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田村淳の青学受験に「受験なめるな」と否定して誰が得をするのか?

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ロンドンブーツ1号2号の田村淳氏が青山学院大学への受験を発表してから1か月くらいが経ったのかな?100日程度で一般入試での合格を目指し、受験勉強に励んしているらしい。その模様はAbemaTVで毎週放送されていて、私も見ている。申し訳ないけど、私が見るところによると合格率は5%くらいかな?と思う。田村淳が青山学院大学を受験しても無理とはまでは言わないが、かなり厳しいとは言わざるを得ない気がする。今の感じだと一緒に受けているしげさんとともに落ちる可能性が高そうだ。勉強ができる人にとっては青学受験は容易い目標にも思えるかもしれないが、世間一般のレベルでは、青学受験はかなり難易度が高いと言えると思います。ましてや偏差値32からのスタートで勉強期間が100日間だと、田村淳氏が青学に受からないと思われてもしょうがない気がする。青山学院大学のレベルよりは下がる大東亜帝国とかでもようやく50%くらいかな?と思う。受験勉強スタート時点の学力があまりにも低いという点もあるが、やはり100日では厳しいと思うのだ。2019年度の受験ならば全然可能性はありそうなのだが、2018年度だと厳しいだろうとは思う。申し訳ないけど、落ちる可能性が相当高いと思うけど、自分が受験生だったころを思い出して面白く番組は見させてもらっています。

 

普通に考えたら、田村淳氏が青学に受かる可能性は相当低い。確率では私は5%くらいと判断したけれども、模試を仮に受けてもD判定以上はまず出ないと思う。今から15年くらい前にめちゃイケの企画で桐堂大学(実際には存在しない)を濱口優氏が受験する企画があったのだが、あのときは最終的には桐堂大学を受けることになったものの、当初は彼も青山学院大学を目指していた。彼は理系だから理工学部を受験していたのだが、濱口優氏の場合には模試の結果が公開されていたけど、成績はかなり厳しい状況で、視聴者から見ても受かるわけないと思われていたに違いない。田村淳氏の青学受験の受かる可能性はそれと同じくらいだと思っています。合格の可能性はかなり低いでしょう。番組の企画だからという部分はあるものの、濱口優氏の場合には受かる確率は相当低いと思っていたし、実際ダメだった。ただ、田村淳の場合には青学に受かる可能性は同じ低いとは思うけど、濱口氏の場合よりは高い気がする。というか、田村淳氏は時間さえあればいつかは受かるんじゃ?と私は思っています。濱口氏には申し訳ないけど、濱口優氏の場合にはちょっと時間の問題ではなく、根本的に厳しいと感じた。バラエティ番組としての企画は面白かったものの、受験はやはり無謀だったのかな?と思ったのです。田村淳の青山学院大学に合格する可能性は厳しいとは思います。

 

厳しいとは思うけど、私は彼が受験することには反対はしない。というか、反対する理由がない。AbemaTVを見ていると、英語、国語(現代文のみ)、日本史での受験をするのではないか?と思われるので、田村淳氏が挑む青山学院大学の学部は自ずと絞られる。センター利用入試と全学部日程は難易度が相対的に高いので、一般入試の個別日程を中心に受験するのではないか?と思われますけど、そうなると法学部B方式、経営学部の経営学科とマーケティング学科のB方式、総合文化政策学部あたりが候補になる。青山キャンパスに通いたいようなので、社会情報学部や地球社会共生学部は除外されるだろう。実際に受験する学部はそのうち発表があるとは思われるが、複数学部の過去問を解いている余裕があるのか?とは思う。その前にまず青学に必要な学力が備わるのか?という疑問もあるが。ただ、どの学部を受けるにしても、偏差値に大きな差はないので、田村淳氏が青山学院大学に受からない可能性の方が高いと思う。受からない可能性の方が高いとしても、受けてはいけない理由なんかないですからね。だから、私は反対しないのです。

 

