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山東昭子議員の炎上発言に対する尾木直樹、常見陽平氏の批判が謎すぎる件

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「子供を4人以上産んだら表彰する」という案を提示した山東昭子議員が批判されている。批判の内容を見たけど、よく分からないこと言ってるな(笑)という感じで、この人が批判されないといけない理由はよく分からない。このアイデアに関する妥当性はあまり感じないが、これって要は少子化対策のための部分も少なからず意図に含まれての発言なのではないか?と思う。本人は仕事だけではなくて、主婦としての評価を高めたいとは言っているが。それが実際功を奏するか?どうかは分からないが、確かに少子化対策になる可能性はあるだろう。私は少子化対策に全く興味はないが。あと、主婦としての評価を高める必要性はよく分からないけど。ただ、「「4人以上産んだ女性表彰」自民党山東氏の発言が大炎上 ナチス「母親十字章」やソ連「母親英雄」思い出す人も | キャリコネニュース | Page 2」の記事で引用させてもらうが、批判もくるし、炎上したみたいな状況らしいね。しかし、相変わらず批判は感情的なものばかり。「だったら何?」と容易に反論ができそうな批判しかできないのか?と疑問に思うわけだが、こういう人間がコメンテーターの第一人者になってしまっているのが、今の日本の苦しいところ。

 

>教育評論家の尾木直樹氏は自身のブログでこの発言を取り上げ、

「子ども産まなくても結婚しなくても、みんなが幸せ感じる社会築きたい。政治家はその先頭に立つのが責務ではないでしょうか?【4人子ども産んだら厚労省から表彰】なんて【発想だけでも】批判されるべきじゃないでしょうか?」(句読点は編集部)と批判。

 

そもそもこの山東議員の発想が、みんなが幸せに感じる社会ではない。と言いたいならば、尾木氏が言う「みんなが幸せに感じる社会」なんてありえない。というか、普通に考えて「みんなが幸せに感じる」なんて理想論を、マジマジを発言するところが教育者としておかしいと思うのだが。そんなものを追い求めても実現するわけがない。世界平和とかを願っている立場の人かもしれないけど、無理に決まっているだろう。そもそも現時点でも結婚している人としていない人では税制の優遇の度合いが違っている。その時点で、結婚をしていない人、できない人などは不遇を感じることになるわけで、国の仕組み自体がみんな幸せになれるようにはなっていない。差別は常にいろいろな場面で見受けられる。それを全てなくすことができると思っているの?またはなくすことが正しいと思っているの?何らかの差別が常に存在するのが世の中で、それは尾木氏自身も仕方がないと思っている面もあるだろうと思う。その現状を仮に肯定するならば、どこから「みんなが幸せに感じる社会」なんて言葉が出てくるんだろうか?それを本気で願っているって、子供が将来はウルトラマンになりたいと言い出すくらいの非現実的なことを言っているのだ。逆に尾木氏が既婚者と未婚者の税制上の優遇に対して何も言及しないならば、何でこれは批判をするの?と逆に疑問なわけだが。

 

>人事コンサルタント常見陽平氏もブログで 「国民を産む機械くらいにしか思っていないのか。子供を授かることのできない夫婦の苦しみを理解しているのか。そもそも、結婚・出産・育児というライフイベントのあり方が変化していることをわかっているのか。本人に問いただしたい」

 

「子供を授かることのできない夫婦の苦しみを理解しないといけない理由」がどこにある?そんなことを言いだしたら、不登校の子供のために学校の皆勤賞禁止、親が忙しい、または親がいない子のために授業参観禁止、結婚できない人のために結婚式禁止、お酒飲めない人のために飲み会禁止など、いくらでも同じような発想が思い浮かぶのだが、何らかのイベントや施策により、誰かが傷つくことは当たり前に行われている。その中で、この特定のケースだけ持ってくる意味が分からない。他はどうなの?他は何で良いの?常見陽平氏の日ごろの行動が誰かを傷つけることも普通にあると思うのだが。そんなことすらも分からないの?と、私は相当な疑問を感じる。子供を授かることができない夫婦に配慮しないといけないならば、他にも配慮すべき問題はいくらでもある。常見氏が言う「子供を授かることができない夫婦の苦しみを理解しないといけない」が正しさを持ちうるには、それら全てに配慮している人、言及する人している人だけであって、常見氏の言っていることはそういう人だけ口にできる言葉だと思うのだが。

