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中学校の英語教師にTOEICで730とる実力なんて本当に必要なのか?

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京都府の中学の英語教師にTOEICを受けさせたところ、中学校で英語を教えるのに必要とされている730点に届かなかった人が続出したらしい。これはひどい!というのが世間の反応らしいが、私はいろいろな意味でいたって冷静だ。それはマズイの?くらいの感覚でしかない。そもそも730点というスコアはどこから出てきた基準なのか?妥当なのか?もよく分からないけど、英語力を測るのにTOEICを用いている時点で、私は疑問なわけだが。TOEICというのはそもそも英語力を正確に測れる試験とは思えない。というのも、TOEICは慣れが非常に大切な試験で、慣れてさえいれば高得点も出やすいが、初回だと英語力があっても得点は伸びない。私も受けたことがあるけど、初回のときにはとにかく過去問とかもほぼ何もやっていない状態で受けたんだけど、まず時間が全然足りない!全問解き終わりません。私は19歳のときに初めて受けました。19歳というのは、私の人生の中で1番英語ができたときだと思います。なぜならば大学受験で英語を勉強した直後だからだ。

 

そのときのスコアは530点くらいだったかな?私よりも英語ができると思われる同じ大学の知り合いが受けたら470くらいって言ってた。私が合格した大学は英語がそれなりに難しいと言われている大学なのだが、現実はそんなもんですよ。私もその知り合いも一般入試で合格している。知り合いはどうか?知らないけど、私がスコアが伸びなかった原因ははっきりしている。時間が足りないから。もっと言うと、TOEICという試験に全く慣れていなかったからだ。センター試験の英語も同じです。センター試験の英語についても、私なんか最初にマーク模試(センター試験の形式の模試)を受けたときには、同じように全く時間が足りず、とてもじゃないが全問は解き終われない状況でした。結果はあまり覚えていないけど、本当に酷い点数だったと思いますよ。それを1年くらいかけて勉強してそれなりの点数とれるようになったわけだ。それは学力が上がったからというのあるけど、やはり慣れが大きかったと思います。解き方の戦略などをちゃんと考えて対策を立てましたからね。TOEICも同じように戦略をちゃんと立てて勉強をして慣れていけばスコアは200とか、300くらいは普通に上がると思います。それこそ英語の実力がどうであれ、テクニックの部分である程度カバーできる試験なのだ。なぜならば問題は比較的簡単だから。

 

したがって、TOEICのスコアで英語の能力を測るやり方自体に私は非常に疑問だし、そもそもTOEICみたいな問題が解ける能力が教師に備わっていないといけないという見方が、今の英語教育の問題点な気がするんですよね。私たちが日本語を話すときに、正確な日本語を話しているか?というとそうではないですよ。結構間違ってますよ。間違っているけど意思疎通はできます。英語というのも所詮はコミュニケーションのツールなわけで、最終目標は意思疎通ができるか?なんですよね。ある有名な番組で「出川イングリッシュ」という言葉が生まれたらしいが、ネット見たんだけど、出川哲朗氏の英語に対する姿勢は素晴らしいといろいろな人が褒めているんですよね。出川氏の英語ははっきり言って中学レベルにも達していないと思う。文法なんて概念は存在しない。ほとんど単語の羅列で、ときにはジェスチャーを用いての会話しか出来ないが、ちゃんと最終的には彼の言っていることは分かってもらえる。逆に英語がペラペラな別の人が会話をしようとすると、会話はちゃんとできているが、言いたいことが伝わっていないことがあるのだ。さっき言った番組では、英語を駆使してアメリカ人に対して、あるクイズの答えを教えてもらって、それを答えるという企画があるのだが、出川氏は中学レベル以下の英語力でも答えをちゃんと聞きだして見事正解、しかし英語がペラペラなタレントが挑戦すると、そもそも立ち止まって話を聞いてくれるまでに時間がかかる。そして、なんとか答えを聞きだすも不正解というシーンがよくあるのだが、これが現実なんだなーと思いました。

 

別の話になると、ホリエモンセンター試験の英語の問題形式に苦言を呈していて、文法問題とかやめて、長文問題をもっと増やした方が良いですよ。と言っていた。ホリエモンによると、センター試験の英語の問題では10問くらいの4択の文法問題があるのだが、4択のいずれの選択肢を入れても、ちゃんと通じると言うのだ。それには隣で聞いていたマーティー・フリードマン氏も頷いていたが、現実はそんなもんだと思う。言語って良い意味であいまいで良いと思うんですよね。そんな完璧さを求めても、その完璧さを披露する機会って日常ではなかなかありえないと思う。それは日本語において1番実感できる気がする。TOEICの問題も全てがそうというつもりはないけど、似たような部分があると思うのです。問題が解けることと英語を教えられる実力を持っているということが、どこまで=になるか?は結構疑問だ。さっきも言ったけど、そもそも730点ないと中学校の英語を教えられる能力がないという基準自体も合っているのか?どうかよく分からない。現実は、そんなスコアにと届かない人でも中学生に対して塾とかで英語を教えている大学生とかもいると思いますよ。彼らがどこまで満足した授業ができるのか?は分からないが、中学レベルを教えるのに、730点が必要という1つの基準自体が、基準にTOEICを用いること自体が果たして適当なのか?そこから個人的には分からない部分だけど、TOEICを基準に考えているってことは、今の英語教育はTOEICのような問題を解けるような英語を教えようとしているということだろうか?それって受験英語に近い気がするけど、社会で必要な英語力とはまたちょっと違う気もしてくるのは、私やホリエモンだけが思っていることかもしれない。

 

 

TOEICはテクニックだ!

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