何とかなりますよ?」と反論する。これは東大教授も指摘していたことだが、ひろゆき氏が言っていることは仮に正しいとしても、そこまでの知恵が全員に回るとは考えづらい。つまり、ブラック企業に就職しても大丈夫でしょ?ということが言えたとしても、それはひろゆき氏のような頭が切れる人間の場合はということであって、全員には当てはまらない。部分的な解決にしかならない。事態を冷静に分析して、どう行動すれば1番合理的か?を常に判断できる人間ならば良いが、そういう人間は多くないだろうということで、ひろゆき氏が言っていることは非現実的だと感じられる。また、そもそも辞めて再就職をするということに関しても、現実的な案だろうか?と首を傾げずにはいられない。それは問題を解決する1つの手段にはなりえても、全員にとってとれる手段ではない。再就職できない人間は絶対にいる。

 

そもそもこの問題はブラック企業でも良いならば就職できるはずという、ひろゆき氏の意見からスタートしているわけだけど、選ばなければ就職できるという出発点が私は違うと思う。選ばなければ就職できるというのは、ひろゆき氏によれば恐らくブラック企業でも良いと言えるならば、という話だと思うが、ブラック企業でも採用しない人間はいるはずです。私みたいな人間は恐らくブラック企業でも採用されない可能性が高い。なぜならば、私は面接という場が大嫌いで、大の苦手だからだ。だから、本音を言い合うような場ならばかなり饒舌に喋ることができる。しかし、本音ではなくて建前で話さないといけないような場はやる気がまず出ないし、無理矢理やる気を出してもまず喋れない。私もわずかだけど就職活動を経験した身なので、自分がどのくらいの確率で就職できるか?はよく分かっているつもりだが、私が就職できる可能性は極めて低かっただろう。現実的にはコミュニケーションが全くとれないような人もいるはずで、そういった人はさすがにブラック企業ですらちょっと敬遠したくなるのではないか?選ばなければ就職できるとは言うものの、選ばなくても就職できない人間は現実的に考えられるのではないか?と思います。

 

つまり、ひろゆき氏の言う選ばなければ仕事はあるとか、就職できるという発想は100%という全体の話ならばありえない話に近いと思う。仮にブラック企業を含めた場合に100%就職できるとしても、ブラック企業に就職して、その後臨機応変に対応して、問題ない職場を見つけられる行動をとれる人間は全員ではない。そして、ここが1番重要かもしれないけど、ひろゆき氏がブラック企業でダメだと思ったら辞めて再就職をすれば良いと言ってしまった時点で、「ブラック企業への就職は問題だ」と言ってしまっている等しいわけじゃないですか?つまり、筋が通っていないと思うんですよ。東大教授はブラック企業への就職ではない意味がないと言っていたが、ひろゆき氏はブラック企業への就職でもとりあえずは良いと言っているわけですよね。でも、その後ダメだと感じたら辞めれば良いと言っているならば、1度ブラック企業に就職したがダメだと感じた人の意見自体は尊重しているわけだから、「就職先がブラック企業では意味がない」ということを認めていることになり、それは先ほどの東大教授の意見も尊重してしまっているわけです。当然就職する前にダメだと感じた企業に就職するのを避ける人の意見も尊重しないとおかしいですよね?つまり、ブラック企業自体が問題だと認めていることになり、そこに就職すること自体が問題だという解釈になりますよね。だから、ひろゆき氏がブラック企業への就職でも問題ないという意見を貫くためには、ダメだと思ってもそこで働き続ければ良いじゃん!みたいな発想になっていないといけないと思うのです。

 

ひろゆき氏の意見はこうやって俯瞰してみると、ブラック企業は存在そのものがダメで、そこに就職してしまっては意味がないという見方にとれると思うんですよね。選ばなければ職があるか?どうかについてひろゆき氏はYESだとしていたが、こうやって見てみると、ひろゆき氏はNOと答えるべきだったのではないか?と思えてきます。こういった選ばなければ仕事はあるという問題について考えるときには2つのポイントが必要だと思います。1つは私が言ったように選ばなければ仕事があると言うのは=誰でも選ばなければ採用されるわけではないということです。そして、もう1つは選ばなければ就職ではできるとしてもその就職先がブラック企業だったときの問題点です。そういった問題を含めて考えると、選ばなければ就職ができるとは限らないし、選ばなければ職はあるとしても、だからといってブラック求人では意味がないということが言えると思いますし、ひろゆき氏の言っていることは矛盾が生じている気がするのです。

 

 

若者を殺し続けるブラック企業の構造 (角川oneテーマ21)
 

 

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