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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

憲法改正はどこを変える?勤労の義務はいらないから削除や廃止をしてもらいたい

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憲法改正の話題はずっと日本の政治におけるニュースとして世間を席捲(ダジャレじゃないよ?w)しているが、個人的には憲法改正をするならば、「勤労の義務」をさっさと削除するのが先決だと思うが。私は憲法上に勤労の義務はいらないと考えているし、憲法からも削除するのが筋だと思う。そもそも憲法は国民に義務を課す性質のものではないので、憲法に書いてある三大義務は別に義務というわけではない。納税の義務に関しては法律で別途定められているので、脱税などをすれば捕まるということはあるものの、特に勤労の義務に関してはニートが捕まったなんてことは聞いたことがないし、そのようなことはあってはならないと思う。勤労の義務は廃止されて当然くらいに思っています。ベラルーシかなんかでニート税みたいなのを導入する動きが以前あったと思うが、あれは意味が分からないです。合理性が分かりません。基本的に働かないことが悪だとする見方が日本国内や海外でもあると思うんだけど、働かない人がいてくれないと困る面もあるのです。だから、勤労の義務は削除すべきと思う。勤労の義務が憲法に書いてあるから、それを勘違いして働かない人間はおかしいと非難をする人がいると思うんですよ。

 

憲法に勤労の義務があっても、憲法は国民が守るべきものではないので、働かないことが悪であることの根拠にはならないのだが、そういう主張をする人は絶対にいると思うのです。それはそういう点を学校で教えないからというのもあるけど、憲法に書かれている以上はそう考えてしまうのも無理はないかな?と思わないでもない。だから、憲法に書いてあるから働くべきだと考える人もいるし、働かないといけないんだと思ってしまう人もいるわけです。でも、さっきちょっと言ったけど、働かない人が一定割合いないと困る面もあるわけです。それは働く人が増えすぎると、労働環境はどんどん悪化するということです。人手不足の状況では時給とかは上がるじゃないですか?それは時給を上げないと働いてくれる人がいないから。という理由になります。しかし、逆に働きたいと思う希望者が多すぎると、時給はどんどん下がります。時給だけじゃないかもしれない。企業がどんどんブラック化していくというか、労働環境がどんどん悪化するのです。別の言い方をすると、悪化させても働いてくれる人がちゃんと残るのです。だから、ニートでいられる人はニートでいてくれた方が良いと思うのです。彼らが働き始めることのメリットよりもデメリットの方が大きいと思います。

 

働く必要がない、働きたくないと思っている人が働くことのデメリットと言えば、今言ったように既存の労働者の働く環境をどんどん悪化させやすくなることが1つありますし、あとは元々働く気のない人が働くと、彼らは相対的にやる気がないので仕事でミスをする確率も上がりそうですし、それが消費者に影響を及ぼすかもしれません。そして、働く必要性が本当にある人が働ける可能性が減り、生活保護受給者や餓死者が増える可能性があります。以上のような理由で、働かない人は一定数いて良いと思いますし、いてくれないと困ると言える根拠もあるのです。だから、それに逆行する形で存在する勤労の義務は廃止すべきだと思うのです。そもそも国民への義務が憲法に載っていること自体が、憲法の基本構造から言って意味が分からないという部分もありますが、憲法に勤労の義務が載っているせいで、働かないといけないんだと、働かないことは悪なんだと思ってしまう人を増やすことになると思うのです。その結果、働かなくても良いのに働いてしまい、上記のような社会へのデメリットを生じさせてしまうことになるかもしれないのです。勤労の義務はいらないというか、何でそもそも憲法に載ったのよ?と思うレベルなんですよ。

 

どうして勤労の義務が憲法に書いてあるのか?については「ニートは憲法違反なのか? - 脱社畜ブログ」でも考察しているからそれを引用したい。

 

>本来は対国家規範であるはずの憲法に、勤労の義務のような国民の義務に関する規定が入ってしまった理由は諸説ある。一説によると、戦争に負けて、焦土と化した日本を復興させるために、みんなで努力していこうという気持ちを込めて、この規程が入れられたそうである。そうだとすれば、もう十分復興したのだから、役目を終えたと考えても差し支えないだろうと僕は思う。

以前、「日本国憲法には勤労の義務が明記してありますが、これも削除した方が良いとお考えですか?」というコメントを書いてきた人がいるけど、僕の答えは「Yes」だ。自由主義的な憲法に、この手の義務規定は相応しくない。こういうことを憲法で規定するのは、社会主義国がやることだ。

 

憲法改正をするときにはどこを変える?というのが1つ焦点になるし、それぞれ意見はあるだろう。どこを変えるべきなのか?というのは優先事項の問題ではなく、複数候補があっても良いと思うんだけど、勤労の義務の廃止はいつかはやってもらいたい。とはいってもやるとは思えないけどね。勤労の義務は廃止すべきと考えているのだが、私は正直言ってこの規定は悪影響の方が大きいと思っている。少なくとも現代においては。だから、憲法改正でどこを変えるか?というときには勤労の義務はいらないだろうということで削除を検討してほしいというのが個人的な感想だが、そもそも世論がそこに注目しないだろうから、社会の中でそういう機運が高まることがまずないだろう。憲法に書いてある勤労の義務は本当に国民の義務だと思っている人が結構いると思いますから、勤労の義務の意義に関してはどうもかみ合わないと思う。勤労の義務はいらないと感じている人は結構いるようなんですが、それが世間の声として大きくなることは考えづらい。だから、勤労の義務は日本国憲法が存続する限り永遠に残り続ける気がしています。私は憲法改正に関してはほとんど興味がないのだが、勤労の義務に関しての議論であれば、かなり関心を持つと思います。憲法改正はどこを変えるのか?というときには勤労の義務を推したいが、恐らく無理だろうなと半ば諦め気味、独り言をブログに書くくらいに留めておきたいと思います。

 

 

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