就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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ブラック企業から逃れられてもブラック国家から逃れられないと意味ない

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ブラック企業で働いていると、そこから逃れたいと思うことは多々あるだろう。今の労働が非常にきついと、辞めたいと思っている人は後を絶たないと思うのだが、辞めたところで解決になるか?というと、ならない可能性もある。というのも、きつい労働から逃れたところで、労働から逃れられるわけではないからだ。世の中にはきつい労働は悪だという価値観もあるが、きつくない労働も悪だという価値観もあるらしい。最近、見たのは「8時間労働」に対する否定意見で、8時間でさえも長すぎるという意見だ。1日8時間で済むようなところも稀だと思うが、仮に8時間労働が常態化している会社であっても、長いと感じる人はいるはず。私も多分8時間ですらきついと感じるでしょう。往復の通勤時間や出社の準備時間などを含めると10時間は軽く越えることになるだろう。そして、当然だが社会人の多くは仕事を中心の生活になる。つまり、仕事がまずあって、その仕事がないときに他のことをするという考え方になってしまうのだ。仕事というのは、夜勤を除いてはどこの会社もほとんど決まった時間帯の範囲内で行われるものだから、時間帯としての選択の余地は少ない。

 

そうなると、8時間労働だとしても、仕事中心の生活にならざるをえない。そういった現状を見て、数日前に話題になった「社会人って破綻してない?」みたいな意見が出てくるわけです。実際、8時間労働だったとしても、就寝、食事、風呂、買い物など生活に必要な時間をかければ、その日1日自分のために使える時間って実はほとんどないというケースもあるみたいだ。こういう状況を見ると、何のために生きているのか?の問いに対する答えとして、働くために生きているんじゃ?と思えるような状況が容易に想像されてしまう。仕事に振り回されて、自分の好きなことに時間を使うことが難しい。それが8時間労働ですら起きているという。8時間労働は長時間労働よりはマシだというだけであって、8時間労働ですら不満が多く出てくる状況なわけだ。結局、ブラック企業から逃れることができても、ブラック国家からは逃れられないのだ。働くということから逃れられない以上は、ブラック企業から逃れることの意味は実は薄れる。労働に関して言えば長時間労働だけが問題ではないのだから、8時間労働であっても結局何らかの問題には遭遇する可能性もある。

 

ブラック企業の問題がそもそもなぜ出てくるか?と言えば、辞めることが簡単にできないということを良いことに、経営者や上司が社員をこき使うことが常態化しているからだろう。つまり、辞めたら生きていけなくなる可能性があるという弱みを利用されて、きつい労働をせざるを得ない状況が生じているのだ。でも、それって実は国もやっているよね?って話です。国がやっているのは生きたいなら働けという政策であって、工夫次第では働かないでも生きてけるのかもしれないが、困難なケースも多々あるだろうし、事実上働かない人は生きていけないという風潮は存在していると思います。国にとっても働く人がいなくなると困るという事情はあるだろう。だから、生活の保障は万が一のときを除いて特にはしない。生きたいのならば働かないといけないという現状を作り出している張本人だ。つまり、ブラック企業がほとんどの場合で問題視されるが、私はブラック国家の方を問題視すべきだと思いますけどね。ブラック国家っていうのは日本だけじゃない。世界中の資本主義国のおおよそが当てはまる。実は、北朝鮮はそういう状況ではないらしい。ベーシックインカムではないが、生活の保証自体はこっちの方が進んでいるという。だから、人によっては日本よりも北朝鮮の方が生きやすいと感じるケースもあるかもしれないのです。

 

ブラック企業がなぜ生まれるか?といえば、ブラック国家があるからなんです。働かないと生きていけない状況があるからこそを利用したのがブラック企業なわけじゃないですか?働かなくても生きてけるならば、ブラック企業は生まれていないか?ブラック企業の存在がほとんど問題視されていないはずなのだ。好きでブラック企業で働く分には何も問題ない。だから、嫌なら好きに辞められる状況があるならば、ブラック企業で苦しむ人が出なかったのだ。昨今、ベーシックインカムの議論がいろいろなところで進められているし、世界中で実験を行う国まで増えてきている。日本においてもいずれは導入がされそうな予感もするが、ベーシックインカムがあれば事実上働かないでも生きていくことは可能になるが、私はそれが自然だと思う。働かないで生きられる社会があるべき社会だと思っている。ベーシックインカムに賛成する論者はいくらでもいるけど、恐らく私がベーシックインカムに賛成する理由は、他の論者とは毛色が違うと思う。私はベーシックインカムに賛成する理由は、前にも書いた記憶もあるけど、結局年金制度を批判している人たちを理由のメカニズムは同じなんですよ。