 

>多産の女性を表彰する動きは、極めて全体主義的でもある。ナチスドイツでは1938年、子どもをたくさん産んだ女性への勲章として「母親十字章」が制定され、4人以上から人数に応じて銅、銀、金章を送られている。

ソ連も1944年に、10人以上出産した女性を表彰する「母親英雄」制度を設けていた。その後廃止されたものの、人口減少に歯止めをかけるため、プーチン大統領は、子どもの多い家庭を表彰する制度として2008年から同様の制度を運営し始めた。山東氏の発言から「ナチスの母親十字章と同じ発想じゃんヤバすぎ」「母親英雄かな?」と思い起こす人もいるようだ。

 

こういうところで「ナチス」って言葉を出してくるあたりが、この記事の筆者、またはその他の論者の頭のマズイところ。こういう人って、ナチスってイメージに先導されて、そういう危ない組織がやっていたことと同じことをやろうとしているという発想から、山東議員の考えた案もヤバいことなんだ?と、勝手に脳内で決めつけている気がするのだ。ナチスがやっていたら何なんの?って話なんですよ。山東議員のアイデアの問題点を主張するならば、ナチスを持ってくる必要はほぼない。しかし、あえてナチスを引き合いに出すってことは、ナチスがやっていたことと同じことをやろうとしているんだぜ?という真意が読み取れる。それはつまり、ナチスがヤバい組織で、そのヤバい組織が考えたことと同じことをやろうとしているのだから、山東議員はヤバい人間なんだ。という考え方が滲んで見えてくるのだ。しかし、ナチスと同じことをやっていたら何かマズイんだろうか?と思う。ナチスはかつて失業者対策として高速道路の建設とかを行ったわけだが、それによって失業者は大幅に減少したという実績もある。失業者対策なんていうのは、現代においても各国の政治家がやっていることだし、失業者対策が必要だと感じている一般の国民も多くいるだろう。そういったことがある中で、ナチスと同じ発想になる人間はヤバイいんだ。という考えが正しいならば、失業者対策を肯定している人間もヤバイってことになりますけど?現代のほとんどの人間の頭がヤバイってことになってしまうのです。

 

問題点があるとすれば、それはナチスがやっていた、やっていないはもはや関係ない。山東議員の発言から読み取れる部分に関して、問題点を指摘すれば良いのだが、ナチスを引き合いに出すと、こういう反論をされてしまうのだ。私自身は仕事をしている以外の場面での主婦が評価される、されないの問題はどうでも良いと思っている。というのも、それを言い出したら、じゃあ何でニートは表彰されないの?という話になるからだ。ニートだって社会貢献してますからね。ニートは働かないという選択によって、労働市場の需要と供給の関係において、労働者優位に状況を作っているわけです。彼らがみんな働きだしたら、需要は一定のままなのに、供給だけが増えて雇用者優位に状況になりますから、労働条件はどんどん厳しくなるし、失業者も増える可能性がある。つまり、ニートが働きだすと日本のブラック労働がより深刻になります。さらにニートは親のすねかじりとかをして、労働以外の手段で生きていけるわけだから、労働に頼らないでもお金を得る手段を持っていることになります。世の中には親のすねをかじれない人もいて、そういう人は労働をする以外でお金を得られないわけだから、ニートがみんな働きだすと、そういう人が働ける可能性を下げ、お金を得る手段が狭まる。結果、彼らは犯罪に手を出さざるを得なくなり、治安が悪くなる。そういう状況を回避する動きに徹しているのがニートなわけですからね。ニートの社会貢献の度合いはめちゃくちゃ大きいんですよ。だから、ニートを表彰するとかの案も同時に出すならば、私は山東議員の案に賛成できなくはないが、主婦だけを対象にするならば、要はこの山東議員も視野が狭いんだなと、私としては評価せざるを得ない。

 

 

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