ただ、世間は田村淳氏の青学受験に否定的な見方も多い。否定的というのは「受かるわけがない」とか、「絶対に無理に決まっている」というもので、そこは良いとしよう。しかし、中には「受験をなめるな」という辛辣な意見もある。そういった意見は世間一般的には妥当なものと思われるかもしれないが、こういうことを言う人って何を考えているのか?よく分からないんですよね。田村淳氏が青学に合格する可能性がかなり厳しいのはそうかもしれない。ただ、受験するのが悪いみたいな言い方に聞こえる意見もあって、特に「受験をなめるな」という声は、私は全く的を射ていないと思うのです。要は落ちるに決まっていると思われている点から、無謀な挑戦というところが批判されているのだろうが、無謀な挑戦を否定されたら、選挙での投票とか1番無謀なんですけどね。今は18歳から選挙権があるから、今年の衆院選で投票に行った受験生とかも多くいるかもしれないが、田村淳氏が青学に受かるよりも、選挙で1票を投じて何か状況を変えられるという方が、よっぽど無謀です。「選挙にいかない若者はバカですか?政治学者に聞いてみた」に載っているが、政治学者ですら、選挙に行かない理由は簡単に見出せるが、選挙に行く理由は解明のしようがない。とお手上げなわけです。1票を投じて状況はほぼ絶対に変わらないのだから、選挙に行かない人の気持ちはきちんと説明ができるし、合理的だと言えてしまう。政治学者をやっている人の中には、選挙に行く人の行動は非合理的と捉えている人もいます。その無謀な挑戦をするのが選挙に行く人であり、その無謀な挑戦を否定するのが受験生の中にもいて、その受験生が選挙で投票に行っていたらかなり矛盾していると思います。これは受験生以外の大人でも同様です。

 

別に選挙に投票に行くのが無謀な行為だとしても、それを否定する気は私はさらさらない。無謀な挑戦をすることがいけないことだ。なんて決まりはどこにもないのだから。しかし、自身が無謀な挑戦をしておきながら、他人の無謀な挑戦を否定するのはおかしいだろう。ということを言いたいのです。受験をなめていたとして、別のそれの何が悪い?と私は反論するだけだが。お前に関係ないだろ!って話なわけですよ。そもそも受験をなめているという発言は、田村淳氏が青学受験を発表した当初に出たものであるから、勉強の姿勢とかを見ての発言でもない。単純に無謀な挑戦をすることに関して、むかつくという感情から出たものであろう。その発言をすることで、一体誰を幸せにするのだろうか?誰に得があるのだろうか?と思う。田村淳氏の勉強の姿勢を見て言っている人がいるならば、それは田村淳のためになっている可能性もある(結局、どこをどうしないと受からないなど、具体的な中身がないアドバイスは無意味だが)からまだ分からないでもないのだが、先ほども言ったように、この発言が出たタイミングから察するに、単純にむかつくという感情から出た発言なので、誰のためにもなっていないと思う。むしろ、受験舐めるなという発言をまともに受けて、田村淳氏が青学受験をやめてしまったら、青学に入るはずの受験料収入がなくなる。田村淳氏が青学受験をやめることで、他の受験生が受かる確率が上がるという見方もあるかもしれないが、そもそも世間の多くは青学に受かるわけがないと思っているわけだから、彼は合格圏外という判断であって、彼が受験をやめても、合格者が1人増えるということにはならないだろう。つまり、田村淳氏の青学受験に対して「受験をなめるな」と言ったところで、メリットはないどころか、デメリットがあるということになる。

 