 

年金制度がなぜ批判されるか?っていうと、事実上利用する、しないの選択権が無いからだと思います。将来的に損をするかもしれないゲームに参加する、しないの選択権が各人に自由に与えられていたならば、誰も批判しなかったでしょ?そして、そんな状況があれば恐らく年金制度は破綻する。でも、誰もが強制参加だからここまで不満が爆発しているという状況だと思うのです。保険料の徴収が強制だから、損するかもしれないゲームに参加したくないと文句を言う人が出てくるわけ。未納者も多いみたいだし。結局、そこなんですよ。人生というゲームに参加する自由もわたしたちにはないわけじゃないですか?強制参加ですよね?そして、先人が作ったルールに振り回されながら生きるしかない。「生きたいなら働かないといけない」といルールもその1つですよ。そして、20歳を越えたら年金保険料を払って負ける可能性の高いゲームに参加しないといけないというのも、また1つの先人が作った人生というゲームの中のルールだ。明らかにおかしいと言える部分もある。強制参加をさせるのであれば、参加させられる人たちの自由意思が働いていないわけだから、そこに文句を言える余地が生まれますよね?だから、同じく強制参加の年金制度に文句を言っている人たちは正当な行為をしていると思う。

 

人生という名のゲームに参加して国の発展のための道具に使われているという面はどう考えても否定できないと思うが、そうやって各人の意思表示によらず勝手に国に利用される現状があるならば、当然見返りを要求する権利はあって然るべきだ。それが最低限の生活の保証になる。どこまでの要求をしてもいいか?というのは判断が難しいが、あくまでも最低ここまでは要求しても良いだろうというレベルがあるとすれば、それは最低限の生活保障になると私は思う。つまり、国の発展のために私たちは勝手に利用されるだろう。勝手に利用するというのは、国の都合によるものなのだけど、だったらこっちの都合も聞いてよ?っていうのは理屈で考えたらおかしくないと思うんですよ。しかし、強制的に働かされている国民の自由な要求というのは基本的には聞かれない。民意がよほど大きくなれば国が検討することもあるだろうが、今のところ、強制的に働かされている現状をおかしいと感じている国民はそれほど多くないのだろうから、民意になりづらい。しかし、理屈で考えたら今常識的に世界で起きていることは、おかしいと断言できるほどのことだと思うので、それが継続される限りは私はそういう国はブラック国家と呼ばざるを得ないと思います。だって、ブラック企業が使っている手口と変わらないんだもん。

 

この国に召喚された時点で本人の自由意志は働いていない。そして、自殺は犯罪とされ、生きるしか選択肢がない。だから、本来は働く、働かないにかかわらず生きるために必要なお金を要求する。これは全くおかしいとは思えない。働かせるならば尚更だが、働かない人間に対してもBIのような最低生活費を渡す仕組みがあって当然だと私は考えるのだ。逆にこの世に生まれる、生まれないの自由のない人間が、自由意志によらずに生まれてきて、大人になれば命を削りながら働くことを当然のように考える思想の方が理解できないのだ。大人になったら命を削りながら働く現実を事前に知ったうえで、自分からこの世に飛び出してくる人間は勝手に働いて生きるべきと言えるかもしれないが、人間はそうじゃない。親と国の意思によって私たちは生まれてきて、大人になると命を削りながら働くことを余儀なくされる。変な話ですよ。メリットやデメリットなどを事前に考慮して、自分でその道を選択できないのに、勝手に選択された状態で、苦痛を与えられることが当然になってしまっているのだ。しかも、それは人間の生き死ににかかわる問題であるのにかかわらず。それが当然とされている風潮は全く理解できないし、それを当然と考えている国家はブラックだと思っている。世界中でベーシックインカムが生まれたとき、私はその国をブラック国家とは恐らく扱わないだろう。

 

 

ブラック国家ニッポンを撃つ

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