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利用者目線からすると、保育士は誰でもできる仕事に映るのは仕方ない気がする

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ホリエモンが「保育士の仕事は誰でもできる。だから、給料が上がらないんだ」というツイートをして、炎上というか、ちょっとした騒動になりましたが、これについては各所から反論がきています。保育士の仕事内容についてよく知っている人ほど、ホリエモンのこの意見には賛同できないという見方なのでしょう。しかし、保育士の仕事は「誰でもできる」という部分に、私はある程度の正しさを感じるのです。なぜか?というと、問題は保育士の仕事内容そのものよりも、利用者のニーズの問題です。ホリエモンのツイートに反論をしている人は、保育士の仕事は単なる子どもの面倒を見るだけではないから、誰でもできる仕事ではないという意見なのではないか?と思うのですが、保育士の誰でもできない部分に関しては、そもそもニーズがどれだけあるのか?が非常に疑問なのです。つまり、仮に保育士が単なる子守しかできない職業だったとして、その場合に保育園を利用する人がいなくなるのか?って話なのです。間違いなくいなくならないと思います。その辺の普通の親ができることと何ら変わらないことしか保育士がしてくれないとしても、保育園の利用者は相変わらず大量に存在すると思います。それは自分が子供の面倒を見られない間に、それをやってくれる人がいるだけで貴重だからです。

 

その辺の親には難しい、保育士ならではの専門性というのは間違いなく存在すると思う。しかし、その専門性の部分が保育士から消えたら、保育士への需要はなくなるのかと言えば、なくならないだろうし、相変わらず利用者は大勢いるだろう。そうなると、保育士の専門性の部分は、保育園の利用者から見るとそこまで重要な要素ではない可能性もある。実際、保育園を利用しないで自分で子育てをしている家庭も多くあるわけですが、そういう家庭は保育士が面倒を見ているわけではないから、間違いなく保育の専門性はない人間が子守をしていることになる。その現状はじゃあそんなに問題なのか?という話になります。保育士と比べて相対的に専門性が劣る人たちが子守をしている現状に、社会は一切警鐘を鳴らさない。保育士自身も、保育士でもない人間が子供の世話をすることは問題だ!と発信したということを、一切聞いたことがない。つまり、保育士と比べて専門性が劣る人が子供の面倒を見ることは「問題ない」というのが、社会の認識ということになる。そうなると、尚更保育士の専門性の部分にどれだけの意味があるのか?掴みづらくなってきてしまうのです。しかし、障がいを持っている子などの場合もあるので、全く不要とは言えないだろうし、そういう子供の場合にはその点に関して専門性のある人に面倒を見てもらった方が良いかもしれないと考え、保育園を利用するということもあるだろう。だから、専門性の部分が全くいらないと、全ての利用者が思っているなんて言うつもりはない。

 

しかし、マジョリティの部分で言えば、多くの利用者にとっては、保育士の専門性の部分があっても、なくてもそんなに変わらないという認識なのではないだろうか?というのが、私の推測も含めた考えです。だからこそ、保育園のニーズの多くは共働きなどの世帯(自分たちが子供の面倒を見る余裕がない人たち)になるのではないか?と推測されます。逆に共働きじゃない世帯は保育園に預ける割合が極端に下がるとなると、保育園を利用する動機の1番はやはりそこになると推測できるのです。実際に保育園に預けないで、専門性を持たない普通の人間が子供の世話を平気でしているケースは山ほどあるわけだし、保育の専門性がない人じゃないと、子供の面倒を見てはいけない、見るべきではないという認識の人はほぼ世の中にいないと思います。保育士の専門性の部分に期待をしている人が多く世の中にいるということを証明するには、片働き世帯などの親自身で子供の面倒を見る余裕のある家庭でも、高い割合で保育園を利用しているというデータが必要なのではないか?と思います。共働きの人たちが割合として非常に高いというならば、そして片働き世帯になると利用者ががくんと減るとなると、彼らの利用の動機は「自分が対応できないときに、子供の世話をしてくれること」という部分が特に大きいと推測されます。だから、何が問題か?というと、保育士になるために必要な能力というか、素養の部分に関して、実は需要がそこまでないものまで国家資格として要求されているのではないか?ということがあります。つまり、国が保育士に求めている部分と国民(利用者)が求めている部分に大きな認識の差があるのではないか?ということなのです。

 

利用者からすると、子供の面倒を見てくれる部分が確保さえされていればそれでよくて、その部分さえ確保されていれば保育士という職業が成り立つ程度に需要が存在してしまうとなると、それ以外の部分は大して必要ないという評価になってしまい、少なくとも利用者目線からすると、保育士は誰でもできる仕事と見えてしまうのは、仕方ない気がするのです。ホリエモンも間違いなく利用者目線で見ている部分もあると思うので。ただ、ホリエモンの言う、誰でもできる仕事だから給料が上がらないというのは、個人的にはあまり妥当性がないと思っている。誰でもできる仕事というのが仮に正しいとしても、それは=給料が上がらない理由にそこまでなるだろうか?保育士の供給数が多すぎる場合には給料が下がりやすいことはあるかもしれないが、現実的には供給不足と言われているレベルであると。だから、ホリエモンの言う保育士の給料が上がらない理由は、あまり妥当性がないようにも見える。