絶対に受からないと思われる状況から、少しでも合格の確率が上がると思われるという意味で発言をしていくならば、誰かにためにはなっているだろうが、ただ否定するだけの意見ならば私はほぼ意味がないと思っているし、むしろマイナス面の方が大きいだろうと思う。田村淳氏が青山学院大学を受験すると発表したことが、青学自体の宣伝にもなっているのだから、彼が受かるか?どうかの前に、彼のような人間が現れることだけでも大学にとってプラスになるわけ。結果的に田村淳氏が青山学院大学に落ちるとしても、それが他に何らかの影響を与えるわけではないのです。むしろ広告費をかけずに宣伝できているわけだから、大学にとっては明らかにプラスです。つまり、無謀な挑戦をする有名人などを1人1人叩いていったとしたら、それこそが大学にとって迷惑行為となる。田村淳氏が受験することで逆に青学の評判が落ちるのでは?と思っている人もいるかもしれないけど、それは考えづらいと思いますよ。彼が受験することで大学の評判が落ちるとか、人気が下がるということを理屈でちゃんと説明できます?実際、2016年に何かと不祥事があった慶應の2017年度の入試の志願者数は前年度と変わらなかったのです。それだけで不祥事の影響がなかったとは言えないが、不祥事の影響があったと言えるまでのデータにはなってないということ。青学の志願者数はここ数年上昇傾向にあるので、来年度仮に多少少なくなったとしても、それは自然に起きることだと思うので、よほど少なくならない限りは、彼の受験の影響はほぼなかったと言えると思いますがね。

 

むかつくという感情から田村淳氏の青山学院大学の受験を否定している人たち、受験をなめていると発言している人たちは、そういうことを考えていないのだ。その発言の方がよっぽどデメリットが大きいということが実は言えてしまう。そもそも無謀な挑戦ってどこからが無謀なの?受験をなめているというのはどこからがそう言えるの?という定義ははっきりしない。田村淳氏の偏差値は32と自称していたと思うが、仮に偏差値55の人が青学を受験したらそれは無謀と言えるのか?定義がない以上は、それを無謀だと評価することが間違っているとは言えない。そもそもどこからが無謀で、どこからが受験をなめているのか?の基準がない中で出た発言ならば、当然ながら偏差値55の人が青学を受けることで受験をなめていると批判する人がいてもおかしくはない。同じ理屈を使っただけなのだから。青学に受かるには文系の場合には偏差値が60程度は必要だろうと思われる。偏差値60でB判定くらいではないだろうか?もちろん、その偏差値がないと受からないなんてことはないが、そのくらいの学力がないと、客観的に青学に受かる確率が50%を切ることになるのではないか?と思う。田村淳氏の青学受験に対して受験をなめていると言っても、偏差値59の人に対して同じことを言ってもそんなに間違いではないだろうね。っていう話で、基準や定義がはっきりしないことに関して、自分の主観で誰かを否定すると、その同じ理屈を使われて、自分が今度は否定されかねないのだ。

 

私も10年くらい前に大学受験を経験したが、第1志望の大学には受からなかった。そこは模試でもD判定が最高で、偏差値で言えば5くらい足りていなかったと思う。そして、私はそこを受験したが受からなかった。合格の可能性が低かったという意味では、私のその受験は無謀だったかもしれないが、無謀な挑戦自体は後悔はしていない。第1志望を受けない受験なんて、受験のモチベーションが保てないし、もしかしたら受かっていたかもしれないという疑念がずっと残るくらいならば受からないという結果で終わった方が気持ちがすっきりするからだ。無謀な挑戦だろうが、なんだろうが、行きたい大学があるならば受けた方が良い。と、私は自らの大学受験の経験からそう考えている。そのうち田村淳氏の青山学院大学の受験する学部の情報なども出てくるかもしれないし、成績がどの程度上がるのか?というのも見えてくるでしょう。偏差値32くらいから本気で受験勉強を始めたら、100日間でどれだけの成果になるのか?というのは、これから受験勉強をする人たちにとってもいい影響を与える可能性もあります。やればできるじゃん!と思うのか、やっぱり無理か・・・と思われるのか?それが今後の彼の頑張りで決まります。それに仮に2018年度が無理でも、勉強を続ければ2019年度はいけるかもしれない。無謀な挑戦から有名大学に合格している例なんてビリギャルを筆頭にいくらでも例があると思う。それにかかる期間はどれだけか?分からないとしても、時間が経てば無謀だなんて思わない人が増えるんじゃないのかね?と思っている。最初は無謀と言われようが、少しずつ上達すれば良いので、田村淳氏が受かるまで勉強を続ける気があるならば、私はいつかは受かると思います。

 

 

35点男の立ち回り術

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