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日本の労働生産性はなぜ低い?原因や理由は?上げるにはどうすべきかを考えることは無意味かもしれない

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日本は労働生産性が低いと言われていますね。しかし、労働生産性を上げることは容易いと言う人もいる。例えば、以前Youtube内のホリエモンちゃんねるに出演していた西村博之氏は、労働生産性という数値にこだわる意味なんかないという意見を言ってのけた。彼によると、労働生産性を上げるのは簡単で、日本における最低時給を例えば3000円とかにすれば、それに届かないレベルの労働者はそもそも働けないので、優秀な人だけが働くようになって日本の労働生産性は格段に上がるというのだ。つまり、西村博之氏によれば、日本の労働生産性がなぜ低いのか?というと、能力が相対的に劣る人が働いているからだ。という回答になるのかもしれない。彼の意見は労働生産性を上げるにはどうしたらいいか?というときの1つの解にはなるんだろうが、そんなことをされてはたまらないというのが、多くの人の本音だろう。優秀な人だけが働けるようにすれば、労働生産性は無茶苦茶上がるとしても、自分が働けなくなる可能性が高くなるだろうから。

 

そういった部分も含めて、西村博之氏は労働生産性にこだわる意味はないと言ったのかもしれない。でも、全員が満足に働ける状態っていうのは、ある意味労働生産性が低い理由としては、1番説明ができるのかもしれない。人間の仕事における能力というのは、実際に働かせてみないと分からないもので、雇ったけど使えない人材っていうのはどうしても生まれてしまうものです。そして、なかなか解雇ができない法制度のものでは、彼らを雇用し続けるがために、労働生産性が低い原因の1つになっているのかもしれません。それだけが理由ではないのだろうが、優秀な人か?どうかを判断できる状態になったところで、優秀な人だけを残すことができないのが、日本の雇用における法律になっている。だから、正社員の解雇規制を撤廃すべきだとか、働かない人はクビにできるようにするべきだという声は今でも根強い。それによって職に就けない人が出てくる可能性もあるわけだが、社会全体としては効率性は上がるということになるのだろう。そういった西村博之氏の話を横で聞いていたホリエモンはずっと頷くばかりだったが、彼も西村氏のような意見は賛成らしい。

 

そもそもこの2人はベーシックインカム導入にかなり前向きなので、優秀な人だけを働かせて、そうじゃない人たちはベーシックインカムを与えて生活してもらうというやり方が良いと思っているのではないだろうか?結局、労働生産性が低い理由や原因はいろいろあるだろうけど、その中の1つには西村博之氏が言うようなものもあって、労働生産性が低いことを文句言っているけど、解決しようと思ったら、結局困るのはあなたたいだという話になってしまうんでしょうね。だから、政治家もそういうやり方をしない。なぜなら失業率が上がると、自分の評判が悪くなるから。そこを気にして労働生産性をあえて上げようとはしない。と、そういったことまで考えてみるみたいです。政治家にそういった気配はありますよね。労働生産性がなぜ低いのか?関する理由だけじゃなくて、西村博之氏が別の機会で言っていたことがあって、ちょっと記憶が曖昧だけど、日本において(世界もそうかもしれない)、親が金持ちか?どうかとその子供が優秀になるか?どうかは相関関係があって、教育とかのお金を貧乏な家庭には使わないで、相対的にお金を持っている家庭に特化して使えば、日本は優秀な人が増えて、いい国になるんだけど、日本ではそれはやっちゃいけないみたいな雰囲気があるよね。といった話をしていたのです。正確には覚えていないが、大意はこんな感じだったと思う。

 

これもさっきと同じ話なんでしょう。労働生産性という基準ではないが、ある種の社会の効率性を高めるには、全員に対して平等な教育をしていくのではなくて、データからいって将来的に優秀になる確率がより高い人だけに教育を受けさせた方が、社会全体にとってはプラスなんだという状況は、データから言うと存在するのでしょう。しかし、それをやると国民の多くから反発が絶対にくるから。そんな案を思いついても政治家は絶対にやらないと。そんなことをしたら、さっきと同じで自分の評判が下がるからね。でも、一方で政治家は自国のホームレスとかの人は放置して、他国の貧しい人たちへの支援は積極的にやっていたりするわけじゃないですか?それって、投資の目的もあるんだろうけど、結局さっきと同じなんですよね。ホームレスにお金を使うよりも他国の貧しい人たちにお金を使った方が、将来的なリターンが大きくなる可能性があると。そして、そういうお金の使い方に国民の多くは文句を言いません。承認しているよう状態です。でも、将来的なリターンの程度を重視してお金を使っていくという意味では、西村博之氏が言うような、優秀な人だけに働いてもらうとか、優秀な人になりそうな子供だけに教育を受けさせるとかいう話と理屈はあまり変わらない。

 

労働生産性の話に戻るけど、労働生産性を上げるには方法はちゃんとあるわけだ。しかし、その方法をとると国民の中でも困る人たちが増える可能性があるので、その方法に反対する人がそれなり出てくるだろうということ。しかし、そうなると労働生産性が低い原因は放置されたままなので、労働生産性は低いまま維持されてしまうということになる。効率性を重視するならば、効率性を阻害する原因を排除するというのが、1番簡単なやり方になるが、それって結局労働生産性が上がったとしても、多くの人にとってはいやいや、それじゃ解決になってないだろう!と言われてしまうのではないでしょうか?労働生産性を上げるには?とは言うが、結局西村博之氏が言うように、効率性だけを重視しても意味がないというのはその通りに思える面もあるんですよね。労働生産性が上がったとしても、生産量が落ちるようなケースが考えられるわけです。優秀な人だけが働けるようにすると、全体の労働者数は滅茶苦茶減ります。したがって、労働生産性は上がったかもしれないが、全体の生産量は無茶苦茶下がると思うんですよ。それって良いことなの?みたいな話になるので、日本が労働生産性が低い理由や原因などを探って、労働生産性を上げるにはどうしたら良いか?を考えて、答えを出しても、それは社会全体としてプラスにつながるのか?は別問題なのかもしれないです。

 

それは失業者が大量に出るかもしれないという問題ともリンクしていて、労働生産性が上がったけど、失業者が多く出るならば、労働生産性が低いままで良いと言う人も結構いると思うので、その状態で労働生産性を上げる意味って何なのか?という話にもなってくる。社会全体にプラスに作用する労働生産性の向上ならば意味はあるだろうが、西村博之氏の言うようなケースでは、社会全体にプラスに作用していないと言える余地があるので、このケースにおける労働生産性の向上は必ずしも良いことではないのでしょう。労働生産性はなぜ低いままなのか?というときには、実は低いままの方が良いんじゃないですか??と言える余地はあるわけだ。効率性を重視すると、優秀な人以外は教育を受けられなくなるかもしれないですし、案外困ることも多いんじゃ?と思えてきます。労働生産性が低いことを問題視しがちな雰囲気はあるけど、実はその話題ってそっとしておいた方が良いんじゃないか?とも思えてきます。

 

 

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