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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

面倒くさいという気持ちのおかげで、空腹を感じるのが最近の快感になってしまった話

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「面倒くさい」という気持ちは人を幸せにしてきました。今、当たり前のように存在する便利なツールは人々の面倒くさいという気持ちをなんとかするために生まれてきたものが多いでしょう。それらが全てメリットだけを生んできたか?というと、そうとは限らないが、メリットも含まれているものが多いと思います。「面倒くさい」という気持ちは非常にネガティブなようにも思えるが、人が前進するためには有効な感情なんじゃないか?と思います。私自身、面倒くさいという気持ちがかなりある人間ですが、それによって得をしているなという気がします。例えば、私は料理とかもしたくないし、食事を摂るのも面倒なんですよね。お腹は減るんだけど、そのために食事をするのが非常に面倒に感じることがあります。基本的に私は1日2食しか摂りません。朝起きるのが遅いというのもあって、昼と夜しか食べないが、たまに1日1食のときもあります。それはどうも気分が乗らなくて昼飯を抜くときです。

 

私が何で昼飯を抜くか?というと、買いに行ったりするのが面倒だから、お腹は確かに減るが、買い物をするのが面倒なので夕食まで我慢しよう!と、何も食べないで過ごすときがあります。で、結局夕食を食べれば、その空腹ってリセットされるわけですよ。昼食を食べていないからといって、夕食を食べてもまだまだ足りないなんてことはないわけ。ちゃんとした量を食べれば、ちゃんと満腹感は得られる。そういうときに思うのは、昼食を食べる意味って何だったんだろう?ってことです。食事量を減らせば栄養面などで問題が出ることもあるから、そこは気をつけないといけないものの、空腹を感じるのに何も食べないっていうのが、日本においては自然ではないという状況でもあるから、そういう行動をとる人はあまりいないが、空腹を感じているからこそ、次の食事が無茶苦茶美味しいと感じられたりするメリットもあります。また、単純に食費の節約にもなるし、空腹を感じながら何も食べないことに慣れると、意外と生活が楽になるのです。世界中には空腹を常に感じていることが当たり前のような生活をしている国がありますけど、日本においてはそんな状況の人は限りなく少ないだろう。

 

日本人がなぜ満腹まで食べ物を食べるのか?の回答があるとすれば、それを達成するだけの十分な食料が国内にあるから。そして、それを負担するだけの金銭的余裕があるから。ということになる。つまり、多くの人にとって空腹というのは苦痛なわけだ。だから、それを改善するために、または未然に防ぐためにそれが可能な状況ならば食事を3食など摂っていくわけだが、私にとって空腹は苦痛ではない。むしろ、快感にすら感じる。それは私がMだから。とかではなくて、空腹を感じることにメリットを見出せるからだ。すでに話したように、食事を作ったりする手間が要らないこと、食費が浮くこと、次の食事がより美味しく感じられることなどがある。さらに人によってはダイエットにもなるなど、考えてみればメリットは意外と多くある。私が空腹を感じることを何とも思わなくなった根底にあるのは、食事を作ったり、買いに行ったりすることが面倒に感じてきたから。というものだが、そこから派生したメリットが意外と多くあることに気付いたのです。そして、食事を満足に摂らないことで、生活水準が下がるわけだが、その生活に慣れることで、低い生活水準でも満足できる人間になれたと思っている。つまり、幸せを感じられるためのハードルがかなり下がったと言えるでしょう。

 

冒頭でも書いたが、人々は面倒くさいという気持ちから生活を便利にしてきたが、それは確かにメリットがある一方で、生活水準を上げてしまったがために、一定程度の生活水準が保てないと満足を感じられない社会になってしまったと言える。つまり、人々が幸せという感情を得られるためのハードルがかなり上がってしまっている状況と言える。世の中一般では貧乏な人は幸せではないみたいな見方があるかもしれないが、実はそうではないと思う。現状、貧乏な人は確かに満足そうな生活は送れていないかもしれないが、彼らは現在の生活水準が高くないために、それが少しでも上がるたびに幸せを感じられるのです。幸せを感じるためのハードルが低いとも言えるため、逆に金持ちよりも幸せなんじゃないか?正確に言うと、貧しい人はちょっとしたことでも快感に変わる可能性がある。お金持ちの人はそういうことがなかなか起こりえない。今日や明日を生きるか?死ぬか?というような状態の人は別としても、ワーキングプアの定義にギリギリ当てはまるくらいの人ならば、私は気持ち問題として今後幸せになれる(幸せと感じられる)可能性はより高い状況だと思います。逆転の発想にもなるが、世の中において幸せから遠いと思われている人の方が逆に幸せになれるチャンスがたくさん転がっているとも言えると思うのです。多くの人はそういう発想にはならないかもしれないが、私がそういう状況だとしたら、そういう考え方をして人生を満喫すると思います。お金持ちの人はすでに生活水準が相当高いので、それをさらに上げて、さらなる満足を得るのは難しい。現状を維持するだけでも大変かもしれないが、現状維持では幸せを感じづらいという部分もあるかもしれない。何が言いたいか?ていうと、要は人生なんて考え方1つで、どうにでも変わるということなのです。「普通」って言葉がありますけど、その普通を世間に合わせるのではなくて、自分の普通に合わせることで人生って感じ方が変わるんじゃないですか?世間では満腹をある程度維持できるほど食べるのが普通かもしれないが、私の場合はときどき空腹を感じながら生きているのが普通になっているということです。

 

 

金持ち父さん貧乏父さん

金持ち父さん貧乏父さん

 

 

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