就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

ニートは叩かれる理由は一体何が悪いの?迷惑どころか社会貢献しているのに・・・

【スポンサードリンク】

ニートに関する記事を今日たまたま見たのだが、ニートはなぜ叩かれる?という議題の記事で、そんな質問を投稿して、他の人たちに意見を伺っている時点で、そこに寄せられる回答は想像に容易いものだが、案の定という感じだった。ニートは何が悪いのか?というときの1番多かったと思われる回答は、「親に寄生している」ということです。私に言わせれれば親に寄生して何が悪いのか?という感じでしかないのですが。というか、親もいずれ介護面倒見てもらったりして、子供に寄生するんじゃないですかね?こっちを非難する人は私は見たことないのだが、起きている現象は同じだと思うし。どっちかっていうとこっちの方が問題だろうと。親が子供を産んだということは、その親が子供面倒を見ることを正当化できる理屈はあるけど、その逆は成り立たないでしょう。子供は親の意思によって生まれてきたのだが、その子供が親の面倒を見ないといけない理屈は存在しない。だから、子供がニートになって親に寄生することの正当性はそれを証明しようと思えばできると思う。でも、親が介護などの面倒を子供に見てもらうというのは、それを強制的にやらせて良い理屈は存在しないと思うが。でも、日本においては子供が親の介護をするのは当然で、子供が大人になれば親の世話にはなってはいけないという、理屈と逆行する主張がなぜか正しいみたいに思われているんですよ。

 

そんなことをまず考えたわけだが、そもそもニートって社会の中で迷惑な存在とか、悪者みたいに捉えている人がいるけど、それはイメージだけで語りすぎだと思います。例えば、元2ちゃんねる管理人の西村博之氏はニートが叩かれる理由が分からないと以前言っていました。彼によると、ニートは感謝されることはあっても叩かれる理由はないだろう!ということみたいです。ニートは何が悪いか?っていうと働かないところがポイントだと思うんですよ。働かないことをマイナスだと思っている人が多いと思うのですが、これは前の記事でも言ったのだが、働かないことで社会貢献になっている面もある。そこを西村氏は指摘していて、ニートって100万人くらいいるのかな?35歳以上のSNEPを含めると、働いていない人の数はさらに増えるという。その人たちがじゃあ全員働き出したらどうなるのか?ただでさえ酷い労働環境が益々酷くなります。時給は滅茶苦茶下がるでしょうね。労働市場の需要(求人数)と供給(労働者数)によって、賃金は決まるというのが経済学のモデルになるが、これによると供給側が増えすぎると、超過供給の状態になり、当然ながら賃金は下がる。賃金だけじゃないかもしれない。労働環境の全体がどんどん悪くなる。つまり、ニートを働かせようとする動きは、私たちが働いている労働環境を悪化させる圧力を生むことになる。

 

だから、働かなくて済む人は働かないでいてくれた方が労働市場における供給の側が増えすぎることなく、需要と均衡しやすくなり、労働条件はそれだけ改善されやすくなる。つまり、ニートを働かせた結果、私たちの給料が下がったり、労働時間が長くなったりするとなれば、何のために彼らに働いてもらうの?ということになります。西村氏はそういった状態を受けて、叩かないでいてくれるニートがいるおかげで、労働条件はよりマシな状態になっているのだから、彼らに感謝すべきだと言っていたのです。こんな話を聞いて、ニートに感謝する人はほとんどいないだろう。彼の言っていることは経済学の仕組みから言うと事実なのだが、それが事実だとしても感情的にニートを許せないと思っている人の気持ちを簡単に変えることはできない。でも、こういった側面っていうのは、働いていないニートが叩かれる理由にはならないという根拠の1つにはなるので、ニートの人が誰かに働いていないことを理由に叩かれたら、こういった根拠で言い返せば相手は言い返せないんじゃないですか?理論武装をしておけば、いざというときには役に立つものです。

 

私はニートが迷惑と思ったこともないし、何が悪いの?くらいなんですが、ニートをよく思わない人がいるのは事実で、その数はかなり多いです。彼らに西村氏が言うような言葉を投げかけても、ニートを叩く人がいなくなるとは思えない。ニートだって社会貢献したいって人もいると思うんですけど、ニートは働いていないことで社会貢献をしているので、ニートニートであることが1つの社会貢献になるのです。働かないことで社会貢献になるっていうのは些か府に落ちない考えかもしれないが、でもそうなんですよ。働いている人が全員社会貢献しているか?っていうと、そうとも言えないんじゃないですか?そりゃ社会貢献している面もあれば、働くことで負の部分を社会にもたらすことだってあるでしょうし。それはニーとも同じかもしれないが。だから、働いている、働いていないで社会に対する貢献度にそんなに差があるか?っていうと、私はそうは思わないということです。ニートは社会にとって迷惑な存在という認識は必ずしも正しくないということは知っておいてほしいのです。

 

あと、これはイケダハヤト氏が言っていたことことだけど、「資本主義市場においては、みんなと同じことをやっている人は価値が低い」という1つの側面があるわけです。これはビジネスにおいての話だと思うのですが、現実的に言えば間違いない意見なんじゃないかな?と思います。つまり、他と同じことをやっている人が資本主義経済においては成功できない、しづらいということを彼は言いたいのだと思いますが、ニートって、社会のなかではかなり少数派だと思うんですよ。少なくともみんなと同じではないですよね。で、彼らニートがどういう人生を送っているのか?は分からないが、それなりに楽しくニートやっている人は、まさに他人と違う生き方だからこその部分があると思うんですよね。別に会社に雇用されて働いている人が全員ビジネスで成功していないとは言わないが、みんなと同じことをやると成功できる人間は一握りになってしまうのは自然の摂理だと思うのです。ニートも数が増えるとどうなるか?分からないが、ニートを羨む人がいても、社畜を羨む人ってほぼいないと思うのです。そうなると、ニートを成功モデルと捉えている人間って、ニート以外にもちゃんといるってことになる。ニートって生き方は資本主義経済の中では本当に有用性っていうか、合理的な面があると思うんですよね。国民総ニートになったら、ニーとは生きていけない。だから、ニートで成功するということが成立しない。それはニートが多数派になってしまうから。ニートになることがみんなと同じことをやるということになってしまうのです。しかし、ニートが少数派の現代ならば、イケダハヤト氏の言うような、みんなと同じことをしていない彼らは、資本主義経済において成功するパターンの行き方に当てはまっているってことなんです。経済学や資本主義社会のモデルから言えば、ニートが増えるということは、ニート自身が成功できる可能性があるだけでははなく、既存の労働者の待遇を下げないように努めているという両面が観察でき、やっぱりメリット大きいなと思えてきます。

 

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

 

あわせて読みたい記事