 

現実的な理由としては補助金が少ないこと、利用者の所得が少ない傾向にあるので、保育園の収入がそもそも少ないことなどが挙げられるだろうか?誰でもできる仕事であるならば、保育士の給料が上がらない理由にはなる可能性はあるものの、それは誰でもできる仕事だから、保育士になろうとする人がたくさんいた場合の話なのですが、現実は保育士が足りないと言われているくらいなので、この理由はそこまで大きくないのだろうと思う。実際は国家試験とかがあって、ハードルが高いので、保育士に簡単になれるわけじゃない。だから、保育士は誰でもなれるわけではないが、実際に利用者が求めている部分は誰でもできる仕事の割合が非常に高い。これが現実的な答えな気がするのです。しかし、見方を変えるとホリエモンの言っていることも妥当性があるように見えてくる。それは結局、保育士の競争相手は誰なのか?という問題なのです。保育士の競争相手は他の保育園や保育士だけではない。もっと重要なのが一般市民、言ってしまえば素人です。素人が競争相手になっているのです。保育士は例えば子守に関しても1人当たりの面倒をみないといけない子供の人数が多いから、それに対応しないといけない部分において、専門性を有しているという見方もできなくはないだろう。しかし、その専門性は保育士にしか必要ないと言えるものなのです。なぜか?というと、親自身や子を産んだ親の親(子供から見たらおじいちゃん、おばあちゃん)、または近所の親しい人たちなどの素人がこの面倒を見るという場合には、1人あたりで5人も10人も、それ以上も1度に子の面倒を見ないといけないという機会がまずありえないから。1人で5人、10人、それ以上の子の面倒を同時に見ないといけないというのは、保育士ならではの事情であって、その部分に対応できて初めて、それ以外の素人の人たちと対等になれるわけです。

 

というのも、すでに話したように保育士に子を預けないで、親自身が面倒を見たり、親の親や近所の人たちに面倒を見てもらうという、素人に任せるということは普通に起きていることであって、そういうことをしている人たちは、保育士のような人以外でも子育てが務まるという認識になっている。そして、彼らは1人あたり多くの子供を1度に面倒を見ないといけないという事態になることはないので、保育士が有している1度に多数の子供をちゃんと見守るという専門性を有している必要性がない。つまり、その点における専門性を持っている保育士とそれを持っていない素人が対等に位置しているという現状があるからこそ、保育士ではなくて、そういう素人で子育てをやっている家庭が多くあるわけだ。つまり、素人でも子育ては成り立つと考えている家庭が多くある時点で、利用者目線からすると、保育士は誰でもできる仕事というか、保育士に預けなくても、別の人でも何の問題もないと思っている人が多くいることになるわけです。

 

つまり、保育士の給料を増やすには、保育園の収入を増やすのも1つの策で、保育園の収入を増やすには、多くの人たちに保育園を利用してもらうことが必要で、そのためには親自身が自ら子育てをする、おじいちゃんやおばあちゃん、または近所の人に預けるということではなく、保育士に子供を預けるという行動をとってもらう必要がある。そのためには何が必要か?というと、子育ては誰にでもできるのではなく、保育士に任せた方が良いという認識を世間に根付かせないといけない。そうなると、世間が抱えている「誰でも、自分でも、あの人でもできそう」みたいな感覚を変えてやらないといけない。保育士に対して自分たちが望んでいることは、別の人に頼んだ場合でも十分成り立つという世間の感覚を変えられれば、子供の面倒を自分で見られない、または子供の面倒を頼める人が周りにいないという人以外でも、保育園を利用する人が増え、保育士1人当たりの負担も増える可能性はあるが、結果的に保育士の給料が上がる方向には向かいやすいということが言えるのではないか?と思います。その点から言うと、ホリエモンの言う保育士の仕事は誰でもできる(と世間から思われている)ことが、保育士の給料が上がらない理由というのは、一概に間違っていないかな?という気がしてくるのです。

 

実際、ホリエモンはツイートが話題になった後に、「誰でも(やろうとしたら大抵の人は)出来る(大変かもしれない)仕事だから希少性が低く(コンビニバイトなどと同様に)給料が上がらない構造になっている」と加えてツイートをしているようで、素人でも担えてしまう、代えが利く時点で、確かに彼の言う「やろうと思えば誰でもできる」、「希少性が低い」という点は満たしてしまっているのが現状だと思うのです。彼のツイートは細かい部分を端折って発言しているので、結局真意というか、なぜそう言えるのか?の部分が全く伝わっていないだけだと思います。保育士ではなく、一般の素人が子育ての多くをになっているという現状やその現状に異を唱えない世間の反応を見ていると、世間としては子育てを担うのは誰でも(保育士以外でも)構わない=保育士のやっている仕事は他の人でもできる=保育士の仕事は誰でもできる仕事と捉えていると、評価せざるを得ないのです。

 

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